源有仁 みなとものありひと 康和五〜久安三(1103-1147) 号:花園左大臣

後三条天皇の孫。輔仁親王の長男。母は源師忠女。白河院の養子。実子はいなかったようであるが(『徒然草』にも「族絶えん事を願ひ給へ」る人の例としてあげられている)、鳥羽院の皇女頌子内親王を養女とした。また尊卑分脈によれば源師行の子有房も養子としたらしい。妻(藤原公実女。待賢門院の姉)は「花園左大臣室」の名で千載集・新古今集に歌を載せている。なお乳母の越後(花園左大臣家越後)、家に仕えた女房小大進も勅撰歌人である。
元永元年(1118)、白河院の猶子として臣籍に下り、源姓を賜わる。才も容姿も優れ、若くして詩歌管弦に堪能で「光源氏などもかかる人をこそ申さまほしく覚え給ひしか」(今鏡)。保安三年(1122)、内大臣。保延二年(1136)、左大臣。従一位。花園離宮を賜わり、花園左大臣と称された。久安三年(1147)二月出家し、まもなく薨去した。四十五歳。
金葉集初出。勅撰入集二十一首。後鳥羽院撰「時代不同歌合」歌仙。書や有職故実にもすぐれた。故実書『春玉秘抄』『秋玉秘抄』、日記『花園左大臣有仁公記』がある。一説に、男子で初めて「お歯黒」をし、その後公卿の間で流行する端緒となったという。

  5首  1首  4首 計10首

鳥羽院位おりさせ給ひて後、白川に御幸ありて花御覧じける日、よみ侍りける

影きよき花の鏡とみゆるかなのどかにすめる白川の水(千載44)

【通釈】姿きよらかに花を映す鏡に見えることよ、のどかに澄んだ白川の水は。

【語釈】◇白川に御幸ありて 保安五年(1124)閏二月十二日、白河法皇・鳥羽上皇の御幸があった。白川は今の京都市左京区岡崎あたり。白河殿と呼ばれた御所があった。◇白川の水 この「白川」は比叡山から流れ出て京都の街中を流れる川。川砂が白いことからこの名がついたという。「すめる」に「住める」を掛け、上皇の御所である白河殿への讃美を籠めている。

【補記】第四句「しづかにすめる」とする本もある。

【本歌】伊勢「古今集」
年をへて花のかがみとなる水はちりかかるをやくもるといふらむ

松間桜花といへる事をよめる

春ごとに松の緑にうづもれて風にしられぬ花桜かな(金葉37)

【通釈】春が来るたび、常緑の松の木の間に埋もれているので、風に気づかれず、散らされることのない桜の花よ。

花浮澗水といへる心をよみ侍りける

山風に散りつむ花し流れずはいかで知らまし谷の下水(千載100)

【通釈】山から吹き下ろす風に散り、積もった桜の花が渓谷を流れてゆく。これらの花びらがなかったなら、この谷にひっそりと流れる小川があることに、どうして気づこうか。

【語釈】◇花浮澗水 花、澗水ニ浮ブ。「澗水」は谷川。◇下水(したみづ) 物に隠れて表面にあらわれない水の流れ。

花為春友といへる事をよみ侍りける

散らぬまは花を友にてすぎぬべし春よりのちの知る人もがな(金葉39)

【通釈】散らない間は桜の花を友達として過ごすことができる。春が終わったあとはどうすればいい? 気心の知れ合った相手がほしいよ。

【語釈】◇花為春友 花ハ春ノ友為リ。当時流行した歌題だが、花が散った後予想される孤独を詠んで、面白みが出た。◇知る人 単なる知人を言うのではない。花のように心やすく親しめる人、ということ。

三月尽恋の心をよめる

春は惜し人は今宵とたのむれば思ひわづらふ今日の暮かな(金葉91)

【通釈】三月晦日(つごもり)の今日、日が暮れてしまうのは、春との別れが惜しまれる。でも、恋人が今夜来てくれるだろうと期待すれば、やはり早く日が暮れてほしい。思い悩む夕暮だことよ。

【補記】女の立場で詠んだ歌だろう。

【本歌】清原元輔「拾遺集」
春はをし郭公はたきかまほし思ひわづらふしづ心かな

依花待春といふ心を

なにとなく年の暮るるは惜しけれど花のゆかりに春を待つかな(金葉299)

【通釈】特にこれといった理由もなく、年が暮れてゆくのはやはり惜しいけれども、春は花の季節。それを拠りどころにして、春を待つのだよ。

【語釈】◇花のゆかり 春は花と縁が深いことをいう。言うまでもなく旧暦では正月が明ければ春であった。

月増恋といへる事をよめる

いとどしく面影にたつ今宵かな月見よとしも契らざりしを(金葉424)

【通釈】いつにも増して、今宵は恋しい人の面影が目に浮かぶ。月を眺めようと約束を交わしたわけでもないのに。

【語釈】◇月増恋 月ニ増ス恋。月を眺めて恋人への慕情を募らせる、という趣向。

【補記】第四・五句、「月を見よとも契らざりしに」とする本もある。

題しらず

たよりあらば海人の釣舟ことづてむ人をみるめにもとめわびぬと(千載673)

【通釈】ついでがあったら、海人の釣舟よ、言伝をお願いしたい。海松布(みるめ)を求めているわけではないのだが、恋しい人に一目逢いたくて、その方便を探しあぐね、困り果てているのだと。

【語釈】◇みるめ 見る目に海松布(海藻)を掛けている。

【補記】第五句を「もとめわびぬる」とする本もある。

【本歌】「伊勢物語」
みるめ刈るかたやいづこぞ棹さして我に教へよ海人の釣舟

【主な派生歌】
仮初の海人とぞせめてなりなまし人をみるめになぐさむやとて(宗良親王)

題しらず

はかなくも人に心をつくすかな身のためにこそ思ひそめしか(千載705)

【通釈】甲斐もなく、人のために心を使い果たしているよなあ。そもそもあの人を好きになったのは自分なわけで、自分の方に原因があって思いそめたことだったのに。

【語釈】◇身のために… こんな風になったのも、もとはと言えば自分の側に原因があった、ということを言っている。「自分の利益のために」ということではない。

見れど逢はぬ恋といふ心をよみ侍りける

人しれぬ恋に我が身はしづめどもみるめにうくは涙なりけり(新古1091)

【通釈】ひそかな恋に私は沈んでいるけれども、浮くものもある。海松布(みるめ)ならぬ見る目、つまりあの人に逢えた時、目に涙が浮かぶのだ。

【掛詞】◇みるめ 海松布(海藻)・見る目


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成21年09月14日