本名=小沼 救(おぬま・はじめ)
大正7年9月9日—平成8年11月8日
享年78歳
東京都東村山市萩山町1丁目16–1 小平霊園4区11側56番
小説家・英文学者。東京府生。早稲田大学卒。昭和33年母校早大の教授。井伏鱒二に師事し、大学在学中から筆をとる。日常を題材に知的なユーモアをまじえた短編小説をかく。45年『懐中時計』で読売文学賞、50年『椋鳥日記』で平林たい子文学賞。芸術院会員。ほかに『白孔雀のゐるホテル』『村のエトランジェ』『銀色の鈴』などがある。
しかし、大寺さんは米村さんを訪ねることが出来なかつた。従つて、将棋も指さなかった。と云ふのは、それから二日后、当の大寺さんの細君が急死したからである。夜中に咳込んで喀血して、その血が気管に詰つて死んだのである。近くに住む、医者をしてゐる細君の兄が直ぐ駅附けて来た。それから、その友人の医者もやつて来ていろいろ手を尽したが、どうにもならなかつた。
細君が死んだと判つたとき、大寺さんは茫然とした。何故そんなことになつたのか、さつぱり判らなかった。 —— 来る途中で、後から飛ばして来る車があつてね、そいつに抜かれると不可ないと思ってスピイド出したけれど、大型の外車で凄いスピイドなんだ。到頭抜かれちやつてね。そのとき、ひよいと、こいつは駄目かもしれ ないつて云ふ予感がしたな。
細君の兄がそんな話をするのを、大寺さんはぼんやり聞いてゐた。もう一人の医者は看護婦に器械類を片附けさせながら云つた。
——初めての喀血ださうだから、吃驚して血を出すまいとしたんでせう……。
大寺さんは、その医者が指に嵌めてゐる銀色の指輪をぼんやり見てゐた。その指輪には、何か模様が彫込んである。その模様が何か? いま、そんなこと訊くのは不可ないだらうな、そんなことを思つたりした。
大寺さんの細君はその日、珍しく美容院に行つた。次の日、細君の母親と一緒に久し振りに街に買物に出掛けるためである。それから、入浴して床に就いた。それが不可ないと云へ掛附の医者から、もう殆んど快いと云はれて喜んでゐた。だから、それが死出の化粧とならうとは夢にも思はなかつたらう。無論、大寺さん自身も、自分の細君が挨拶も無しに死ぬとは毛頭考へなかつたのである。
朝になつて、友人や近所の人や親戚の人が来て、何となく慌しいなかで、大寺さんはまだ何が起つたのかよく判らぬ気がした。大寺さんは庭に降りると、数日前に購めたジヤスミンの株の上に身を屈めた。「死なない花」 ではない花の甘く強い香がした。
—— これはベススメエルトニツクではない。
大寺さんは意味も無くさう眩いた。
米村さんが訪ねて来たのは、その翌日の午后である。ちやうど弔問客の途絶えたときで、米村さんは一時間ばかり大寺さんと話をした。
——昨日、吉田さんから電話があってね。あんまり突然なんで、嘘だらうと思った。
—— 全く、妙なことになつちやつた。
大寺さんは細君の死の前后の話を簡単にした。もう何人もの人に話したから、云ふことは殆ど決つてゐるのである。
—— 兎も角、死ぬにしてもちやんと順序を踏んで死んで呉れりやいいんだけれど、突然で、事務引継も何もありやしない。うちのなかのことが、さつぱり判らない。
—— 馴れる迄は、たいへんだね。
—— 挨拶無しに死ぬから困ります。
大寺さんは死んだ細君に腹を立ててゐるみたいな口を利いた。
(黒と白の猫)
日常の中にある出会いや別れ、小沼丹の書く物語の多くは私小説的であり知的なユーモアやペーソスで描かれているのだが、その中でも人気の「大寺さん」という主人公は、〈此方の気持ちの上では、いろんな感情が底に沈殿した後の上澄みのやうな所が書きたい。或は、肉の失せた白骨の上を乾いた風がさらさら吹過ぎるやうなものを書きたい。さう思ってゐるが、乾いた冷たい風の替りに湿った生暖かい風が吹いて来る。こんな筈では無いと思って、一向にかけなかった〉と振り返ったように、愛妻を青天の霹靂のごとく失った悲しみを語るためだけに生み出された小沼自身の概念であった。晩年は糖尿病による心筋梗塞のため苦しみ、平成8年11月8日12時10分、肺炎のため清瀬のベトレヘムの園病院で死去した。
〈或る日、大寺さんは娘二人を連れて郊外の墓地に行った。(中略)夏の終の好く晴れた日で、しかし、閑散とした墓地にはもう秋風が吹いていた。——何だ、随分広いな。芝生の墓地の入口に来て大寺さんは吃驚した。(中略)大寺さんの細君の墓が立つ筈の区劃は直ぐ見附かった。四角のセメントの台が芝生の上にあるだけで、別に何の風情も無い。(中略)それから、大寺さんと娘は石屋に寄って、墓石を注文した。石は黒御影と云ふ奴にした。大寺さんは別に何の注文も無い。平凡な奴が一番宜しいと思ってゐるのである。〉と、「黒と白の猫」に書いてある黒御影の墓石が、広々とした霊園の枯れ芝生の上に所在なげに座している。「小沼」とだけ簡潔に刻された墓、花立に可憐な白いチューリップが供えられていた。

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