本名=小栗栄次郎(おぐり・えいじろう)
明治34年3月14日—昭和21年2月10日
享年44歳(文徳院藻誉章栄居士)
東京都文京区小石川2丁目23–14 源覚寺(浄土宗)
小説家。東京府生。京華中学校(現・京華中学高等学校)卒。印刷業などを経て、昭和8年推理小説『完全犯罪』を雑誌『新青年』に発表、注目を集める。9年『黒死館殺人事件』を発表。『鉄仮面の舌』『二十世紀鉄仮面』『人外魔境』『航続海底二万哩』『成層圏魔城』などがある。

それから、最後に申し上げて置きたいのは、ヤンシンの自殺なのですが…。成程、あの場合貴方の推理拷問が、たしかに一つの刺戟には相違なかつたでせうが、真因は此の事件とは何等関係のない事です。実を云ひますと、ヤンシンは私がカロリンカス医大在学当時の婚約者でして、七年も音信を絶つた私を探し求めるために、貴方の軍に加はつてまで遥々南支那の奥地にやつて来たのです。しかし、私はヤンシンの申し出でを拒絶しました。父が残した意志は、私にとつて何物よりも強く、殆んどそれには宿命的な信頼が置かれてあつたのですから…。果して、ヤンシンは絶望の余り自殺を遂げました。けれども私は、それが眼前で行はれたにも拘らず、あの蒼つ白い旧世紀の幽霊が滅んで行くのには、睫毛一本動かす気になれませんでした。
扨て、私の報告はこれで終ります。永い旅路を終へて、私の肉体は何より快い仮睡を欲してゐるのですが、それも出来ません。と云ふのは、三十四年の生涯を通じて唯の一度も経験しなかつた、いやその機会を与へられなかつたものを、最後の一つしかない機会に、此れから鄭の臥床で味はうとするからです。処女の祭壇に捧げられた聖燭を、今宵限りで吹き消しませう。そして、明日は心臓の火を……。
(完全犯罪)
病で倒れた横溝正史の代役として『新青年』に発表された『完全犯罪』が作家としての出発点となった。その翌年、日本の推理小説の三大奇書とされる『黒死館殺人事件』が執筆されることになるのだが、子息宣治氏の『小伝・小栗虫太郎』の中で〈頑固で、我儘で、律儀でお人好し。怠け者でだらしがなく、勤勉家で我慢強く、質素〉と評された。
小栗虫太郎は敗戦直後の昭和21年2月10日9時15分、長野県の疎開先で急死。メチルアルコール入りの焼酎を飲んだための中毒死といわれたが、一緒に飲んだ内で彼だけが被害にあったため、脳溢血による死として扱われた。死の1か月前に上京、焼野原にかろうじて残った江戸川乱歩の家で本格探偵小説について語り明かしたばかりであったというのに。
「法水麟太郎」は作家の創造した名探偵であるが、作家自身の自我を彷彿とさせる虚無の姿勢を貫いている。小栗虫太郎の観念から創り出されたその世界は切り取られ、東京・小石川に位置する通称こんにゃく閻魔として信仰を集めた源覚寺の奥、石塀に囲まれたこの墓地の一辺に暗鬱さとともにあった。
息吹もない霊域の、入口にある赤錆色に塗られた鉄扉がやけに輝いている。鉄扉を開けて入ったすぐ脇、亀裂の入った塀を背にした「竹光院操誉妙亀大姉/鶴昇院薫誉妙運大姉」と刻まれた墓石、側面に虫太郎の戒名が細々として読みとれる。語学が堪能で七ヶ国語を操ったといわれ、衒学趣味あふれる世界を描き出して読者を大いに魅惑した小栗虫太郎は、いま、何を想っている。
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