異本百人一首 百人秀歌型排列百人一首
【はじめに】
平成二年、吉海直人氏によって「和歌文学研究」に紹介された、「異本百人一首」(「百人秀歌型排列百人一首」)の一例として、本阿弥光悦(1558-1637)の古活字本を翻刻し、掲載する。これは、採られた歌は一般に流布している百人一首と全く一致するが、排列は百人秀歌と同じ、という、百人一首の変り種である。百人秀歌に入っている藤原定子・源国信・藤原長方の三名の歌は無く、後鳥羽院・順徳院の歌は採られている。ところが、たとえば百人一首では赤人のあとに猿丸大夫が来るのに、「異本百人一首」では百人秀歌同様、家持が置かれているのである。百人一首と百人秀歌の中間形態、と見て間違いないように思われるが、成立の経緯はよく分からない。吉海氏によって同種の本の存在は三十近く確認・報告されている。
【凡例】
●底本は『別冊太陽愛蔵版 百人一首』(一九七四年十一月九日発行)の写真版「本阿弥光悦筆百人一首」。同書には活字化もされているが、誤りが多い。本文は水垣が独自に電子テキスト化したものである。
●なるべく底本を忠実に再現するようにした。排列・改行位置・仮名遣いなど、底本の通り。ただし「く」の字を縦に引き延ばした形の踊り字は「ゝゝ」に置き換えた。
●漢字も底本になるべく従ったが、異体字等は通用字に改めた場合がある。一例を挙げれば、持統天皇の「統」は、底本では糸偏に「宛」の字をあてている。
●歌の頭に通し番号をふり、歌の末尾にカッコで括って百人一首の通し番号を入れた。
【メモ】
●「百人一首」「百人秀歌」との目立った相違としては、二条院讃岐の歌の初句が「わが袖は」でなく「わが恋は」となっている点が挙げられる。
●「百人秀歌」では「山桜…」の歌が撰入されている源俊頼は、本書では「百人一首」と同じ「うかりける…」が採られている。
●「百人一首」では従二位と官位表記されている藤原家隆は、本書では「百人秀歌」と同じく「正三位」となっている。
【もくじ(10番ごと)】
◆01天智天皇 ◆11藤原敏行 ◆21源宗于 ◆31藤原興風
◆41平兼盛 ◆51藤原道信 ◆61大弐三位 ◆71大江匡房
◆81道因法師 ◆91二条院讃岐
【百人一首関連資料集】
「百人一首」 「百人秀歌」
「詠歌大概」例歌 「近代秀歌(自筆本)」例歌
「秀歌大躰」 「八代集秀逸」
異本百人一首 本阿弥光悦筆本より 百人秀歌型排列百人一首
天智天皇
001 秋の田のかりほの菴のとまをあらみ
わかころもては露にぬれつゝ (001)
持統天皇
002 春すきて夏来にけらし白妙の
ころもほすてふあまのかく山 (002)
柿本人丸
003 足引の山鳥のおのしたりおの
なかゝゝしよを獨かもねん (003)
山邊赤人
004 田子の浦にうち出てみれは白妙の
ふしのたかねに雪はふりつゝ (004)
中納言家持
005 かさゝきのわたせる橋に置霜の
しろきをみれは夜そふけにける (006)
安倍仲麿
006 天の原ふりさけみれは春日なる
三笠の山にいてし月かも (007)
参議篁
007 わたのはら八十嶋かけて漕出ぬと
人にはつけよあまのつりふね (011)
猿丸大夫
008 おくやまに紅葉踏分なく鹿の
声きくときそあきは悲しき (005)
中納言行平
009 立別れいなはの山の嶺におふる
まつとしきかは今かへりこむ (016)
在原業平朝臣
010 ちはやふる神代もきかす龍田川
からくれなゐに水くゝるとは (017)
藤原敏行朝臣
011 住の江の岸による波よるさへや
ゆめのかよひち人めよくらん (018)
陽成院
012 つくはねの峯より落るみなの川
こひそつもりて渕となりぬる (013)
小野小町
013 花のいろはうつりにけりな徒に
我身よにふるなかめせしまに (009)
喜撰法師
014 わか菴は都のたつみしかそすむ
よをうちやまと人はいふなり (008)
僧正遍昭
015 あまつ風雲のかよひち吹とちよ
乙女のすかたしはしとゝめむ (012)
蝉丸
016 これやこの行も帰るも別れては
しるもしらぬも相坂の関 (010)
河原左大臣
017 陸奥のしのふもちすり誰ゆへに
みたれそめにし我ならなくに (014)
光孝天皇
018 君かため春の野に出て若菜つむ
わか衣手にゆきはふりつゝ (015)
伊勢
019 難波かたみしかき蘆のふしのまも
あはて此よを過してよとや (019)
元良親王
020 わひぬれは今はた同し難波なる
みをつくしてもあはむとそ思ふ (020)
源宗于朝臣
