種村季弘 たねむら・すえひろ(1933—2004)


 

本名=種村季弘(たねむら・すえひろ)
昭和8年3月21日—平成16年8月29日 
享年71歳(釈文耀信士) 
神奈川県足柄下郡湯河原町吉浜655–1 ゆがわら吉浜霊園(神明院墓地)



ドイツ文学者・文芸評論家。東京都生。東京大学卒。出版社で週刊誌記者を務めた。怪奇幻想文学などを対象に独自の文芸・美術評論を展開する。平成7年『ビンゲンのヒルデガルトの世界』で芸術選奨、著作集『種村季弘のネオ・ラビリントス』で泉鏡花賞受賞。ほかに『吸血鬼幻想』『悪魔礼拝』などがある。



 


 
  人は死んでからいったいどうなるのであろうか。かりに肉体は消滅するとしても、精神の活動は肉体の動きが停止してからものこっているのではないだろうか。——人間の生死についてのこのような問いは古代人にとってときがたい謎であったので、人間の魂は、肉体の消滅後もこの地上以外のどこかで生きつづけるにちがいないと信じられた。つまり、他界や冥府のようなもうひとつの世界が存在していて、人間は死後もそこで生きつづけ、ときにはそこから地上に帰還してくることもありうる、と考えたのである。
 われわれがこどものころからきかされてそだった仏教の因果応報思想では、地獄の入口に閻魔大王が鎮座して生前の善悪を計量しながら地獄極楽のいずれかの道を指定する。エジプトでは冥府の入口にはオシリスがひかえていて、秤によって善悪の軽重をはかる。このように生前の善と悪は、死後の世界で相応の報いをうけるとかんがえられた。生と死の境には全能の審判者がいて、生前の善行は報償され、悪行は罰せられるのでなければならなかった。
 個人ですら死後の審判がおこなわれるのであるとすれば、集団にも最後の審判がくだされるのは当然であった。天変地異や戦争による大小のの共同体の壊滅体験の反省は、当の共同体の運命に関する道徳的判断をともなったであろう。たとえばバビロンは驕りのために、ソドムとゴモラは淫楽のゆえに滅んだ、というふうにである。世界はその活動におけるさまざまの悪のゆえに神の怒りをあび、世界の終りがやってくるのである。しかし世界は終るだけではなく、もういちど復活し、善人はえらばれて復活した永遠に至福のつづく世界にはいる。善人と悪人の選別作業たる最後の審判ののちにほぼ上のように要約される終末思想は、人間と人間社会の活動の善悪に思いをめぐらすところの宗教に古くからかならずといってもいいほど随伴した。
 
終末思想はしかし、死の恐怖によって人間を善導する道徳的機能をになっているだけではなく、肉体の死への恐怖から人間が肉体についての内観を発達させて医学や生理学をうみだしたように、自然や宇宙のような人間の集団的運命にかかわる世界環境に関する内省をうながして、さまざまの共同的な知の源泉となったともかんがえられる。たとえば万物を〝四大〟四大クに還元する世界観も終末思想と密接に関連している。

                                                              
(世界の終わりの日から)



 

 三十年にも及ぶ交流、七十年代の前衛芸術を共に牽引した澁澤達彦は〈人間は変身しなければならず、この世は顛倒されなければならない〉という言葉こそ種村季弘の信念であると断言したが、文学、美術、思想、宗教に及ぶ広範な知識と錬金術、悪魔学といった西洋オカルティズムの系譜にも造詣が深く、それらの風景の中を徘徊し続けた種村季弘。平成7年10月、金沢での取材中に脳梗塞で倒れ、一時は右半身が殆ど動かなかったのだが、リハビリとして毎日の散歩を習慣としたおかげもあってか不自由ながらも回復して執筆活動に勤んでいた。14年6月、悪性リンパ腫が見つかり、翌年手術するも虚しく平成16年8月29日午後8時25分、胃がんのため静岡県三島市の病院で死去した。



 

 生まれたのは池袋二丁目。家の背後は置屋や待合、料亭などがある芸者町。大学を卒業して日本語学校に一年務めたあと、週刊誌の記者になった頃に住んだのは新宿職安通りの三畳一間のアパート。それからは新婚の住まい愛宕山のアパート、千葉の九十九里、豊島園、阿佐ケ谷、茅ヶ崎の団地、晴海の団地、秩父の農家、大磯と転居を繰り返し、終の住処は真鶴の山の上、みかん畑がほど近く、白波をたてる相模の海が見えた。晩年。もう一度は引越ししたいかな、東京下町の深川か下谷あたりにゆっくりとと、思っていたらしいが、今は眼下に相模灘、吉浜海岸と伊豆半島、数隻の小船が見える墓地に眠る。「種村家」墓。初秋の真夏日にもかかわらず吹く風は爽やかだった。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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