山口ゆうこが取り組んできた社会活動(Social Inclusion/Communication Design)の記録。
・浜松NPOネットワークセンターが、ArtとSocial」Inclusionについて意識し始めたのは、浜松市にブラジル、ペルーなどの南米系日系人が多く住んでいるにも関わらず、言葉の壁から日本のコミュニティーと彼らの生活が切り離され、併行社会が形成されつつあったことによる。
・マスコミ報道の偏りもあり、犯罪と言えば「外国人」」を連想する風潮が生まれ、彼らと日本人との関係は良好な関係とはいいがたい。
・現在、彼らの平均滞在年数は10年を超えるが、医療の問題と教育問題が地方自治体の政策ではどうにも解決できず彼らの暮らしは安定しているとは言いがたい状況にある。
・殊に、教育については、義務教育年齢の子供の5人に一人が不就学で、浜松市に現在は約300人の学校に行かない子供たちがいる状況になってしまった。
・浜松NPOネットワークセンターは、1997年の設立以来、市民活動は、“こういう社会を実現したい”と言う「表現」活動であるという思いがあり、いろいろな事業に、その事業にふさわしい表現活動を取り入れてきた。
・特に多文化事業では、言葉の壁もあり、アートによる対話を通して、異質であることの豊かさを理解し、お互いの文化を尊重し、尊敬することが出来るのではないかと考えてきた。異質な文化の接点で、新しい表現活動が生まれる可能性についても期待している。
・最初にご紹介するのは路上演劇祭だが、この演劇祭が実現したのは、浜松に「オフィシーナブラジル」と言う日系ブラジル人を中心にした劇団があったからである。メキシコや韓国でストリートチルドレンやフェミニズムの問題に演劇活動を取り入れている劇団が、東京の劇団に招待されて来日する機会に併せて、浜松でも企画することになったのだが、浜松NPOネットワークセンターの意図は、これを機会に多くの浜松市民に優れたブラジルの演劇文化を紹介すると共に、私たち自身もブラジルの演劇思想から学びたかったからである。この劇団の主宰しゃであるジルソン サントス氏は、彼自身がブラジルで、若き日に生き方に迷った時に、アウグストボアールの薫陶を受けた劇団と出会い、生きる希望を手に入れ生まれ変わる思いをした経験から、“浜松でも日系三世の困難に遭遇している子供たちが、自分を肯定して、自立した人生を送れるように導きたい”との信念から子供たちのための演劇活動を実践してきた人であった。
・浜松市の中心街の路上で行われた演劇祭は、オフィシーナブラジルの4部構成の“無言劇と群舞”によるパフォーマンスが他を圧倒して、浜松にこのような素晴らしい演劇団があるのかと、参加者を魅了した。当日駆けつけた市長や、行政の関係者、大学関係者も、彼らの活動に高い評価を寄せるようになった。
・実は、中心街の道路が、市民に開放されたのも、この時が始めてであり、警察との交渉など多くのエネルギーを費やした。今は当たり前になったが、路上を市民の表現活動の舞台として獲得する運動でもあった。
・この演劇祭では、メキシコの「ギジェルモ ディアスとその仲間達」が、不就学の子供達を含めた子供のための演劇ワークショップを開催し、その成果を路上で披露することもできた。これをきっかけに、大学生や市民の間にいくつかの演劇集団が誕生した。
・今回のアジアフォーラムに参加されたフィリピンのPETAを始め、ブラジルの識字運動をリードした「パウロ フレイレ」の影響を受けた方々が参加されておられるようだが、浜松のジルソン氏もその薫陶を受けた一人であり、今日、こうしてジルソン氏の影響を受けた浜松NPOネットワークセンターが、フレイレの活動から 半世紀を経て、一同に会していることに深い感動を覚えている。地球は、本当に小さくなったのだと実感。志を共有する人たちは、いつかどこかで巡り合うのですね。
・私達は、路上演劇祭の成果に確信をもち、その後も多文化共生活動の展開には必ず多様な表現活動を取り入れるようになった。もちろん、それぞれの母文化を尊重し、違いを楽しむことによって交流から生まれる新鮮な驚きや、お互いへの深い理解が、私達を励まし、自分達だけのものに留めては勿体無いという思いに駆られるからでもある。
・その後の活動は、高校まで進学を果たした日系高校生と日本の高校生との協働作業による“学校へ行こうよシリーズ第一弾”「ミューラル=壁画」の制作である。この壁画には、「母国での楽しい家族の暮らし⇒突然日本につれてこられた子供たちの戸惑いと不安⇒言葉の壁やいじめに会いながらも毅然として勉強を止めなかった学校生活⇒進学を果たして掴んだ将来への希望」が色鮮やかに、横11m×縦3mの壁画に描かれたもの。このプロジェクトは、“従来とは違う切り口で多文化社会の問題を掘り下げ、国際的な理解と交流を深めた”点を評価され、イベント振興協会のイベント大賞の「国際交流特別賞」を受賞した。このミュラルの試みを、小中学校の総合的学習にも普及させていきたい。