021 山里は冬そさひしさまさりける
人めもくさもかれぬとおもへは (028)
素性法師
022 いまこむといひしはかりに長月の
有明の月をまちいてつるかな (021)
菅家
023 此度はぬさもとりあへす手向山
紅葉のにしきかみのまにゝゝ (024)
壬生忠岑
024 有明のつれなくみえし別より
暁はかりうきものはなし (030)
凡河内躬恒
025 心あてにおらはやおらむ初霜の
をきまとはせるしらきくの花 (029)
紀友則
026 久堅のひかりのとけき春の日に
しつこゝろなく花のちるらむ (033)
文屋康秀
027 吹からに秋の草木のしほるれは
むへ山風をあらしといふらん (022)
紀貫之
028 人はいさこゝろもしらす故郷は
はなそむかしのかに匂ひける (035)
坂上是則
029 朝朗有明の月と見るまてに
よしのゝさとにふれるしら雪 (031)
大江千里
030 月みれは千々に物こそ悲しけれ
我身ひとつのあきにはあらねと (023)
藤原興風
031 たれをかもしる人にせむ高砂の
松もむかしのともならなくに (034)
春道列樹
032 山川に風のかけたるしからみは
なかれもあへぬ紅葉なりけり (032)
清原深養父
033 夏の夜はまた宵なから明ぬるを
くものいつくに月やとるらむ (036)
貞信公
034 小倉山みねのもみちは心あらは
今ひとたひのみゆきまたなん (026)
三条右大臣
035 名にしおはゝ相坂山のさねかつら
人にしられてくるよしもかな (025)
中納言兼輔
036 みかのはらわきてなかるゝ泉河
いつ見きとてか恋しかるらむ (027)
参議等
037 浅茅生のをのゝしのはら忍れと
あまりてなとか人のこひしき (039)
文屋朝康
038 白露に風のふきしく秋のゝは
つらぬきとめぬ玉そちりける (037)
右近
039 忘らるゝ身をは思はずちかひてし
人のいのちのおしくもあるかな (038)
中納言敦忠
040 あひ見ての後の心にくらふれは
むかしは物をおもはさりけり (043)
平兼盛
041 しのふれと色に出にけり我恋は
物やおもふと人のとふまて (040)
壬生忠見
042 恋すてふ我名はまたき立にけり
人しれすこそおもひそめしか (041)
謙徳公
043 哀ともいふへき人はおもほえて
身のいたつらになりぬへき哉 (045)
中納言朝忠
044 逢事のたえてしなくは中ゝに
人をも身をもうらみさらまし (044)
清原元輔
045 契きなかたみに袖をしほりつゝ
末のまつやまなみこさしとは (042)
源重之
046 風をいたみ岩うつ波のをのれのみ
くたけてものをおもふ比かな (048)
曽祢好忠
047 ゆらのとを渡る舟人かちをたえ
行衛もしらぬ恋のみちかな (046)
大中臣能宣朝臣
048 みかきもり衛士の焼火の夜はもえ
昼は消つゝものをこそおもへ (049)
藤原義孝
049 君かためおしからさりし命さへ
なかくもかなとおもひぬる哉 (050)
藤原實方朝臣
050 かくとたにえやはいふきのさしも草
さしもしらしなもゆる思ひを (051)
藤原道信朝臣
051 明ぬれはくるゝ物とはしりなから
なをうらめしき朝ほらけかな (052)
恵慶法師
052 やへ葎茂れる宿のさひしきに
人こそ見えねあきは来にけり (047)
三條院
053 心にもあらて此世になからへは
こひしかるへきよはの月かな (068)
儀同三司母
054 わすれしの行末迄はかたけれは
けふをかきりの命ともかな (054)
右大将道綱母
055 歎つゝひとりぬるよの明るまは
いかに久しきものとかはしる (053)
能因法師
056 あらし吹三室の山のもみちはゝ
龍田の川のにしきなりけり (069)
良暹法師
057 さひしさに宿を立出て詠むれは
いつくもおなしあきのゆふくれ (070)
大納言公任
058 瀧の音は絶て久しくなりぬれと
名こそなかれてなをきこえけれ (055)
清少納言
059 よをこめて鳥の空音ははかる共
よにあふさかの関はゆるさし (062)
和泉式部
060 あらさらむ此よの外の思出に
今ひとたひのあふ事もかな (056)
大弐三位
061 ありま山ゐなの篠原かせふけは
いてそよ人をわすれやはする (058)
赤染衛門
062 やすらはてねなまし物をさよ更て
かたふくまての月を見しかな (059)
紫式部
063 めくり逢ひてみしやそれ共わかぬまに
くもかくれにし夜半のつきかな (057)
伊勢大輔
064 いにしへのならの都の八重桜
