庄野潤三 しょうの・じゅんぞう(1921—2009)


 

本名=庄野潤三(しょうの・じゅんぞう)
大正10年2月9日—平成21年9月21日 
享年88歳(文江院徳照潤聡居士)
神奈川県南足柄市塚原4440 長泉院(曹洞宗)



小説家。大阪府生。九州帝国大学卒。教職や放送局勤務の傍ら小説を書き、吉行淳之介、安岡章太郎らとともに「第三の新人」の一人として注目される。『プールサイド小景』で昭和29年度芥川賞受賞。『夕べの雲』で読売文学賞を受賞。『紺野機業場』『絵合せ』『明夫と良二』などがある。







 大浦の家族がこのように彼等のいる丘と親しんだのは、二年半ほどの間であった。(測量の人たちが度々やって来るようになってから、木を伐り始めるまでにも一年近くかかった)
 その間、彼等はいつも、
 「まだ大丈夫、まだ大丈夫」
 と思いながら、名残りを惜んだ。
 日の暮れかかる頃に杉林のある谷間で安雄と正次郎の声が聞えて来る。「もう夕御飯なのにいつまで遊んでいる気だ」と腹を立てながら、大浦は二人を呼びに行く。そんな時、彼はつい立ち止って、景色に見入った。
 「ここにこんな谷間があって、日の暮れかかる頃にいつまでも子供たちが帰らないで、声ばかり聞えて来たことを、先でどんな風に思い出すだろうか」
 すると、彼の眼の前で暗くなりかけてゆく谷間がいったい現実のものなのか、もうこの世には無いものを思い出そうとした時に彼の心に浮ぶ幻の景色なのか、分らなくなるのであった。
 そこにひびいている子供の声も、幻の声かも知れなかった。
 (いつも家の中で聞える子供たちの声や細君の声も、もしそんな風に考えるなら、同じように彼の耳に聞えた)

(夕べの雲)



 

 一番好きだった夏の日に庄野潤三は思うのだ。〈こんな風に僕は生きているけれど、これから先、幾回夏を迎えるよろこびを味うことが出来るのだろう? 僕が死んでしまったあと、やはり夏がめぐってくるけれどもその時強烈な太陽の光の照らす世界には僕というものはもはや存在しない。誰かが南京はぜの木の下に立って葉を透かして見ている。誰かが入道雲に見とれて佇ちつくしている。そして誰かがひゃあ! といって水を浴びているだろう。しかし、僕はもう地球上の何処にもいない〉。
 生きていることを懐かしく思い、感動を与えるような小説を書きたいと念じ、そして書いた潤三。平成21年9月21日午前10時44分、多くの作品の風景となった東京西郊、生田の丘の上にある自宅で老衰のため亡くなった。



 

 庄野潤三の住んだ丘の上の家、西方には丹沢の山々が望まれ、時折は富士も見えたが、その富士に近い南足柄に住む長女の傍にという思いもあったのか、潤三自身が平成6年に建てた「庄野家之墓」は南足柄の山腹にある閑静な寺、長泉院にある。
 長い参道は台風直後の散乱した枝葉に埋め尽くされて、朝早くから寺の人々によって忙しく掃き清められている。谷川にかかる屋根付きの龍門橋、参道脇の苔生した石仏群、もげ落ちた銀杏の匂い、本堂裏にぽっかりと開けた墓域。上段中央には地蔵菩薩、谷川のせせらぎの音とつくつく法師、アブラゼミ、鈴虫、こおろぎの鳴き声が相まって、墓石の温もりに手をやる私は、三回忌の供養が終わったその墓の主、庄野潤三の世界に浸る。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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