島田清次郎 しまだ・せいじろう(1899—1930)


 

本名=島田清次郎(しまだ・せいじろう)
明治32年2月26日—昭和5年4月29日 
享年31歳(釈清文)
石川県白山市平加町ワ16番地1 美川墓地公苑


 
小説家。石川県生。金沢商業学校(現・金沢商業高等学校)中退。「島清」という略称でも呼ばれた。大正7年夏から書き始めた自伝的小説『地上』の原稿は8年『地上・地に潜むもの』として上梓され大正期の代表的なベストセラーとなる。天才と呼ばれ一躍の寵児となるが、女性とのスキャンダルから凋落が始まり、最後は狂死した。







 大河?中学へ出ているのじゃないかい。—ううん、それじゃこの間停学になったことがないかい。女学校の人に手紙をあげたというので」
 「ええ、僕です、その大河です」彼は真面目に答えた。彼の頼も酔のために紅かった。「君かね。あはははは、停学はいいね。----」と山崎はふと硝子戸の隙間から戸外に眼を注いだが、「星が流れた」と思わず叫んだ。
 一室に展かれたこの青年達のやるせない酒によって僅かに慰められる欝した精神を夜は深々と抱いていた。黎明を知らない闇であった。この麓屈した精神は果してこの市街のこの一団に限られたるものであろうか。つらなる大地のあらゆる生霊のうちに潜むやるせなさではなかろうか。それとも日本の有為なる青年にのみ特有な心情の苦悩であろうか。人類の生活上に重い負担の石を負わす資本家的勢力の専横な圧迫の杜会的表現であろうか。もしそうなら下積みとなる幾多の苦しめる魂は、いつかは燃えたって全大地の上に憤怒の火は燃ゆるであろう。しかし、それは一つの原因であり得よう。しかしそれは唯一の原因ではあり得まい。何よりの原因は、自分達が自分達であることだ。無諭「自分達は自分達であることの苦しみ」と「人為的な生活の圧迫」とは同一視できない。前者は不可抗なるものであり、後者はより善くするの望みはある。またよりよくしなくてはならない。どうにも出来ないのは宇宙苦だ。宇宙苦はありとあらゆる万物に滲み入っている。自分達は僅かにこの地上の人間的苦しみをさえ征服出来ずにいるのである。宇宙苦を知らないで人間を終わるものが大多数であるのだ。—平一郎はこの夜午前一時過ぎに家へ帰った。

(地上)



 

 〈未だ何人をも知らず、何人にも知られざる一作家が、何等の前触れもなく文壇の一角に彗星の如く、奇襲者の如くして現れた。より大なる時代の劈頭を飾る一大宝玉として、燦たる光を放ちつつ、現れた。〉などというなんとも大仰な新聞広告とともに刊行された「地上・第一部」の爆発的売れ行き、当代の批評家たちの激賞によって、20歳の無名青年は傲慢な天才として、出版界に一躍踊りでた。しかしスキャンダラスな行動はあっという間に凋落を示し、一瞬の目映い光も天才の狂気を導く末路への悲しい第一歩であった。
 ——昭和5年4月29日午前5時、東京府下西巣鴨庚申塚の保養院で一人の狂人が肺結核で死んだ。青白くやせ細ったその男の名は「島清」こと島田清次郎といった。



 

 金沢駅から10数キロ西南に向かうと、日本海に面した美川という小さな駅がある。
 霊峰白山を源とする手取川の清流は町を横切り悠々と日本海に流れ込んでいる。美川海岸に広がる松林の美しい公園の中にある無数の墓石群。「精神界の帝王」と自らを任じ、「天才」という妄想に殉じた悲劇的反逆者の墓。「南無阿彌陀佛」と刻まれた墓の前に、虚しくも「文豪島田清次郎の墓碑」とある。
 ——〈ああ、自分には万人の悲しい涙にぬれた顔を新しい歓喜をもって輝かすことは出来ないのだろうか。自分の生はそれのみのための生涯であり、自分の使命はそれよりほかはない! ああ、この大いなる願いが、自分の一命を必要とするならば、自分は死ぬべき時に死にもしよう!〉。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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