「サービスラーニング」の試み

2005.1.9

地域課題の次世代の担い手を育てる「サービスラーニング」の試み


特定非営利活動法人浜松NPOネットワークセンター
代表 山口祐子

(1) 次世代に市民活動を伝えたい・・・サービスラーニングとの出会い

浜松NPOネットワークセンター(=N−Pocket)は、1997年の設立当初から “小さな市民の熱い思いを集めて大きな力に変えていく仕組みづくり”に力を注いできた中間支援組織である。私たちには、市民活動を次世代に伝えたいという思いがあり、学校との連携を模索していた頃、アメリカの総合学習「サービスラーニング=SL」に出会う。

@ 洪水問題を総合的学習につなげる

2001年静岡県浜松土木事務所から、洪水を繰り返す「一級河川安間川河川整備構想策定事業」を受託する。洪水地域の住民自身が「洪水の原因を理解し、水辺で暮らす豊かな環境を整備」できるように、コーディネーターの役割を担い、「市民原案」を提案するが、その構想は静岡県の「整備計画」として策定され、国土交通省の事業認可を得るという「住民参加による21世紀の公共事業の計画モデル」として評価を受けた事例である。
安間川事業では、現場で多様な調査イベントを行って来たのだが、子どもたちと自然探索を重ねていく内に、大人は“子ども達の持つ好奇心に答えていないのではないか”という深い疑問を持つようになった。子どもの好奇心、感受性、冒険心。環境を整えさせすればみるみる成長をとげる子ども達の姿に、私たちは、安間川でこそSLが実践できると確信するようになった。

A モデル区間の工事に参加してSLを実践

2年目の活動として「モデル区間」の事業化が県から提案され、総合的学習の時間に実際の公共工事に携わるチャンスに恵まれることになる。完成に20年を要する工事を、次世代を担う子供達に見守って欲しいという願いが関係者の多くにあったからでもある。住民委員会には、小中学校の校長先生、教員、PTA、中学生にも就任をお願いし、子供達の提案も生かされた親水区間計画が実現する。車椅子や乳母車も利用できるスロープ、魚達を石で描くデザイン、土手の植栽など、参加できる機会が作リ出されたのだった。材質は、工事方法はと、地元の施工業者も行政職員も四苦八苦しながら5年生の活動を支え続けた。SLと連携したこの事業は、住民、自治会、学校、行政、事業者、専門家、複数の環境グループなど、縄を綯うように多様な方々の協力によって実現したが、地域の課題解決の為に活躍する場があり、目に見える成果があり、参加する人々が「学び・協力し・汗をかく」プロセスを創ることが出来たのは、実に幸運であった。骨惜しみする子供たちの姿はなく、「ふるさとの川の事業に参加できて嬉しい。安間川を守りたい」と感想を寄せた。アメリカでは、ここまでではコミュニティーサービスであり、サービスラーニングでは無いとされる。

(2)アメリカ型総合学習:サービスラーニング(=SL)とは

単なる奉仕活動ではなく、SLと評価されるには、「教科学習における知識・スキル・価値観」との明確な連関がなければならない。SLは@地域のニーズを満たした課題解決を目指すこと A地域での活動を教科学習に取り込むこと B生徒が自ら考え、振り返る時間・機会をもつこと Cクラスや学校の枠組みを越え、地域と連動した学習の展開があること D他者を思いやり、いたわる感性を養う という五つの条件を満たさなければならないのに対し、日本の総合学習は、個人の自主性を尊重した「生きる力」に繋がる体験学習である。一方、SLは「市民性の育成という社会性」に重点が置かれている。SLは、各教科を連合させて体験活動を行う教育メソドを採用しており、特別な時間枠を設けずに、教科の学力も向上させなければならないため、成果に対する評価も含めて、先生に相当な力量が要求される。そこで先生は孤軍奮闘するのではなく、専門家や公共機関、NPOに支援を求めた結果、試行錯誤を経て、地域住民や専門家、SLのコーディネーター役に特化したNPOの組織化など、重層的な支援体制づくりに成功している。“ミイーズム”によるコミュニティーの崩壊と学力の低下を憂えた先生方の努力で、SLを普及させてきた歴史的な経緯と、トップダウン的に実施された日本の総合的学習とは、先生達の意識に大きな差があることは否めない。

(3)流域の小学校でサービスラーニングを実践プロジェクト開始に先立ち

N-Pocketは国際交流基金に助成金を申請し、5年生の先生達を米国サンフランシスコのSL実施校や支援団体、政府機関を訪問して学ぶことが機会を得て、SLにたいする理解が深められることは幸運であった。クラスを解体して「水質・植物・生き物・ゴミ・歴史工事」のテーマ別のグループが動き出した時、私たちはSLの成功を確信した。具体的な授業の進行は先生にお任せし、過去3年間に蓄積した“安間川の歴史や環境に関する情報や地域人材の紹介”、工事に参加する工程の調整、川の中での調査時のリスク管理など、先生を支える環境整備に徹して授業を見守った。

(4)学校・地域・NPOの連携による洪水防止活動

N-Pocketは、学校と連携するだけでなく、地域住民が洪水防止に参加する仕組みを模索した結果、自治会の協力で流域の家々に雨水枡「ためタル君」を設置して、河川の能力不足を補う活動を展開した。学校にはSL最後のプログラムとして「ふるさとの川 安間川の生き物たちがんばれ!」という思いを込めた、90cm×75cmの「ためタル君応援旗」を製作してもらったが、安間川の生き物がいきいきと描かれた旗が家々の軒を飾っている。フラッグ完成時には、贈呈式を行いSLでいう「セレブレーション:地域住民が子ども達の果たした役割に感謝する」を実施した。子供たちが地域活動の担い手であることを自他共に認める記念すべき日になった。
先生方のSLの評価は表に示した通りであるが、子どもの変化は目覚しかった。川に飛び込んでもごみを捕まえ、ポイ捨て禁止条例に取り組んだ子ども達。大人になったらNPOを作って安間川を守ると決意した子ども達等々。安間川は「汚くて危険な川」から「愛するふるさとの川」に変化した。日本の総合学習にSL的要素を加味するためには、地域の課題を学校と共有できるコーディネーターの存在と、情報提供に協力する地域住民や専門家の存在が欠かせない。「学校を地域に開くことにより、豊かな教育が実現する」という、校長先生の信念が、事業全体を支えたのは言うまでも無い。
子どもたちが、 多くの人々の知恵に耳を傾け、地域の課題を探求し、解決方法学び、実践を始める姿に影響を受けて、大人も市民として成熟する循環が生まれることを、私たちも学ぶことができた。



5年担当教員のSL実践後の感想

*意欲の高まりがあった。
*興味の持続ができた。
*発信型の外への積極的な働きかけができた。
*子どもなりに生き方を学ぶことができた。
*年間を通してダイナミックな活動ができた。
*振り返りの時間により、活動に深まりがでた。
*見通しを持って主体的に活動できた。
*計画的に学習活動を行う児童が増加した。
*学習内容の意識化ができた。
*子どもの興味・関心別グループで活動でき主体性が伸びた。
*問題解決能力が向上した。
*N-Pocketなど地域の人々との関わりがもてた。
*全体的な感想としては、「自分たちの川としての思いや願い、親しみ、身近さを子どもが感得することができた。

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