三宅やす子 みやけ・やすこ(1890—1932)


 

本名=三宅安子(みやけ・やすこ)
明治23年3月15日—昭和7年1月18日 
享年41歳 
東京都府中市多磨町4–628 多磨霊園8区1種16側34番 




小説家・評論家。京都府生。東京女子高等師範学校附属高等女学校(現・お茶の水女子大学附属高等学校)卒。明治43年昆虫学者三宅恒方と結婚。夏目漱石や小宮豊隆に師事。大正10年夫恒方の死を契機に文筆の道に入る。15年朝日新聞連載の『奔流』で認められた。『金』『燃ゆる花びら』のほか評論集『未亡人論』などがある。




 


    

 「もしかすると今日死ぬのかも知れない。」
 さう思った時に、過ぎて來た生活はみんな樂しいものに回顧された。そして、今迄大してなつかしいとも思つて居なかつた、此世の中といふものに非常な執着を感じた。
 今迄世の中に不平を持ち、不満を感じて居たのは、其よい處を考へないで、只缺點だけをかれこれ云つて居たのだといふ事をハツキリと知つた。 
 「どんな苦しい事があつても可い。もつと、此世に住み續け度い。今この儘見捨てるには、あまりに樂しみの多い世である。」さう叫んだのは眞實の心の聲である。生きる事が普通の事になつた時、いつか又、私は其希ひの聲を自ら忘れて居た。 

 自分が進まうと思つた道、唯一つの目標にして居た生活の方向が、急に打ち壊されなければならなくなつた時、何も彼も譯が分らなくなつて了つた。一體此世に何の意議があるだらう。こんなに着實に歩み續けた途は、只一朝に打ち砕かれなければならないものならば。
 人が喜んだり悲しんだりして居るのが不思議でならなかつた。世の中の出來事、といふものが皆取るにも足らない事のやうに思はれた。何十年か掛つて建設してゆく私達の生涯は、只此かぼそい息の根が止つた時に、あとかたもなく消えてゆかねばならないと思つたら、愛も憎みも、恨みも惱みも、夢より果敢ない面影ではないかと感じられたから。 
 さう考へると凡てが、莫迦らしくなつた。そんな事を思はずに、眞面目に喜んだり、嘆いたりして居る人を見ると妙な氣がした。生きていても、死んで了つても、格別の差はないものだといふやうな氣もした。だが、又、時が經つてゆく。
 生きてゆく日が永くなると、全く失つた世の中への執着が又生れ出て來る。再び悲しみも喜びも心から感じるやうになる。不思議のやうな事實である。


(或る日の心)

           


 

 三宅雪嶺の甥であった昆虫学者三宅恒方との結婚は、恒方の神経質な性格とやす子の〈細かいところに行き届かぬ性質〉によって寛ぎのないものであった。大正5年に長男恒雄、8年に次男恒二を失うという不運にも見舞われ、9年には猩紅熱の疑いで入院、腎臓炎を併発したことで一時は命も危ぶまれたが、そのことによって温かな夫婦の感情が生まれてきた。新たな夫婦関係をという間もない10年に恒方はチフスによって40歳の若さで急死。〈恐ろしい迄に厳粛なものであり、神秘的なものであり、解けざる謎のやうなもの〉と知った結婚生活の十一年を糧にしながら走ってきた三宅やす子の作家生活であったが、昭和7年1月18日午後11時5分、心臓麻痺のため、都下砧村(現・東京都世田谷区砧)の自宅で死去した。



 

 やす子は三男一女をもうけたが、長男と次男は夭折、三男は学徒動員で戦死、のちに作家となった長女の艶子だけが残った。夫恒方の墓は、やす子の父加藤正矩も眠る青山霊園の三宅雪嶺・花圃の墓所内にあるのだが、〈墓なんぞ要らない。いたましい死をいつまでも心覚えにさせる墓なんぞ私は要らない。〉と記したこともあるやす子の墓は、青山とは遠く離れた武蔵野の多磨霊園にある。15歳の時に洗礼を受けたやす子。キリスト教の伝道者内村鑑三の墓と背中合わせにある東郷青児設計の「三宅やす子墓」、南天を背に見過ごしてしまう程の低い位置に置かれた白っぽい大理石の表面に、友人宇野千代の筆による「人として母として作家として 偉大なる女性三宅やす子 ここに眠る」とある。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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