・その次に取組んだ事業は、ミュラル作成事業を通して信頼を築き上げた日系高校生4人の生い立ちと希望をビデオ映像の作品に仕上げた“学校は行こうよシリーズ第2弾”「私のルーツ 私の希望」のビデオアートである。4人のナレーションと映像と音楽で構成されたこの作品は、見る人に高校生の家族の克服した困難と高校生本人の努力と勇気に、感動を与えている。彼らのルーツを辿ると、歴史に翻弄される普通の人々の姿と、彼らの歴史は日本の歴史そのものである事を理解できる。この作品作りに協力した大学生や高校生はみな、日系人も私達も共通の歴史を生きている同時代人であることを実感する。この作品を小中学校に紹介すると共に、更に多様な作品を作っていきたい。
・何故アートなのでしょうか。アートは、言葉による表現よりも、直感的な理解と共感を与えることができます。理性と言うよりもむしろ魂の奥深くに共感が根ざし、実際のアクションに繋がっていくのだと思います。フレイレの思想を借りるならば、「人々が相互に主体的に経験や知識、イメージや思想を交流し、共に探求し創造することを通して、自分達の文化を形作っていく」のであり「人々が相互に伝え合う過程が集団的な創造の過程」であるのでしょう。ことばによる押し付けではなく一人ひとりの感じ方で、問題の本質を捉えさせ、人をつなげる力がアートにはあるのだと思います。そして人々を固定観念から開放させる力を持っているのでしょう。私達が行うアート活動は、プロセスそのものであり、プロセスを共有することから、共感と多くの対話が始まるからです。
・文字により形成された偏見や自意識を開放していく上で、演劇や身体表現、絵画による表現、ビデオ製作などが、重要なのだと思います。
・それではこれらの実践から蓄積された経験をどのようにして文化政策に反映させていけばいいのかという問題に入りますが、政策立案にあたる行政職員や議員を巻き込んで、一緒に感動を共有できるプロセスを作り出す事がまず大事です。多文化政策に文章として理念的に書き込まれても、その実態を創り出す担い手がいなければ空文と化してしまいます。私達の日系人と共に活動するNPOが力をつけて、実践によりその成果を挙げていくことが重要です。
・私達NPOが問題に対して真摯で堅実であり、専門性に富み、継続性に求むこと、多くの市民のネトワークによって支えられていることを証明していかなければなりません。そして活動を共にした当事者自信が、自立して確実に成長していけるしくみを作り出さなければ説得力をもちません。そのための意欲とビジョンが、今日のようなフォーラムから生まれてくるのだと思います。
・具体的な提案としては、ジルソン氏が職業として、ある一定の期間、浜松市の不就学の子供たちに自国で経験してきた演劇ワークショップを実施できる機会を捉え、アートによるエンパワーメントとソシアルインクルージョンが、効果的であることを実証することが必要です。行政が、前例なくしてそういうチャレンジを始めることは、日本では例外的なことなので、まず私達がそういう機会を実現することが大事だと考えています。そのいい例が「外国籍児童のための進学ガイダンス」です。当初は、私達の自主事業だったのですが、今年は行政や教育委員会との協働事業に発展いたしました。
・今日のフォーラムをきっかけに「アートとソシャルインクルージョン」の為の始動期の財政的サポートのしくみが発想されたら素晴らしいと思います。
・今、浜松には、知的障害を持つ子供のためのエイブルアート活動を展開するグループや、演劇活動を行うグループ、バリアフリーコンサートの試み、そして私達の多文化共生事業とアート活動など、他の地域には無い「アートによるソシャルインクルージョン」の試みが多面的に展開されています。今日のコーディネーターの伊藤先生もおられますし文化芸術大学もありますので、おそらく日本の中でもこの動きの最先端にある都市の一つとして、新しい文化政策を生み出す責任を負う地域の一つであると思います。
・今年は新たに、この分野のイギリスの第一人者であるScott Baron氏をお迎えして高齢者とアート、Arts in Healthの分野も加わる予定です。今回のフォーラムの経験を生かし、アジアとの連携も深めて、更に経験をつんでいきたいと考えています。
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