南部修太郎 なんぶ・しゅうたろう(1892—1936)


 

本名=南部修太郎(なんぶ・しゅうたろう)
明治25年10月12日—昭和11年6月22日 
享年43歳(修文院釈楽那)
東京都港区南青山2丁目32–2 青山霊園1種イ22号1側 



小説家。宮城県生。慶応義塾大学卒。大正5年『三田文学』に紀行風の短篇『修道院の秋』を発表。その才を認められた。芥川龍之介に師事し、小島政二郎、滝井孝作、佐佐木茂索とともに「龍門の四天王」と呼ばれた。『湖上の上』『鳥籠』『過ぎゆく日』などがある。







  「彼等には果して心の動搖がないであらうか。」と、私は思つた。そしてあの廊下で遇つた日本人の若い修道士の顏附を想ひ浮べた。
 「努力の生涯に絶えないやうな不安と矛盾とがやつぱり彼等にもあるに違ひない。」と、私は考へた。一致と徹底とがあつても、また人間は次の一致と徹底とを望まなければならないものだ。そして遂に滿足と云ふことを知り得ないのが、不幸な人間の運命なのではないか。彼等もそれに違ひない。
 「そんならば人にはやつぱり眞の安心はないのだ。堅く掴んでゐられる信仰は生きてる間はないのだ。よしありとしてもすべてそれらは瞬間のもの假構のものに過ぎない。死が自分の眼を鎖して人間としてのあらゆる意識を消してくれる時でなければ……」自分の心が次第に暗い處へ引き摺られて行くやうな寂しさを感じながら、私は無意識に歩いてゐた。Kさんは杖を振りながら、私の二三間先を歩いてゐる。私が顏を擧げた時、丘を越えて眞青の海が見えた。
 「船はまだ見えないやうですよ。」と、Kさんは丘の端に立ちながら、私の方を振り返つて云つた。私は彼に近づいて行つた。そして崖の上の草の茂みに腰を降して、煙草を吸つた。
 午後の海は靜かに輝いてゐた。遠くの水平線は灰色の靄に隱されて、海と空との間に、陸奧の山々が幽かに浮んで見えた。そして寂しい海の上には往き來する小舟の影もなかつた。ただきらきらと潮流に乘つて動いて行く浪のうねりが限りなく續いてゐる。私はぢつと瞳を定めて、その跡を見守つてゐた。
 「さうだ、死が來なければ人は眞の安穩を得ることは出來ないのだ。」私はさう心の中に呟きながら、Kさんの後から坂道を降りて行つた。
                                      
(修道院の秋)



 

 〈私ごときお坊ちゃん育ちの世間知らずの人間〉と自らを揶揄しているように、経済的には恵まれていた。若い頃から数々の病に悩まされていたが、川端康成に〈玄人ずれのしない瑞々しい新進作家〉と将来を嘱望され、芥川龍之介との交わりにおいて佐佐木茂索・滝井孝作・小島政二郎とともに「龍門の四天王」と称されていた。
 後年は光を欠いて少女小説などに走っていたが、本音では〈もし少し澁味のかかつた年頃にでもなつたら、ちつと大袈裟だが、俯仰天地に恥ぢざるよいものが一つや二つは書けるだらう〉と夢見ていたのだ。しかし昭和11年6月15日、近所にあった火事を見に邸前に出たとき喘息の特効薬エフェドリン多量常用による脳溢血のため意識を失って22日午前9時、死去。それもかなわぬ夢となった。



 

 芥川龍之介の自殺原因の一つが女流歌人秀しげ子との龍之介、修太郎の共有関係であったという風な噂もあるにはあったが、苔生した土庭に燦々と陽を浴びた墓石。ある種の気品を持って「南部家累代之墓」はあった。
 明治40年10月、父常次郎が建てたこの墓に祖父母、両親とともに南部修太郎は鎮まってある。この霊園の大通り、桜並木の緩やかな下り坂に面した一角、碑の上にかぶさるように青葉を誇っている桜木の春爛漫の季節、ひらひらと舞い散る花びらを想い浮かべると、〈整頓とか、整理とか、掃除とか、片附け事とか云ふ事には殆ど興奮さへ覺へて骨身を惜しまない〉修太郎の満面の笑みが彷彿としてくるのだった。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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