第12分科会

2004.6.28
分科会名 「地方分権と生涯学習・自治を築く活動」
「地域の課題と学校教育」
---------------地域に協働の公共空間をつくって-----------------

特定非営利活動法人 浜松NPOネットワークセンター(=N-Pocket)
代表 山口祐子

1.安間川と関わる契機

学校教育と地域の課題がどうして結びついたのか。それは、N-Pocketが、洪水を繰り返す川の整備構想の策定に関わることになり、流域の小学生にも、川の未来を託したいと考えるようになったからである。20年来、洪水を繰り返してきた安間川は全長11kmの小さな川ながら、河口で天竜川に合流するため、一級河川として静岡県土木部の管理下にある。河川整備の構想案作成に、住民の意見集約業務をプロポーザルという方式で公募したことから、当センターと安間川との関わりが始まる。大手と地方のゼネコンのコンサルタント併せて9社と、当センターがNPOとして公募に応じたのだが、河川改修の方法ではなく、@水辺の豊かな暮らしを楽しみ、その環境を守り育てる人々を支える仕組みを作りだすこと、A楽しい多様な方法で意見集約する提案が評価されて採用に至ったのだった。

2.NPOとしての心構え

民間コンサルタントの立場とは違うNPOは、同じ市民の立場から、住民にできることは何かを常に問いかけていこう。専門家でない私たちは、川と向き合って暮らしてきた住民の体験に耳を傾け、できるだけ現場で事実を確認していこうという二つの方針をとった。
NPOと行政の協働には、“行政に成り代わって仕事をする”委託事業の性格から、NPOの独自性が発揮されにくい点が指摘されている。そこで、土木事務所の見解が披瀝される前に、洪水の原因など安間川に関する情報について、独自の調査を行ない、N-Pocketなりの判断を持つ事に努力した。T大学ゼミの協力を得て、現場でスクロール的なヒアリング調査を実施した結果、安間川の洪水は、周辺の水路網から溢水して水が行き場を失い、内水(=堤防の外の水)浸水がまず起こる事。安間川の河積不足だけでなく、流域の水の流れ全体を把握しなければ、洪水の原因を突き止められない事が判ってきた。
住民の洪水に対する理解は、目に見える範囲の情景や、日ごろお付き合いのある人脈だけからもたらされるパッチワーク的な情報によって理解されていたが、多様な情報が寄せられるに連れて、短時日の間に洪水の全体像を描くに至った。当初は、「自治会がやってくれない」「行政が怠慢だ」と不満を募らせていた住民は、「こうすればこの問題は解決するのではなないか」と、具体的な指摘による、建設的な提案を寄せるようになった。
足で稼ぐ情報収集の過程で、この人は歴史に詳しいよ。あの人なら公平に判断できる。この人は影響力がある。水の知識はこの人が一番だ。こうした他薦によって選ばれたコンセンサス会議が、委託事業の課題である「洪水の防止策」と「環境整備の方針」を出すことになるが、収集した情報を原因別に整理して、解決策を手探りで積み上げ、現場で確認しては、「住民交流集会に」諮るという一連の作業を繰り返した。
住民に情報を提供する方法として、N-Pocketが他の事業で経験していた「取材劇によるシアターフォーラム」を採用した。主要な情報を、論点が明確になるようにシナリオを創って、劇を上演すると、行政への対立感情が、双方の立場を理解する姿勢に変化し“この問題を、住民の立場からどのように解決しようか”という流れを作り出す切っ掛けになった。演劇は、演者と観客の立場の交換を促すと言われるが、その通りのことが興ったのだ。

3.「河川整備構想」に課せられた課題

洪水の原因だけでなく、川の自然環境を改善して保全するとはどういうことなのか。私達は、コンセンサス会議と併行して、8回にわたる川辺での体験調査活動を実施したのだが、参加した子供達が、回を重ねるにつれて変化していく姿に、子ども達にこの川の未来を託そうと思うようになる。
ある日曜日、三つの探索活動が同時に実施された。カヌーによる水の中の観察、土手周辺の植物探索、上・中・下流8箇所のパックテストによる水質調査である。「水は意外にきれいだ!」「ミクリがあるのは涌水がある証拠!」「ミクリがあるところの水質がいいよ!」「あっ、あそこの川底からあぶくがのぼってきている!」「ほんとだ。あそこにも」「あそこにも」。“安間川はまだ生きている。汚くて危険な川にしているのは私達の暮らしだ”という意識変革が起こった画期的な1日だった。
“洪水の危険を回避しながら、豊かな自然をどう保全するか”私達はその二つが両立するにはどうしたらよいのか、昔の人々の川と関わった暮らしの智恵、農業の営み、戦争中の食料増産のための配水路としての改修など、川をとりまく歴史に学びながら、将来計画を市民原案としてまとめたのだった。実に12回にわたるコンセンサス会議、3回の住民交流会、8回の自然探索会など、半年に亘って毎週何かをやっていたことになる。
「原案」に遊水地の設置を選んだのだが、計画が実現するのに20年を要するという。やはり子どもに託そうと、小学校の総合的学習の時間に安間川を取り上げてもらうことを想定して、2年目のコンセンサス会議に、小中学校の校長先生と先生方、PTA会長、中学生の代表などを選任して、活動が始まる。1年間の活動報告を聞かれた小学校の校長先生が、「行政との協働など素晴らしい活動だから、是非5年生の出前授業に」と要請され、学校との連携がスタートする。5年生の3学期に各クラスに2回づつ授業を行ったのだが、こどもの反応が予想以上で、イベント的に学ぶのではもったいないから、来年は1年間を通して5年生と関わって欲しいと要請され、本格的なNPOと学校との協働活動が始まったのだった。校長先生は「学校を地域にひらくことにより学校は豊かになる」という信念を持っておられた。

