三富朽葉 みとみ・きゅうよう(1889—1917)


 

本名=三富善臣(みとみ・よしとみ)
明治22年8月14日—大正6年8月2日 
享年27歳 
東京都府中市多磨町4–628 多磨霊園6区2種22側
 



詩人。長崎県生。早稲田大学卒。自由詩社同人。明治42年自由詩社の結成に参画。『自然と印象』を主舞台に、『早稲田文学』ほかに詩作を発表、新進詩人として活躍するが、犬吠埼で友人の今井白用楊と共に溺死。遺稿に『三富朽葉詩集』がある。






  

踊る、踊る、枯葉の上、
浄らかな、觸れ難いにほひをこめて
秋の光りの傾く時分。

枯葉の踊りはかがやきながら
黒い淵に吸ひつけられる、
憂愁の閃き、追憶の唱歌———
明るい空から零れ落ちるルフラン。

黄昏を暫し隠す、鋭い光線、
墓場のむつつりした渋面を
からからと、笑ひそやす小鬼の群よ、
悲しい宗教の上を飛び廻る盲目共。

眠れる者の上に輝く月のやうに
冷たく寂しい
喜びのない笑ひと色彩のない装飾と、

踊る、踊る、枯葉が踊る墓の上、
浄らかな、觸れ難い匂ひを籠めて
秋の光りの消え去る時分。

(墓場のREFRAIN)

            


 

 〈麗しくも捕へ難ないきみの言葉に囲まれて 暗い影を遂ふ我が心、 夜の言葉をひとすぢの朱の脣より聞く時に 花の陰よりも匂はしい 碧い暗、 影をつくる暗、 夜の言葉に捕はれて盲ひとなる時に、 二重の暗の麗しさよ。 凡べての暗を忘るる暗、 そのくらやみに生命を残して、 夏の終わりを思ひ嘆く この、秋の終わりの寒い寒い暮方の 微かな微かな 消えて跡もない物思ひ〉と『盲人の歌』に歌った哀愁の詩人三富朽葉は、あと12日で28歳の誕生日を迎えることになったであろう大正6年8月2日、詩友今井白楊と避暑のため訪れた三富家別荘のある犬吠岬崖下、君ヶ浜の真白に砕ける荒波に呑まれ、共に消えて逝った。



 

 三富朽葉は象徴主義からやがてベルハーレンに傾倒していった理想主義の詩人であった。
 死の前に避暑地より『早稲田文学』に寄稿した『微笑に就いての反省』に〈生きるとは自然に触れることである。人の心は自然に触れて悲愴となる。悲愴より微笑に至るまでの過程を経ないならば、余りに少く生きた事を人は悔まねばなるまいではないか!〉と書いた朽葉の眠る「三富家累代之墓」。
 石塀で囲まれた塋域に転がっているどんぐりの実を数個拾い、強く握ってみる。ぎゅっぎゅっと鳴る実の音に合わせるように、朝からどんよりと曇った武蔵野の空から、ぽつりぽつりと雨が降り始めてきた。
 ——〈昨日は何でもない、けれども凡てである〉。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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