けふ九重にゝほひぬるかな (061)
小式部内侍
065 大江山いくのゝ道のとをけれは
またふみもみす天のはしたて (060)
権中納言定頼
066 朝朗うちのかはきりたえゝゝに
あらはれわたる瀬ゝの網代木 (064)
左京大夫道雅
067 今はたゝ思ひたえなんとはかりを
人つてならていふよしもかな (063)
周防内侍
068 春のよの夢はかりなる手枕に
かひなくたゝむ名こそ惜けれ (067)
大納言経信
069 夕されは門田の稲葉をとつれて
あしのまろやに秋風そふく (071)
前大僧正行尊
070 もろともにあはれとおもへ山桜
花よりほかにしる人もなし (066)
前中納言匡房
071 高砂のおのへの桜さきにけり
とやまの霞たゝすもあらなん (073)
祐子内親王家紀伊
072 音にきくたかしの濱のあた波は
かけしや袖のぬれもこそすれ (072)
相模
073 恨みわひほさぬ袖たにある物を
恋にくちなん名こそおしけれ (065)
源俊頼朝臣
074 うかりける人をはつせの山下風よ
はけしかれとはいのらぬ物を (074)
崇徳院
075 瀬をはやみ岩にせかるゝ瀧川の
われても末にあはむとそおもふ (077)
待賢門院堀川
076 長からむ心もしらすくろかみの
みたれてけさは物をこそ思へ (080)
法性寺入道前関白太政大臣
077 和田の原こき出てみれは久堅の
くもゐにまかふ興津しらなみ (076)
左京大夫顕輔
078 秋風にたなひく雲のたえまより
もれいつる月のかけのさやけさ (079)
源兼昌
079 淡路嶋かよふ千鳥のなくこゑに
幾夜ねさめぬすまのせきもり (078)
藤原基俊
080 契をきしさせもか露を命にて
あはれことしの秋もいぬめり (075)
道因法師
081 思ひわひ扨もいのちはある物を
うきにたへぬはなみたなりけり (082)
藤原清輔朝臣
082 なからへは又此比やしのはれむ
うしと見しよそいまは恋しき (084)
俊恵法師
083 よもすから物思ふ比は明やらぬ
閨のひまさへつれなかりけり (085)
後徳大寺左大臣
084 郭公なきつるかたをなかむれは
たゝありあけの月そのこれる (081)
皇太后宮大夫俊成
085 世中よみちこそなけれおもひ入
やまのおくにも鹿そなくなる (083)
西行法師
086 歎けとて月やは物をおもはする
かこちかほなるわかなみたかな (086)
皇嘉門院別当
087 難波江の蘆のかりねの一夜ゆへ
身をつくしてや恋わたるへき (088)
殷富門院大輔
088 みせはやなをしまの蜑の袖たにも
ぬれにそぬれし色はかはらす (090)
式子内親王
089 玉のをよ絶なは絶ねなからへは
忍ふることのよはりもそする (089)
寂蓮法師
090 村雨の露もまたひぬまきのはに
霧たちのほるあきのゆふくれ (087)
二條院讃岐
091 我恋はしほひに見えぬおきの石の
人こそしらねかはくまもなし (092)
後京極摂政前太政大臣
092 きりゝゝすなくや霜夜のさ筵に
ころもかたしきひとりかもねん (091)
前大僧正慈圓
093 おほけなく浮世の民におほふ哉
わかたつ杣にすみそめの袖 (095)
参議雅経
094 みよしのゝ山の秋風さよふけて
故郷さむくころもうつなり (094)
鎌倉右大臣
095 世中はつねにもかもななきさ漕
あまのをふねの綱手かなしも (093)
正三位家隆
096 風そよくならのをかはの夕暮は
みそきそ夏のしるしなりける (098)
権中納言定家
097 こぬ人をまつほの浦の夕なきに
やくやもしほの身もこかれつゝ (097)
入道前太政大臣
098 花さそふあらしの庭の雪ならて
ふり行ものは我身なりけり (096)
後鳥羽院
099 人もおし人も恨めしあちきなく
よをおもふゆへに物思ふ身は (099)
順徳院
100 百敷やふるき軒端のしのふにも
なを餘りあるむかし成けり (100)
【補足】百人秀歌にあって百人一首・異本百人一首にない歌(番号は百人秀歌の順番)
一条院皇后宮
053 よもすからちきりしことをわすれすは
こひんなみたのいろそゆかしき
権中納言国信
073 かすかのゝしたもえわたるくさのうへに
つれなくみゆるはるのあはゆき
源俊頼朝臣
076 山さくらさきそめしよりひさかたの
くもゐにみゆるたきの白いと
権中納言長方
090 きのくにのゆらのみさきにひろふてふ
たまさかにたにあひみてしがな
百人一首目次
更新日:平成14年04月01日
最終更新日:平成22年02月19日