長澤延子 ながさわ・のぶこ(1932—1949)


 

本名=長澤延子(ながさわ・のぶこ)
昭和7年2月11日—昭和24年6月1日 
享年17歳(美徳院温良妙延清大姉)
生家墓・群馬県桐生市東2丁目6–40 養泉寺(曹洞宗)
養家墓・群馬県桐生市東久方町1丁目1–36 大蔵院(天台宗)



詩人。群馬県生。群馬県立桐生高等女学校(現・桐生女子高等学校)卒。敗戦による価値観の崩壊と経済成長期に直面した世代の一員として原口統三に心酔し、孤独感、虚無感、死への憧憬から、桐生高等女学校を卒業して間もなく服毒自殺。17歳と3か月の短い人生だった。遺稿集『友よ私が死んだからとて』がある。



 養泉寺(生家墓)

 大蔵院(養家墓)



 私を、何度かこの世におサラバさせようとしたり、烈しいニヒルや頽廃のどん底におちこませる、私の心の底をうねっている、どこまでの探さか測り知れぬ鋭い暗い谷間。 これから逃れ出ようとしてどんなに苦しんだかわかりません。しかし逃亡策、または忘却策としてのいかなるゼスチュアもこの暗い谷間を埋めはしなかった。今残されているのは逃げることでも忘れることでもなく、この谷間に自分自身の身を沈めることによってこの谷間を埋めることだけ。いつだったか——あまりにも 明るすぎる虚無のその明るさを希望と名づけて人々の希望の定義の狭さを笑おう——とした時があった。今考えてみてもこれは決して天邪鬼ではないと思いま す。もし、たとえ歴史必然が指をくわえて眺めていてもなされるものであったとしても、自分を治療し自分を出発させるものは自分以外に誰もいないのだから ——。
 この時代に 生きる人間として歴史必然のかかげる灯火を自己の内部にゆがみなく反映させるためには、第一の仕事は暗い谷間を埋めること、自らの血みどろの闘いによって、ゆがめられた灯火を正しい反映としなけれはならないこと。昔、幼ない頃、私はその灯火をうつすことが出来なかった。ゆがむ意識さえなかったんですから。
(中略)
 こんな動乱の世界の中に青春を味わうことは、かえって生甲斐を感じさせるようです。私は二十世紀に殺され、二十世紀は私を救うでしょう、多くの逞しい民衆の一人として。・ああ風の中の日よ・です。
                        
(長澤延子遺稿集『友よ 私が死んだからとて』Tへの手紙)

 


 

 〈ウエのウタさえ死んじまった。 ヒカリというヒカリは強すぎて ドウクツになれたヒトミを押しつぶす。 ヒカリというヒカリはみすぼらしい人々のボロクヅを照らしだし ヒカリというヒカリはおごれる人々のワライを照らしだす。 ウエのウタさえ死んじまった。 ——この烈しいウエとノロイの中に。 与えられぬケンリとジユウと そして新しいヨノナカ。 ウエのウタさえ死んじまった。 このコガラシの中に なお生きぬく人々の 血潮にぬれてはためく赤いハタ すさまじい このウタゴエよ〉——。
 〈生れた時から死ぬ気で生れて来た〉長澤延子の悲痛な魂の叫びが、森閑とした闇に沈んでいったのは昭和24年6月1日、揺濁の戦後間もない頃であった。



 

 4歳で母と死別、12歳で伯父の家に養女として出された長沢延子には二つの墓がある。広い塋域に孤寂として建つ養家の墓と、分骨されて生母とともに眠る養泉寺の「長澤家之墓」とである。
 ふいと分け入った町中の古寺にある濡れそぼった墓石の哀しさよ。延子の生まれ育った町、延子が闘い、生きようとした町、延子の絶望した町。いまだ目覚める気配もないままに、冷え冷えとした機織りの町に、やがては視界から消えていた日暮れが音もなく迫ってくるのだろう。
 北の方角から幻のようにフイフイと降りてくるみぞれ混じりの冬雨を、ハーフコートの背に受けながら長い間桐生の町を歩いたのに、あの墓の前に転がっていた菊の花弁の鮮やかさだけが脳裏に焼き付いて、もう空の色さえ思い出せないのだ。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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