大庭みな子 おおば・みなこ(1930—2007)


 

本名=大庭美奈子(おおば・みなこ) 
昭和5年11月11日—平成19年5月24日  
享年76歳 
千葉県浦安市日の出8丁目1番 浦安市墓地公園2区1街区10列56番




小説家・詩人。東京都生。津田塾大学卒。海軍軍医であった父に従って海軍の要地を転々と移り住み、終戦は広島で迎えた。結婚後は夫の赴任地であるアラスカに移り住んで11年間を過ごした。昭和43年デビュー作『三匹の蟹』で芥川賞を受賞したほか『寂兮寥兮(かたちもなく)』で谷崎潤一郎賞、『津田梅子』で読売文学賞なども受賞。ほかに『啼(な)く鳥の』『海にゆらぐ糸』などがある。




 


 

 明かるい雪の畦道を野辺送りの行列が通って行った。あたり一面銀世界で、田の水だけが黒かった。乳色の柔らかな雲の間から、陽が洩れ、ときどき思い出したように白い雪の花びらが舞い落ちた。
 四人の若い男が花嫁の輿をかつぐ晴れやかな顔で、柄のついた板の上にのせた柩をかついでいた。男の一人は死んだ兄の顔だった。
 十人ばかりの男や女はみんな白い着物を着て、二つ折りにして後ろを閉じた白い布を帽子のように被っていた。うつむいた若い女のきつく紅をさした唇は嫁入りするときの思いつめた結び方だった。
 鶴のようにほっそりした姿のよい女で、勝気なきつい眼をして、幾分受け口の豊かな頬は淡路人形の顔だった。娘の万恵子だと思った途端にその女は濃い化駐の下から深い皺をあらわにして祖母の顔になり、お歯黒を覗かせて万有子を叱った。
 「可哀そうに、生きものはみんな命がある。小鳥を捕ったりすると、咽喉に骨を立てて死ぬようなことになる。この仏も若い頃殺生ばかりして、餅がのどにつかえて死んでしもうた。ほら、お前の口の中でヒタキが
ニシャドッチと啼いている」
 西はどっちと啼いて首をふり立てていた小鳥を万有子はロに咥えていた。万有子は猫なのであった。
 猫の万有子は口にはりついた小鳥の羽を吐き出して藪の中に逃げこみ、赤い実のついた万両の下にうずくまって行列を見守った。
 女たちは手に持った小さな鉦を叩き、数珠をつまぐり、男たちは白い裃をつけて、握り拳に数珠をまきつけて雪を踏みしめて歩いている。雪靴をはいている者も、雪下駄をはいている者もいた。子供の手をひいている若い女もいて、子供は祭に出かけるようにはしゃいでいた。
 それは不思議にのどかな風景で、数珠をつまぐりながら呟いている読経が、やわらかに降り積った雪の林の小鳥たちの歌声と合奏になった。
 野辺送りの行列が白い森に消えると、猫の万有子はまろぶように雪の畦道を突進してその後を追った。

 (寂兮寥兮)

 


 

 小説を書き続けることを条件に結婚した夫利雄の赴任地アラスカに移り住んでからは本格的に執筆を始め、昭和43年、38歳の時に芥川賞を受賞した『三匹の蟹』以来、小説や詩、随筆、評論、翻訳などの多彩な作品を発表してきたが、終戦を迎えた広島での原爆投下直後の被爆者救援活動で見た悲劇的惨状は生涯忘れられないものとしてみな子の作品の核心ともなっているのだ。平成8年7月に小脳出血で倒れ、9月には脳梗塞を併発して左半身麻痺、車椅子生活という状態になってもなお夫の協力のもと口述筆記を続けていたが、19年2月には乳がんが発見され、右乳房切除手術を受けるなど満身創痍の中、5月24日午前9時14分、腎不全のため夫と娘の優などに見守られながら千葉県浦安市の病院で死去した。



 

 みな子が〈浦安に吹く風は ビルの谷間を通り過ぎ 遠い山なみの間にたわみ 寄せては返す波の上を渡り かすむ波の上に広がる〉と詠った風の町、〈べか船の往き交った水路、蛤や蟹に溢れた海を埋め立てて、十万を超える人が住む蜃気楼のような町〉浦安の埋め立て地突端にある公園墓地、区画の区切りもなく広々とした芝生の上に整然と横型洋風墓が並んでいる。生と性の不可解さを前衛的手法で描き谷崎潤一郎賞を受賞した作品名を刻した碑、華やかな彩りの供花の間から「寂兮寥兮」の文字がのぞいていた。〈かたちもなく〉過ぎし日の想いよ。陽落ち時、大島桜の若木が巡り植えられている墓地公園の周囲を歩いてみた。防波堤に背をもたれさせて空を見上げていたら強い潮香をのせた海風が立った。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


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