瀧田樗陰 たきた・ちょいん(1882—1925) 


 

本名=瀧田哲太郎(たきた・てつたろう)
明治15年6月28日—大正14年10月27日 
享年43歳(天真院樗陰朗徹居士)
秋田県秋田市八橋本町6丁目5–30 全良寺(臨済宗)



 

雑誌編集者。秋田県生。東京帝国大学中退。東京帝国大学在学中から『中央公論』の編集に携わり、明治34年正式入社。時評・随筆・翻訳に長じ、大正元年編集主幹となる。文芸欄に小説の掲載をはじめ、吉野作造らをブレーンとし、新人を登用して同誌を権威ある総合雑誌に育て上げた。





 
  



 

 十一月の廿八日はイヤな日であった。ボヤボヤした風が朝から吹き出して、濁った黄い塵挨を、街路行く人の汗ばんだ顔に遠慮なく謬着けた。家の中は蒸気にでも取圍れたやうで、曇った五六月の晩に見るやうな堪へ難い苦しさが人々を悩ました。大きな地震でも来はしないか、と家族のものが話し合った。晩酌の膳に向った私は、燗を例もよりもぬるくさせて、一旦閉め切った雨戸を開けさした。それでも尚、蒸暑さに堪へ兼ねて、身體の熱氣を抜く爲めに袒にさへなった。小さな子供等はチャンチャンを脱ぎ、綿入を脱ぎ、終ひには襦袢一枚になって躍って歩いた。其晩私は妙に寝苦しくって、幾度となく夜中に眼を醒ました。
 翌朝、梯子段を降りて、茶の間へ行くと、長火鉢の傍で「國民」を見てゐた父は「オイ、池邊さんの顔はかういふ顔が、よく似てゐるか」というて、新聞に載って居る先生の寫眞を私の前へ出した。私はまだ顔も洗はない中なので「少し似てゐる」と答へたまゝ 、便所へ行った。其時は固より、何の爲めに先生の寫眞が新聞に載ったかといふ事をさへ考へなかった。(又「國民」には記事にも寫眞にも黒枠を附けてなかったから訃音を傳へるものとは受取れなかった。)私が便所へ 入ると間もなく「池邊さんが死んだ!オイ、池邊さんが死んだ!」といふ父の消魂ましい聲に續いて、母や妹なども薹所から駈けて行って「何ですって、池邊さんが死んだ、どうして」「どうして」といって驚き騒いで居る。此の刹那私は「先生自殺でもしたのぢゃないか」と考えた。そんな突飛な考えを起すより外先生が亡くなられたといふ事を思ふことが出來なかった。


                                                             
(池邊吉太郎先生)





 
 西本願寺系の『反省会雑誌』から改題されたばかりの『中央公論』は、大正元年に編集主幹となった瀧田樗陰によって飛躍的に部数を伸ばした。吉野作造、美濃部達吉らを論壇に登場させてブレーンとし、大正デモクラシーの拠点とならしめたほか、文芸欄を充実させ、樗陰の乗る定紋付き自家用の人力車が門の前にとまると無名作家に幸運が舞い降りると語りぐさになったほど、多くの新人作家たちの登竜門となった。晩年は喘息が再発し、併せて腎臓を病み、床につくことが多くなった。大正14年秋が深まるころには相当に悪化し、『中央公論』主幹の職も退いた。容態が急変したのは10月27日朝、胸が苦しいと訴えて医師の注射をうけたものの効なく、午前10時、43年と4ヶ月の太く短い人生を終えた。



 

 戊辰戦争の東北戦線で亡くなった官軍戦没者の眠る官修墓地のある全良寺。近代的な本堂脇に瀧田家三基の墓がある。中央にひと際大きく剛胆な「瀧田家累代哲太郎以下之墓」。夏目漱石、正宗白鳥、小川未明、谷崎潤一郎、志賀直哉、芥川竜之介、宮本百合子、室生犀星、宇野千代、など樗陰の発掘した作家は枚挙にいとまがないといわれるほどだが、東北人らしからぬ明るく血性的なところがあり、気短で強情この上なく、精力旺盛、赤ら顔で、夏目漱石が「金太郎」と呼んだほどはち切れそうに太っていた、というのが周囲の認ずる大方の印象であった名物編集者・瀧田樗陰の鎮まる墓である。樗陰と妻千代のほか東洋音楽学校を出て歌手になり、藤原歌劇団でプリマ・ドンナをつとめた三女菊江もともに眠っている。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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