中村苑子 なかむら・そのこ(1913—2001)


 

本名=中村苑子(なかむら・そのこ)
大正2年3月25日—平成13年1月5日 
享年87歳(水妖院吟遊佳苑大姉)
静岡県駿東郡小山町大御神888–2 冨士霊園13区2号1287番 



俳人。静岡県生。日本女子大学中退。昭和19年より俳誌『鶴』『馬酔木』などに投句。24年『春燈』に入り久保田万太郎に学ぶ。33年高柳重信の『俳句評論』創刊に参画。第一句集『水妖詞館』で現代俳句協会賞受賞。句集に『吟遊』『花狩』『花隠れ』などがある。



 



貌が棲む芒の中の捨て鏡

おんおんと氷河を辷る乳母車

春の日やあの世この世と馬車を駆り

昨日から木となり春の丘に立つ

黄泉に来てまだ髪梳くは寂しけれ         

桃のなか別の昔が夕焼けて            

父母遥か我もはるかや春の海

帰らざればわが空席に散るさくら         

死が見ゆるとや満開の花仰ぐ

少年美し雪夜の火事に昂りて



 

 〈音もなく白く重く冷たく雪降る闇〉。
 苑子が83歳で出した第五句集『花隠れ』の巻尾の句である男に葉隠れの志があるなら、女に花隠れの意想があってもよいだろうと、自選の遺句集としたのちは一切の句を発表しなかった。
 平成8年3月25日、生前葬まで挙げてしまったというから、あの世ともこの世とも、水のように魂の遊泳する心象を追い求めた中村苑子の悠揚自在な心模様を差し引いても驚嘆に値する。
 〈死とは、ただ見えなくなるだけだ〉という横光利一の言葉をも信じていたという苑子だから、平成13年1月5日、身のうちを燃焼しつくして87年の生涯を終えたとしても、闇の向こうに降る重く冷たい白雪を透かして、春の日の営みをまぶしく眺めていることだろう。



 

 富士を借景としたこの霊園には、日本文藝家協会の「文学者の墓」のほかに、多くの文学者が生前墓を建てた一画がある。
 あいにくの雨模様で遠景となるはずの山嶺は暗雲が垂れ込めて、姿すら定かではなかったが、赤やピンク、黄色の小花に彩られた中村苑子の墓碑「わが墓を止り木とせよ春の鳥」こそ、生の意識、死の意識を自在に混在させた、融通無碍の俳人が休まるところであろうか。右隣には俳句を通して知り合って以来、終生行動をともにしてきた高柳重信の墓碑「わが盡忠は俳句かな」がある。
 高柳の墓は苑子が建てたものであるが、死してなお並び建つ二つの墓碑、麓から吹き上げてきた風に煽られたのか、ひと休止していた霧雨がベールを厚くしはじめた。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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