管野須賀子 かんの・すがこ(1881—1911)


 

本名=管野スガ(かんの・すが)
明治14年6月7日—明治44年1月25日
享年29歳(釈淳然)
東京都渋谷区代々木3丁目27–5 正春寺(浄土真宗)




新聞記者・社会主義者・小説家。大阪府生。離婚後、『大阪新報』の記者となり、大阪婦人矯風会の林歌子の知遇を得て上京、社会主義思想に近づき平民社に堺利彦を訪ねる。荒畑寒村を知り結婚。幸徳秋水の影響でアナーキストになり、一時同棲。明治43年大逆罪によって逮捕され、翌年幸徳らとともに刑死する。小説『日本魂』、評論『肘鉄砲』、獄中手記『死出の道艸』などのプレスがある。






 

 夕方、沼波教誨師が見える。相被告の峯尾が、死刑の宣告を受けて初めて他力の信仰の有難味がわかつたと言つて些かも不安の様が見えぬのに感心したといふ話がある。そして私にも、宗教上の慰安を得よと勧められる。私は此上安心の仕様はありませんと答へる。絶対に権威を認めない無政府主義者が、死と当面したからと言つて、遽かに弥陀という一の権威に縋つて、被めて安心を得るといふのは〔真の無政府主義者として〕些か滑稽に感じられる。
 然し宗教家として、教誨師として、私は沼波さんの言葉は尤もだと思ふ。が、私には又私だけの覚悟があり、慰安がある。
 我等は畢竟此世界の大思潮、大潮流に先駆けて茫洋たる大海に船出し、不幸にして暗礁に破れたに外ならない。然し乍らこの犠牲は、何人かの必ずや踏まなければならない階梯である。破船、難船、其数を重ねて初めて新航路は完全に開かれるのである。理想の彼岸に達し得るのである。ナザレの聖人出でて以来幾多の犠牲を払って、基督教は初めて世界の宗教と成り得たのである。夫を思へば我等数人の犠牲くらいは物の数でない〔と思ふ〕……。
 最後の公判廷に陳べた此感想は、絶へず私の心中を往来して居る。私は、我々の今回の犠牲は決し無益でない、必ず何等かの意義ある事を確信して居るのである。故に私は絞首台上最後の瞬間までも、己の死の如何に貴重なるかという自尊の念と、兎にも角にも主義の犠牲になったといふ美しい慰安の念に包まれて、些かの不安、煩悶なく、大往生が遂げられるで有うと信じて居る。

 

(死出の道艸)

 


 

 平民社の堺利彦を介して知り合った須賀子と荒畑寒村、〈姉ちゃん〉〈勝坊〉という姉弟のような夫婦関係も幸徳秋水が現れたことによって寒村が入獄中に破綻し、のちには寒村が須賀子と秋水の滞在していた湯河原の天野屋旅館にピストルをもって乗り込んでいくという顛末もあったが、寒村との離別後、一気に社会主義に突き進み、秋水と同棲する須賀子のアナーキストとしての末路は定まった。昭和43年、須賀子や宮下太吉、大石誠之助、秋水らが天皇暗殺を企てたかどで次々と捕らえられ、翌年1月18日の判決公判で26名の被告中24名に死刑宣告(うち12名が無期に減刑)。1月24日、11名の死刑執行。時間の都合で翌日回しとなった須賀子はただひとり1月25日、絞首台に立った。絶命午前8時28分。



 

 

 棺の蓋に「管野」と墨書きされ、白布に包まれた白木の座棺に納められて処刑場から担ぎ出された遺骸は、平民社に居住当時懇意にしていた増田謹三郎夫妻の家に預けられ、前夜の雪がみぞれに変わった28日朝、堺利彦の計らいで、4年前に結核で死んだ妹秀子の遺骨が埋められている代々木の正春寺に運ばれた。〈先ず棺を入れて其上にヒデ子の遺骨を載せ、姉妹を同穴に埋葬し終るや新しい土饅頭の上には樒の一枝と苔蒸したる石地蔵尊を横へ〉と当時の『時事日報』が報じたその墓地にある「大逆事件の真実をあきらかにする会」によって昭和46年に建てられた自然石の記念碑、〈くろかねの窓にさしいる日の影の移るを守りけふも暮しぬ〉と獄中詠が刻まれている。東京監獄の絞首台の露となってすでに百余年、革命を夢見た女性闘士の碑に熱い朝日が射し込んでいる。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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