中野好夫 なかの・よしお(1903—1985)


 

本名=中野好夫(なかの・よしお)
明治36年8月2日—昭和60年2月20日 
享年81歳 
兵庫県篠山市沢田334 小林寺(曹洞宗)



 

英文学者・評論家。愛媛県生。東京帝国大学卒。中学校教師などを経て昭和23年東京大学教授。シェークススピア、モームの翻訳などで知られる。28年「東大教授では食えない」と公言して辞職してからは、社会批評や平和運動に活躍。『蘆花徳冨健次郎』『アラビアのロレンス』などがある。





 


 人間として一度誤ったことは必ずしも恥ではありません。私自身もたしかに大きな背任を犯した。だから自己弁護でいうのではありませんが、たとえばナチ勃興期から今次大戦にかけては、立派に自由主義者の節操を一貫し、「デモクラシーの勝利」その他で日本でもおなじみのトマス・マンの如きも、前大戦には熱心な戦争支持の愛国者であったのです。しかし思うに、その過誤が今度の立派なマンに成長させたのでありましょう。私たち日本人にとって、今切に要請されていることは、決してそのために卑屈になることではないが、敗戦の事実はいくら痛烈に銘記しても銘記したりない。そしてそれによって、このあまりにも大きすぎた教訓を生かすことであります。
 世界の前途は決して直線的に明るいものではありません。しかし私たちは失望してはなりません。Nihil desperandam私たちは、充分予想される近い将来において、困難な少数者になることもあえて辞してはならないのであります。もし不幸にして将来再び戦争の不幸があるとしても、私たちは決して二度と再び利用されてはならない。ヴォルテールの言葉をかりるならば、「われわれは死刑執行人になるよりは、むしろ殉教者になるべき」であるのが、私たちの道なのであります。「とにかく勝たなければ」というのが、私たちの過誤の原因でありました。むしろ殉教者の勝利をおそまきながら私たちは考えなければならないのであります。

(怒りの花束)

 


 

 〈私自身の如きも一度として聖戦などとは思ったこともない(略)、また勝つともあまり思えなかった。しかし、私は決して傍観して日本の負けるのをニヤニヤと待ち望んでいたわけでは決してない。十二月八日以後は一国民の義務としての限りは戦争に協力した。欺されたのではない。進んでしたのであります。〉と敗戦直後、東京大学戦没学生手記出版記念講演会で自己批判した中野好夫。戦犯第一号を名乗り、以後は英文学者、評論家としてにとどまらず、多岐に亘る平和運動の協力者としても活躍したが、昭和59年9月に直腸手術をして自宅療養、一時は散歩できるまでに回復した体調も間もなく悪化、翌年の1月から再入院していた東京・新宿の石川病院で2月20日午前3時3分、肝硬変のため亡くなった。



 

 父祖来の菩提寺がある城下町丹波篠山。伝統的建造物群保存地区の町並みから少し外れたこの寺の背後にある山は、澤田城跡となっており、西遊記に出てくる中国唐代の高僧玄奘三蔵法師の頂骨を納めた聖骨塔も建てられている。鐘楼山門をくぐり、本堂前を左に折れると、たわわに実った柿の木がある階段。城垣のような三段、四段構えの石組の最上段奥に父溶次郞が大正14年に建てた「中野家之墓」。玉垣石はカビや苔で斑模様になっているのに墓碑は建て替えられたのであろうか艶々としている。冬空はあくまで青く澄んで、上台の墓誌には死産した三男、土井晩翠の次女で昭和15年に24歳で亡くなった前妻信、祖母や両親、晩翠の養子となっていた次男亨に並んで中野好夫の名と妻靜の名が刻まれている。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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