三浦哲郎 みうら・てつお(1931—2010)


 

本名=三浦哲郎(みうら・てつお)
昭和6年3月16日—平成22年8月29日 
享年79歳(香玄院文苑哲秀居士)
岩手県二戸郡一戸町一戸字大沢25 広全寺(曹洞宗)



小説家。青森県生。早稲田大学卒。兄姉の自殺、失踪など、一族の血に悩み、文学の道に入る。『忍ぶ川』で昭和35年度芥川賞を受賞。『拳銃と十五の短編』で野間文芸賞、『少年讃歌』で日本文学大賞受賞。ほかに『初夜』『海の道』『白夜を旅する人々』『みちづれ』などがある。







  

 今日、深川でいいそびれた私のきょうだいのことを、ここにしるします。 
 私は、六人きょうだいの末ッ子です。私が六歳のときまで、兄が二人、姉が三人ありました。六歳の春、よりによって私の誕生日に、二番目の姉が自殺しました。愛してはならぬ人を愛して、煩悶の末、海軽の海へ入水しました。同年夏、上の姉が自殺しました。妹を殺したのは自分だとひとりぎめして、琴を枕に服毒しました。同年秋、長男の兄が失綜しました。兄はひどい神経質で、妹たちの不幸におそらく耐えきれなかったのでしょう。いまだに行方がわかりませんから、死んだことは確実です。のこった兄は、よくできる、しっかりした人で、私たちはこの兄を信頼していました。私を大学へ入れてくれたのもこの兄です。深川にいたのも、この兄です。この兄が、三年前の春のおわり、自分で木材会社を設立するという名目で資金あつめに帰郷して、私の家の乏しい財産は勿論、方々の親戚からも借金して、その金をもって逐電しました。理由は皆目わかりません。(木場では、嘘をいって、すみません)
 この兄の背信は、私たち一家にとって大きな打撃でありましたこのショックで、父は脳溢血で倒れました。私たちはうちひしがれて、絶望して、めいめい危険な計画に耽った暗黒の時期もありました。今では、私がかつての兄の立場にとってかわりつつあります。そのために、一家はふたたび希望をとりもどしました。
 私は、かつて私の誕生日を祝ったことがありません。その日が、なんだか私たちきょうだいの、衰遂の日のような気がするからです。去年のその日、私は気が滅入って、ふと深川へいきました。深川あるきのはじまりです。それ以来、心がおとろえると、私はきまって深川をあるきました。すると私は、兄のまぼろしに反撥して、しらぬまに心がひきしまるのです。
 私も、これで全部です。
 
 私は、この手紙を、忍ぶ川のタバコ売場にいるトキという気のいい女に託して、志乃へわたしてくれるようにとたのんだ。翌日、トキを通じて、志乃の返事がもどってきた。箸の袋に、たった一行、
 「来年の誕生日には、私にお祝いさせてください」
 私は、志乃に没頭した。

(忍ぶ川)



 

 『忍ぶ川』で著されているように兄姉の相次ぐ自殺、失踪など、生涯にわたり〈血の仕業〉」に悩んだ。慄然とし、そこから独自の文学が生まれた。哲郎の6歳の誕生日に自死していった姉を皮切りに、次々と消え去った〈亡びの血〉を限りなく書きつづけ、供養してきた母は91歳で死に、三女の姉と末弟の哲郎だけがのこされた。
 平成22年3月には、岩手県一戸で一人暮らしをしていた姉が死んだ。高血圧や脳梗塞に苦しめられながら〈姉のことを小説に書きたい。今はそのことしか頭にない〉と語っていた哲郎だった。平成22年8月29日、悲劇的、運命的な一族の血の最後の一滴たる哲郎は、うっ血性心不全のため力尽きたのだった。



 

 小雨の降る北の町一戸、馬淵川に架かる橋を渡った先、広全寺墓地に三浦家の「先祖代々之墓」はある。俗名三浦哲郎と墨書きされた卒塔婆がたっていた。行方知れずになった二人の兄の名は無いが、ここに姉や両親とともに哲郎は眠っている——。
 時折、東京・本郷通り沿いを散歩中に山手線駒込駅の手前あたりにあった「思い川」という割烹らしき店を目にしていた。店先に「芥川賞受賞作品 忍ぶ川ゆかりの店」と示された木板が立てかけられていたので、ここが仲居としてヒロイン志乃が働き哲郎と出会ったいわくつきの店なのだなと思いながら立ち止まったりしていた。そんなことを思いながら、かつて墓参に訪れた哲郎が、よくしたというように私も濡れた墓石の額に手を置いてみた。おもいのほか温かかった。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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