多文化社会を支えるコミュニティー活動

2007.6.29

特定非営利活動法人 浜松NPOネットワークセンター
多文化担当 山口祐子

1 浜松の多文化社会の状況

今年4月に政令指定都市になった総人口82万人の浜松市は、SUZUKI、ヤマハなどの国際的企業が林立する産業都市である。1989年の「改正入管法」の施行以来、急速に日系南米人が増え、1987年には約5000人であった外国人登録者が現在は32,258人で、その内日系ブラジル人は19,267人と60%を占めているが、異国の日本で仕事を始める労働者家族を支える国の政策は、皆無といえるほど無防備な状態で、現実におこる問題に地方自治体が対処しながら、後追いで対策を立てているのが実態である。

2 市民がリードする多文化共生社会

休日に浜松駅に降り立つと、国際色豊かな若者がたむろする光景に出会う。スーパーマーケット、レストラン、美容院、自動車販売・修理業に銀行と、日本人と接触しなくても生活できる並行社会が成長しつつあり、日本語を話せなくても日常生活に全く不自由しない環境が浜松にはある。
しかし、病気、労災事故、子どもの教育、失業など、日本の社会制度を利用しなければならない状況に追い込まれると、一気に問題が噴出する。これらの事態に対処してきたのは住民によるボランティア活動であった。

(1) 浜松外国人医療援助会の活動

医療問題を担ってきたのはMAF浜松(Medical Aid for Foreigners)である。外国人の健康を守るために1995年に結成され、その後11年間、毎年、300人のボランティアで運営する検診活動に、600人の外国人受診者を受け入れてきた。医師を始め通訳・医療技術者・病院・検査会社も、無償の協力を惜しまず現在に至っている。近年は、受診者の国籍は9カ国に及び、9言語の通訳で対応している。受診者の70%が無保険である現実があり、主要なメンバーは10年歳をとってしまったが、当面、検診会を終了することはむずかしい。
何らかの疾患が疑われて二次検診を受ける必要がある受診者がここ数年、6割を超している。日本人の場合は、このような高率で要二次検診者は生じないことから、彼らの労働環境、食習慣に問題がある。また、要二次検診の通知を受けても、受診する人は10%に満たない。仕事を休んで病院に行ける人は、善意の事業主に出会った幸運な人で、健康でないことを疑われて解雇されることを恐れて、不健康なまま我慢している労働者が多い。彼らは労働力であって、生身の肉体を持つ労働者として、この国に迎え入れられてはいない。
わずか1年に1回の検診会ではあるが、この催しを経験した開業医、病院関係者は、日常的にも「デカセギ」労働者の健康維持の為に協力するセイフティーネットとして機能し、「外国人にとっての無医村状態」を救済している意味は大きい。
多言語による活動には当時者の参加を得られなくては継続は困難だが、現在、実行委員会の四分の一は、日系南米人で構成されている。受診者や通訳で参加した当事者も、次第に組織の中核を背負うようになった10年である。
今年、院長の決断で検診会場を引き受けた病院では、今まで労使関係が良好ではなかったようだが、「あんなに活き活きした職員の姿を見たのは初めてだ」と院長は述懐され、組合委員長は「労働組合の地域社会での使命に気がついた」と、労使でポルトガル語の医療用語の勉強会を始めている。個人が、社会的存在である市民に目覚めていく「芽」を持つこの事業の事務局をN-Pocket が7年間引き受けているのは、外国人の健康のためだけではなく日本人市民の成長のためでもあるからだ。

(2) 子ども達の教育をめぐる環境

 子ども達は親の都合で、ある日突然日本に連れてこられる。両親は当初、3年ほど稼いで帰ろうと考えているのだが、実際にはズルズルと滞日して10年を超える。この事は、子ども達の教育を日本語で受けさせるのか、母国語で受けさせるのか両親が選択しないことを意味する。したがって日本語もポルトガル語も中途半端なまま、成熟した思考回路を形成できない子ども達が増えている。いずれの国に住むにしても、一つの言語体系の習得は、人間として成長する上で極めて重要であり、子ども達の将来が危ぶまれる。
浜松市には18年5月1日現在、6〜14歳の外国人登録者は2,656人。そのうち市立小・中学校に在籍する子どもは1,315人で、市内の外国人学校7校に合計583人が在籍しており、残りの29%は、どちらにも通っていないことになるが、家族の国内での移動が激しく、既に浜松に居住していない可能性もあることから、17年3月に行なわれた調査では、不就学の子どもは50人前後ではないかと推定されている。しかし最近、15歳未満の少年が工場労働に従事している実態が明るみに出たが、児童労働は数年前から話題に上っており、不就学児童は実際にはもっと多いのではないだろうか。