4.サンフランシスコの研修

アメリカ型総合学習(サービスラーニング)は、@地域の課題を体験的に学ぶことA教科と連動してアカデミックスタンダードにかなう学力を獲得させることの二点が日本の総合学習と異なっている。2年前から地域の課題を対象にする学習という点から、サービスラーニングに注目してきたN-Pocketは、本場のアメリカで、先生と共に学びたいと考え、国際交流基金日米センターの助成を受けて、スタッフ2名と校長先生、5年生の先生2人、総勢5人で、ベイエリアの水問題に取組む政府機関、学校、NPOを訪問した。サービスラーニングにとりくむ学校を支援する“網の目のように張り巡らされた教材開発をはじめとする支援体制”に目を見張ることになる。一行は、それぞれの立場から、日本の学校でもできるという確信と情熱を抱いて帰国した。旅行中、先生達と交わした議論は、「こどもの自主性の尊重」と「教科による学力向上と体験学習との関連」に終始した。日本の学校は、知識の詰め込み教育に反省が強いのか、「自主性の尊重」は先生方の意識の中では、聖域に近い位置にある。子供達が思索を啓いていく為に、次に辿るべき多様なルートを用意することは、自主性の尊重と相反しないのではないか、むしろ指導者の責務なのではないかと、私達は今も悩みつづけている。

5.滑り出した総合的学習

5クラス150人の子供達と3回一緒に川に入る体験を積み、こどもたちが自ら“ゴミ・水質・歴史と工事・生き物・植物”の五つのテーマを選び、学級を解体した授業が毎週木曜日の午後に確保された時、日本型サービスラーニングの成功を確信した。子供達がきっと変わる。そうしたら先生も、地域住民も変わる。そう思ったのだった。子どもが川に入る時は、2年間かけて信頼を築いたコンセンサス会議のメンバーも含めて、子ども10人に一人の大人が見守った。N-Pocketは、テーマごとに私達の経験に基づくカリキュラムを提案し、先生の要請に応じて、教室に入り、また適切な講師を推薦して授業を見守った。
この年は、親水空間の工事のデザインに具体的に住民が関われる場面が用意されていた。子供達は、水辺の地面に体長60センチから1.8mまで、大小さまざまな魚を8匹思い思いに型紙を作り、小石で縁取るという造形作業に取組んだ。デザイナー、現場監督、高い位置からバランスを指示する人、作業班と、イキイキと見事なチームワークを見せる5年生の実力に、大人はみんな脱帽した。
在来種の採集と植付けに精を出した植物班、条例は作れないかと奮闘し、川に飛び込んでもゴミを拾おうとするまでに変化したゴミ班、一軒一軒訪ね歩いて洪水の様子を調べた歴史班など、“危険で汚い川”から“ふるさとの安間川を愛する気持ち”に変化していった。

6.溜めタル君プロジェクト

実は、総合的学習と併行して、流域の住民を対象にしたもう一つの事業を同時進行させていた。雨水貯留枡による洪水防止および雨水利用による地下水涵養キャンペーンとして、18リットルのウィスキーダルを再利用した「溜めタル君プロジェクト」(文部科学省助成=水辺再生まちづくり事業)である。自治会を通してモニターを募集した結果、44戸に設置できた。溜めタル君応援旗を、5年生が制作し、タルを設置した家の軒を飾っている。1年間心を込めて付き合った安間川の生き物を描いたこのフラッグアートは、彼らでなければ描けない生命力に溢れている。今年は河川整備基金の助成で、溜めタル君合計100個の設置を目指している。
安間川の土手には、学校放送を通して集めた数百株の水仙が、住民と子ども達の協働作業で植えられ管理されている。この子供達が20年間、大安間川を見守り、ふるさとに希望を託し、遊水地の自主的な管理に繋げてくれるのではないかと、期待している。

7.子供達の成長。子どもは私達の未来!

“子供達が変化した、的を得た質問ができるようになった、教室で日ごろ活躍しない子も、皆が生き生きと学習に参加できた。5年生はいろいろな経験ができて大変幸運だった。”と先生の評価は高い。住民も、子どもの力に押されて、私たちもと、協力を惜しまない。先生達は、学校を開くことによる成果を理解した。「主体性は先生達にあります」と自分達を抑制し続けたN-Pocketのスタッフは、違う文化がぶつかることから新しいエネルギーが生まれることに感動を覚えている。子供達は地域を変える!学校こそ地域を変える力を持っている。子供達は私達の共有財産。私達の未来なのだから。
日本のNPOとして学校を支えるしくみをどう創るのか、私達の試行錯誤は終わらない。

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