後鳥羽院 ごとばのいん 治承四〜延応一(1180〜1239) 諱:尊成(たかひら)

治承四年七月十四日(一説に十五日)、源平争乱のさなか、高倉天皇の第四皇子として生まれる。母は藤原信隆女、七条院殖子。子に昇子内親王・為仁親王(土御門天皇)道助法親王守成親王(順徳天皇)・覚仁親王・雅成親王・礼子内親王・道覚法親王・尊快法親王。
寿永二年(1183)、平氏は安徳天皇を奉じて西国へ下り、玉座が空白となると、祖父後白河院の院宣により践祚。翌元暦元年(1184)七月二十八日、五歳にして即位(第八十二代後鳥羽天皇)。翌文治元年三月、安徳天皇は西海に入水し、平氏は滅亡。文治二年(1186)、九条兼実を摂政太政大臣とする。建久元年(1190)、元服。兼実の息女任子が入内し、中宮となる(のち宜秋門院を号す)。同三年三月、後白河院は崩御。七月、源頼朝は鎌倉に幕府を開いた。
建久九年(十九歳)一月、為仁親王に譲位し、以後は院政を布く。同年八月、最初の熊野御幸。翌正治元年(1199)、源頼朝が死去すると、鎌倉の実権は北条氏に移り、幕府との関係は次第に軋轢を増してゆく。またこの頃から和歌に執心し、たびたび歌会や歌合を催す。正治二年(1200)七月、初度百首和歌を召す(作者は院のほか式子内親王良経俊成慈円寂蓮定家家隆ら)。同年八月以降には第二度百首和歌を召す(作者は院のほか雅経・具親・家長・長明・宮内卿ら)。建仁元年(1201)七月、院御所に和歌所を再興。またこれ以前に「千五百番歌合」の百首歌を召し、詠進が始まる。同年十一月、藤原定家・同有家・源通具・藤原家隆・同雅経・寂蓮を選者とし、『新古今和歌集』撰進を命ずる。同歌集の編纂には自ら深く関与し、四年後の元久二年(1205)に一応の完成をみたのちも、「切継」と呼ばれる改訂作業を続けた。同二年十二月、良経を摂政とする。
元久二年(1205)、白河に最勝四天王院を造営する。承久元年(1219)、三代将軍源実朝が暗殺され、幕府との対立は荘園をめぐる紛争などを契機として尖鋭化し、承久三年五月、院はついに北条義時追討の兵を挙げるに至るが(承久の変)、上京した鎌倉軍に敗北、七月に出家して隠岐に配流された。以後、崩御までの十九年間を配所に過ごす。この間、隠岐本新古今集を選定し、「詠五百首和歌」「遠島御百首」「時代不同歌合」などを残した。また嘉禄二年(1226)には自歌合を編み、家隆に判を請う。嘉禎二年(1236)、遠島御歌合を催し、在京の歌人の歌を召して自ら判詞を書く。延応元年(1239)二月二十二日、隠岐国海部郡刈田郷の御所にて崩御。六十歳。刈田山中で火葬に付された。御骨は藤原能茂が京都に持ち帰り、大原西林院に安置した。同年五月顕徳院の号が奉られたが、仁治三年(1242)七月、後鳥羽院に改められた。
歌論書に「後鳥羽院御口伝」がある。新古今集初出。

水無瀬神宮
水無瀬神宮 大阪府三島郡島本町。後鳥羽院を祀る。
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  15首  8首  19首  8首  9首  42首