(3) 学校へ行こうよキャンぺーン

不就学問題に頭を痛めた当センター(N-pocket)は、不就学問題解決の為には「学ぶことに希望をもっている先輩のロールモデル」が必要だという助言を受けて、ロールモデルを探し出して、学校に行っていない子ども達に「学校へ行こうよ!」というメッセージをミューラル制作で伝えるキャンペーン活動を実施することになる。ミューラルとは、公共空間に壁画でコミュニティーの「問題・希望・誇り」などを表現して、住民にアピールするコミュニケーション活動の一つで、南米ではポピュラーな表現様式である。
周辺の高校を訪問して、日系高校生の中から代表を選んで、ミューラールのメッカであるサンフランシスコに送り、ミューラルアーティストから描画の技術を伝授してもらうツアーの参加者を公募することからこの事業は始まった。
集まった高校生は12人、その中から6人の代表団を送り、帰国後は浜松の芸術系高校の生徒達や一般市民の協力を得て、たて3m×よこ11mの巨大壁画は完成する。壁画は「祖国での平和な家族の生活」から始まり「日本でのいじめの悲しい経験」「乗り越えた困難」「楽しい高校生活」「将来の希望」が鮮やかに描かれ、「あきらめないで!今が学ぶ時。あなたは一人じゃない。学校に行って夢に向かおう」というメッセージが描かれた。
コミュニティー ペインティングデイを開催した折には、160人の一般市民や大学生が集い、高校生の指導の下、一気に色を塗りながら、日系高校生のこと、一世のこと、なぜ日本に来たのか、今の悩みは何かと、様々な質問が飛び交い「自分のことにこんなに耳を傾けてくれてうれしかった」。「外国人ならではの困難に比べて私の悩みなんて小さい」と話す日本人高校生もいて、いい交流の機会になった。その後、国立民俗学博物館の「多民族ニッポン展」に招待されたり、イベント産業振興協会主催の「イベント大賞特別賞」を受賞するなどの栄誉に浴している。
この事業は、参加した高校生にリーダーとしての自覚や、共に行動を起こす仲間をもたらし、「AJLAN(日系わかもの協会)」が組織された。当センターと共に「高校進学ガイダンス」の担い手として活躍することになる。その一人、山城ロベルトは「たくさんの人の力でミューラルを体験できた。私も周りの人たちを助けられるようになりたい。私たちと同じ困難を繰り返さないために、私たちからはじめなくてはと思っている。」と述べている。

3 アート活動によるエンパワーメント

多文化社会では、言葉の障壁を越えて、相互の文化を尊敬できるアート活動が有効なのではないかと、活動初期の頃から考えていた。2000年には、南米から演劇集団を迎えて1週間にわたる「路上演劇祭」を、不登校の子ども達も参加して、浜松市の中心街で開催したが、アートの可能性を確信できた事業であった。ミューラルの発想を得たのも、多くの人たちが事業を完成させるプロセスを共有できる表現活動の可能性を確信したからでもあった。ミューラルの製作過程で、「何故日本にいるのか」と問われて答えに詰まった高校生達は、二世代さかのぼって一世の人生の軌跡を調べ、彼らの運命が「戦争・世界恐慌・関東大震災」など日本の不幸な歴史に起因している共通点に気づく。市民にこの事実を知らせようと、高校生4人のライフストーリーを「私のルーツ 私の希望」という短編のビデオアート作品にまとめたが、この作品は全国各地の大学で試写会が催され、手ごたえを得ることができた。市内の小学校の社会課の授業に取り上げられた折に「今まで外国人は怖い人たちと思っていたけれど、街で出会ったら、こんにちわと声をかけたい。」という6年生の感想に、スタッフ一同感激した。この事業は静岡大学教育学部社会教育専攻の学生たちの協力によって、わずか1ヶ月という短期間で、作品を完成することができた。
二つの文化のハザマで揺れる外国籍の児童・青少年のアイデンティティーを確立する上で「私は私でいいんだ」という自己肯定のエンパワーメント活動として、アート活動は優れていることを私達は確信するようになった。自分をはっきり表現すること、表現活動のプロセスを他者と共有すること、お互いを受け入れられることが、彼らにとって必要である。アートは、人それぞれの立場で理解することが許される。その緩やかさや楽しさが、多文化共生社会にとって大事だと思っている。
国籍や文化的背景が異なる人たちでも、人間として多くの共通点を持っていることを確認できる事業のプロセスをどのように創り出せばいいのか。多文化社会ゆえに、起こる問題に対処できる表現方法を、「コミュニケーションデザイン」として、多様なジャンルの専門家の力を借りて成熟させていけないだろうか。
障害者や外国人など、どのような立場の人であっても地域社会から阻害されない“ソーシアルインクルージョン”の実現のために活動を続けているN-Pocketにとって、当事者のエンパワーメントだけではなく、第三者である一般市民も事業のプロセスに参加できるコミュニティーアートの可能性を切り拓いていきたい。

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