三浦朱門 みうら・しゅもん(1926—2017)


 

本名=三浦朱門(みうら・しゅもん)
大正15年1月12日—平成29年2月3日 
享年91歳(パウロ) 
神奈川県横須賀市長沢1丁目54–1 聖徳久里浜霊園 


 
小説家。東京都生。東京大学卒。妻は曽野綾子。昭和25年第15次「新思潮」に参加、翌年『冥府山水図』で認められる。第三の新人の一人。42年『箱庭』で新潮文学賞、五八年『武蔵野インディアン』で芸術選奨受賞。文化庁長官も務める。ほかに『望郷』『教えの庭』などがある。






  

 大体、婆さんにもせよ、女になるサービスされてそりかえっている男くらい、愚劣に見えるものはないということが、この男には全くわかっていない。目立たないように、しかもポイントをおさえて、女の面倒を見る男は、男が見ても、キリッとしていいものだ。大体、男が働いて、女房を養うというのが、そういうことではないか。養ってやる、などという態度を見せないで、女房をのさばらせるのが亭主の甲斐性というものだ。
第一、墓地へ行った時もおかしかった。おやじは妙な趣味で、五日市のそばの、秋川の渓流に臨む山寺に墓地を買っておいた。寺の裏手の墓地のそのまた外れの、崖の上だった。しかし、確かに眺めはいい。目の下に大蛇のように秋川がうねっていたから。
 そこの石室に納骨する時も、兄はいやに勿体ぶっていたっけ。「じゃそこに、お母さんを真中にして。」
と一同を一列に並ばせた。そして自分は骨壺を捧げて、中に納める。坊さんのお経の伴奏の中で、まず先に自分が焼香し、次にお袋、次に季子、香織、次に修一家。あれは本家と分家の差をつけたつもりだろうか。行き帰りの車にしても、自分とお袋だけはハイヤーに乗って、季子以下は、修が運転する車にのせた。兄は一体……。
 修は自分の不愉快さを反芻するように、学があの日以来、急に家長面をしだした例を一つずつ思い出しては、その細部をあくどく彩色しては、何度もかみしめた。その場面の一つ一つを笑いたいと思うのに、苦い物をたべたように、舌がこわばり、唇がゆがむばかりで、笑いにはならなかった。


                                                                  
( 箱庭 )



 

 決してまともな表現をせず、不真面目を絵に描いたような人であった〉と、妻曾野綾子が評している三浦朱門は殆ど病気知らずだったのだが、90歳を目前にした平成27年の春頃から様々な機能障害を見せるようになり、29年に入って殆ど固形物を口にしなくなった。1月26日、血中酸素量の急激低下により品川・旗の台の昭和大学病院に緊急入院、末期医療の看護を受けていた平成29年2月3日午前3時50分、間質性肺炎のため死去した。その朝はいつもと変わらず穏やかな冬の陽につつまれ、十六階の病室からは西南に富士が透明に輝いて見えた。セーターとズボン、普段着姿の朱門の納棺に際して妻曽野綾子は短い手紙を一通、セーターの内側に入れ、朱門の訃報を伝えた産経新聞朝刊を一部入れた。



 

 最期にたった九日間入院しただけで生涯を閉じた〉三浦朱門の遺骨はしばらく彼の部屋に置かれていたのだが、四十九日を一週間過ぎばかりに、三浦半島の三戸浜の別荘からさほど離れていない久里浜霊園にある三浦家の墓に埋葬された。浦賀水道を見下ろす丘陵の突端に拓かれた公園墓地、三浦大仏の立つ高台の近く、崖斜面の敷地に、赤御影墓石面の銅版に凸文字のラテン語でGRATIAS AGIMUS DEOと彫られている。朱門と妻綾子が建てた墓には朱門の両親、綾子の母、朱門の姉夫妻の分骨も入っている。眼下の北下浦漁港から吹き上がってくる風が汗ばんだ肌に涼しく、海鳥の舞う漁港の手前を京浜急行の電車が横切って、霞んで見える房総半島の上に途切れ途切れの浮き雲が漂っていた。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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