宮脇俊三 みやわき・しゅんぞう(1926—2003)


 

本名=宮脇俊三(みやわき・しゅんぞう)
大正15年12月9日—平成15年2月26日 
享年76歳(鉄道院周遊俊妙居士)❖周遊忌 
東京都港区南青山2丁目32–2 青山霊園1種ロ7号15側2番 



紀行作家。東京府生。東京大学卒。中央公論社の編集者、役員を務め、退社して国鉄全線完乗の記録『時刻表二万キロ』で日本ノンフィクション賞受賞。短編小説集『殺意の風景』で泉鏡花文学賞を受賞する。ほかに『時刻表昭和史』などがある。



 


    

 これで長年の念願を達成したわけだが、九州の全線を乗り終えたときの爽快さも、北海道完乗のような虚無感もなかった。
 しかし、まもなく来るべきものが来た。相変らず時刻表は開いていたが、どうにも張合いがないのである。眺めるだけで、かつてのあの読み耽る力が出てこないのである。
 しかも、全線乗り終えたらいままでのような鉄道だけの殺風景な旅行でなく、ほんとうの旅ができる、吉備の国をゆっくり歩いてみたいし、日和佐の海亀の涙も見たい、鉄道がないために隠岐にも壱岐にも行かなかったが、そういう島々にも行こうと希望を抱いていたのに、その気になれない。やはり私の旅行熱は時刻表の幻影に過ぎなかったのだろうか。それにしても時刻表がつまらなくなっては、これは由々しいことである。
 なにしろ私は四○年余にわたって時刻表を愛読してきた。昼間気に障ることがあっても、夜、時刻表を開けば気が晴れさえしたのである。それが、なまじ国鉄全線完乗などという愚かな行為に及んだがために、かえって大切な元手を失ったのかもしれない。
 とにかく何かが終り、何かを失ったことはたしかなようであった。それは全線完乗でも時刻表でもない、もっと大きなものであったようにも思われた。よく、停年で現職を退いたり、ひとり娘を嫁にやったりすると俄かに老け込む人がいるが、その気持ちが理解できるような気がした。
 驚いたことに、「全線を完乗したら塾大な担賀会をやりましょう」と、揶揄ともとれる言葉で私を激励した会社の友人たちは嘘はつかなかった。もっとも、こういうことを主賓が言うのはけしからぬ話ではあるが、盛大かどうかは疑わしかった。参会者は二四、五人で、これは私にとってはまちがいなく盛大であった。しかも、事あれば飲まんとする面々が大半であっ
て、お忙しいところをどうも、などと挨拶しなくてすむのも有難いことであった。会場、これは「盛大」をどんなに幅広く解釈しても狭かった。一人がトイレに行こうとすれば、参会者の半数がグラスとおつまみの皿を持って腰を浮かさねばならなかった。
 けれども、壁には「祝国鉄全線完乗20800キロ」の大段幕状の紙と線路図が張りめぐらされ、秋葉原の国鉄御用達の帽子屋を探し訪ねて入手してくれたという本物の駅長の帽子や切符截りなどを頂戴した。私はそれをかぶって一人ずつ切符に鉄を入れ、全員で「線路はつづくよどこまでも」を合唱したりした。
 もう乗るべき線路は無いけれど、やはりいい歌であった。

(時刻表2万キロ)

           


 

 〈鉄道旅行屋〉と称してはばからなかった宮脇俊三にとって、鉄道は何物にも代えがたい書斎であり、寝室であり、夢見るような生活そのものであったに違いない。
 平成11年、菊池寛賞を受賞した後は心身ともに限界を感じて休筆宣言をする。晩年は酒浸りの日々であったという。〈深夜の駅の風情、虚しさの美、ガタガタ走っているときは眠り、停車すると目が覚め、カーテンの隙間から駅のホームを眺める〉——。
 そんな至福の時間を思い描きながら、平成15年2月26日、悪性リンパ腫治療で入院中の虎の門病院に於いて肺炎のため、没する。春いまだ来たらずも、雲ひとつない快晴の朝、どこまでもつづく線路に寄り添いながら、真新しい時刻表を携えて永の旅立ちをした。



 

 晩秋の墓原、陽は西に傾きはじめて、霊園の赤く色づいた桜葉を名残惜しそうに煌めかせている。「宮脇家之墓」、鉄道ファンの供花とおもわれる花々が彩りを添え、西陽を背に受けた陰りの中に物憂い墓石が浮かび上がってくる——。
 左側の墓誌に戒名「鉄道院周遊俊妙居士」と「宮脇俊三」の銘。右側には地蔵尊と故人が愛した大井川鉄道の関の沢鉄橋を渡る列車の絵に添えて、「終着駅は始発駅」という言葉を刻んだ記念碑が建っている。廃線鉄路にポツリと遺されたプラットホームにも似て、墓域の土庭に降り散った落葉を踏みしめていた。
 ——若き頃、その背をわが旅の導とした故人が、傍らに肩を寄せてくれているような温かな思いがしてきたのは感傷であったのだろうか。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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