大田洋子 おおた・ようこ(1903—1963)


 

本名=大田初子(おおた・はつこ)
明治36年11月20日—昭和38年12月10日 
享年60歳 
広島県廿日市市玖島𠮷末 稲井家墓地




小説家。広島県生。進徳実科高等女学校(現・進徳女子高等学校)卒。昭和4年『女人芸術』同人、『聖母のゐる黄昏』を発表。『中央公論』『朝日新聞』の懸賞小説に当選して作家生活に入る。20年疎開先の広島で原爆に被災以後、『屍の街』など原爆の惨状を主題とする作品を発表し続けた。ほかに『人間襤褸』『半人間』『夕凪の街と人と』などがある。



 


 

 海沌と悪夢にとじこめられているような日々が、明けては暮れる。
 よく晴れて澄みとおった秋の真昼にさえ、深い黄昏の底にでも沈んでいるような、混迷のもの憂さから、のがれることはできない。同じ身のうえの人々が、毎日まわりで死ぬのだ。
 西の家でも東の家でも、葬式の準備をしている。きのうは、三、四日まえ医者の家で見かけた人が、黒々とした血を吐きはじめたときき、今日は二、三日まえ道で出会ったきれいな娘が、髪もぬけ落ちてしまい、紫紺いろの斑点にまみれて、死を待っているときかされる。
 死は私にもいつくるか知れない。私は一日に幾度でも髪をひっぱって見、抜毛の数をかぞえる。いつふいにあらわれるかも知れぬ斑点に脅えて、何十度となく、眼をすがめて手足の皮膚をしらべたりする。蚊にさされたあとの小さな赤い点に、インクでしるしをつけておき、時間が経ってから、赤いあとがうすれていれば、斑点ではなかったと安心する。
 意識ばかりははっきりしていて、どんなに残酷な症状があらわれても、痛みもしびれもないという、原子爆弾症の白痴のような傷害の異状さは、羅災者にとって、新しい地獄の発見である。

 了解することの出来ぬ死の誘いの怖ろしさと、戦争自体への(敗戦の意味でなく)忿りは、蛇のようにからみ合い、どんなにもの憂い日にも、高鳴っている。

                                                              

(屍の街)

 


 

 哀しくも激しい女だった。〈母が三度、結婚をしなおしたことが、幼い日の私の心の擦過傷にならぬ筈はなかった。〉と母トミのことを『八十歳』に書いた。嫌悪し、恥じた母の性格、行動だったが、大田洋子もまた同じように悪評を伴った変転の多い道を歩んでしまった。一時期は文壇の売れっ子となったこともあった。疎開先の広島での原爆体験を書いた『屍の街』は代表作となり、「原爆作家」という名称を授けられもしたが、昭和38年12月、胆石、不安神経症治療の病院から退院後、『新婦人しんぶん』に連載中の『なぜその女は流転するか』の取材のため旅立った裏磐梯の中ノ沢温泉、旅館「五葉荘」で入浴中の10日午後5時30分頃、心臓麻痺で波瀾の生涯を終えた。



 

 かつて原爆の街から〈みすぼらしい荷物のように〉バスに揺られて逃げ帰った山間の道。黄金色の頭を垂れる稲穂の間から一羽の白鷺が飛び立った。したたり落ちる汗、九月も終わりだというのにこの暑さはどうだ。コスモスの咲く街道の山際を流れる川、小さな鉄橋を渡ると川に沿って拓かれた小さな墓地があった。母トミの三度目の嫁ぎ先であった稲井家墓地。夏草が茂る中に曼珠沙華が咲き乱れている。没後五年ほど、この墓地の母の墓に納められていた遺骨は七回忌を機に広島市・原爆ドームにほど近い妙頂寺に建てられてあったが、十数年前私が墓参に訪れたときにはすでに改葬されてしまっていた「作家大田洋子の墓」。せせらぎの音に耳を傾けるかのようなすっくりとした石碑、いま静寂の中に建っている。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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