ほのぼのと春こそ空にきにけらし天のかぐ山霞たなびく

いつしかと霞める空のけしきにてゆくすゑ遠しけさの初春

鶯のなけどもいまだふる雪に杉の葉しろきあふ坂の山

見わたせば山もとかすむ水無瀬川夕べは秋となにおもひけん

春ゆけば霞のうへに霞みして月に果つらし小野の山みち

を泊瀬や宿やはわかん吹きにほふ風の上ゆく花の白雲

桜咲く遠山鳥のしだり尾のなかながし日もあかぬ色かな

吉野山さくらにかかる夕がすみ花もおぼろの色はありけり

吹く風もをさまれる世のうれしきは花みる時ぞまづおぼえける

われならで見し世の春の人ぞなきわきてもにほへ雲の上の花

春はただ軒端の花をながめつついづち忘るる雲の上かな

春雨も花のとだえぞ袖にもる桜つづきの山の下道

み吉野の高嶺のさくら散りにけり嵐もしろき春の明けぼの

治めけんふるきにかへる風ならば花散るとても厭はざらまし

風は吹くとしづかに匂へ乙女子が袖ふる山に花の散る頃

なにとなく過ぎこしかたの恋しきにこころともなふ遅桜かな

あやめふく萱が軒端に風すぎてしどろに落つる村雨の露

難波江やあまのたくなは燃えわびて煙にしめる五月雨のころ

ほととぎす雲ゐのよそに過ぎぬなり晴れぬ思ひの五月雨のころ

神山にゆふかけてなくほととぎす椎柴がくれしばし語らへ

夕立のはれゆく峰の雲間より入日すずしき露の玉笹

呉竹の葉ずゑかたよりふる雨にあつさひまある水無月の空

見るからにかたへ涼しき夏衣日も夕暮のやまとなでしこ

秋の露やたもとにいたくむすぶらん長き夜あかずやどる月かな

露は袖に物おもふ頃はさぞなおくかならず秋のならひならねど

野原より露のゆかりを尋ねきてわが衣手に秋風ぞふく

ものや思ふ雲のはたての夕暮に天つ空なる初雁の声

はつ雁のとばたの暮の秋風におのれとうすき山の端の雲

いにしへの千世のふる道年へてもなほ跡ありや嵯峨の山風

里のあまのたくものけぶり心せよ月のでしほの空晴れにけり

うす雲のただよふ空の月かげはさやけきよりもあはれなりけり

秋の雲千里をかけて消えぬらし行くこと遅き夜半の月かな

ひさかたの桂のかげになく鹿はひかりをかけて声ぞさやけき

さびしさはみ山の秋の朝ぐもり霧にしをるる真木の下露

秋ふけぬ鳴けや霜夜のきりぎりすややかげ寒しよもぎふの月

山の蝉なきて秋こそふけにけれ木々の梢の色まさりゆく

思ひ入る色は木の葉にあらはれてふかき山路の有明の月

山もとの里のしるべの薄紅葉よそにもをしき夕嵐かな

月ぞ今はもる山道の夕時雨のこる下葉も嵐吹くなり

鈴鹿河ふかき木の葉に日数へて山田の原の時雨をぞきく

深緑あらそひかねていかならむ間なく時雨のふるの神杉

水無瀬山木の葉あらはになるままに尾上の鐘の声ぞちかづく

わたつ海の浪の花をば染めかねて八十島とほく雲ぞ時雨るる

物おもへばしらぬ山路にいらねどもうき身にそふは時雨なりけり

をしねほす伏見のくろにたつ鴫の羽音さびしき朝霜の空

橋姫のかたしき衣さむしろに待つ夜むなしき宇治の明けぼの

この比は花も紅葉も枝になししばしな消えそ松のしら雪

思ひかねなほ妹がりとゆきもよにわが友千鳥空に鳴くなり

雪つもる民の家ゐに立つ煙これも世にふる道や苦しき

冬の夜のしののめの空は明けやらでおのれぞ白き山の端の雪

我が恋は真木の下葉にもるしぐれぬるとも袖の色に出でめや

たのめずは人をまつちの山なりと寝なましものをいざよひの月

思ひつつ経にける年のかひやなきただあらましの夕暮の空

袖の中に人の名残をとどめおきて心もゆかぬしののめの道

風の音のそれかとまがふ夕暮の心のうちをとふ人もがな

袖の露もあらぬ色にぞきえかへるうつればかはる歎せしまに

里は荒れぬ尾上の宮のおのづから待ちこし宵も昔なりけり

思ふことそなたの雲となけれども生駒の山の雨の夕暮

わくらばにとひこし比におもなれてさぞあらましの庭の松風


哀傷

十月ばかりに水無瀬に侍りしころ、前大僧正慈円のもとへ、ぬれてしぐれのなど申し遣はして、次の年の神無月に無常の歌あまたよみて遣はし侍りし中に

思ひ出づる折りたく柴の夕煙むせぶもうれし忘れ形見に

なき人のかたみの雲やしをるらん夕の雨に色は見えねど

羇旅

見わたせば村の朝けぞ霞みゆく民のかまども春にあふ頃

さびしさをいつより馴れてながむらんまだ見ぬ山の秋の夕暮

熊野へまかり侍りしに、旅の心を

見るままに山風あらくしぐるめり都も今は夜寒なるらむ

神祇

社頭述懐

みづがきやわが世のはじめ契りおきしそのことのはを神やうけけん

伊勢

ながめばや神路の山に雲きえて夕べの空を出でん月かげ

神風や豊みてぐらになびくしでかけて仰ぐといふもかしこし

万代の末もはるかに見ゆるかなみもすそ川の春の明けぼの

熊野

岩にむす苔ふみならす三熊野の山のかひある行末もがな

くまの川くだす早瀬のみなれざをさすがみなれぬ波の通ひ路

ちぎりあればうれしきかかる折にあひぬ忘るな神も行末の空

釈教

おしなべて空しき空のうすみどり迷へばふかきよものむら雲

法性のそら元来清浄なれども、妄想の雲おほひぬれば正因仏性ありともしらず、このことわりをして仏になることかたし、即ち一微塵のうちに法界ことごとくをさまる、況や三十一字の間に実相のことわりきはまれり

述懐

大空にちぎる思ひの年もへぬ月日もうけよ行末の空

思ふべし下りはてたる世なれども神の誓ひぞなほも朽ちせぬ

昔には神も仏もかはらぬを下れる世とは人のこころぞ

いにしへの人のこころにゐし堰はいづれの世より跡絶えにけん

見ず知らぬ昔の人の恋しきはこの世を嘆くあまりなりけり

よそにては恨むべしとも見えじ世を袖しをれつつ嘆きこしかな

人ごころ恨みわびぬる袖のうへをあはれとや思ふ山の端の月

人もをし人も恨めしあぢきなく世を思ふゆゑに物思ふ身は

大方のうつつは夢になしはてつぬるがうちには何をかも見ん

夏山のしげみにはへる青つづら苦しやうき世わが身ひとつに

ながめのみしづのをだまきくりかへし昔を今の夕暮の空

奥山のおどろが下も踏み分けて道ある世ぞと人にしらせむ

遠島百首より

かすみゆく高嶺を出づる朝日影さすがに春の色をみるかな

遠山路いくへもかすめさらずとてをちかた人のとふもなければ

古郷をしのぶの軒に風すぎて苔のたもとににほふたち花

おなじくは桐の落葉もふりしけなはらふ人なき秋のまがきに

見し世にもあらぬ袂のあはれとやおのれしをれてとふ時雨かな

冬ごもるさびしさ思ふ朝な朝なつま木の道をうづむ白雪

とへかしな雲の上より来し雁のひとり友なき浦になく音を

浪間よりおきの湊に入る舟の我ぞこがるる絶えぬ思ひに

里とほみきねが神楽の音すみておのれも更くる窓の灯

暁の夢をはかなみまどろめばいやはかななる松風ぞ吹く

過ぎにける年月さへぞ恨めしき今しもかかる物思ふ身は

夕月夜入江に塩や満ちぬらん芦のうら葉のたづのもろ声

ことづてむ都までもし誘はればあなしの風にまがふ村雲

われこそは新島守よ隠岐の海のあらき波かぜ心してふけ

なびかずは又やは神に手向くべき思へば悲し和歌の浦浪


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成15年03月21日