新潮クレスト・ブックスのページ


“新潮クレスト・ブックス”は、1988年から始まった新潮社による海外の小説、ノンフィクションを紹介するシリーズ。“Crest”とは「波頭、最高峰」などの意。
  
1.
記憶に残っていること

2.
美しい子ども

 


      

1.

 新潮クレスト・ブックス 短篇小説ベスト・コレクション   堀江敏幸編
  The Best Short Stories from Shincho Crest Books
  
記憶に残っていること」 ★★☆

  
記憶に残っていること画像
 
2008年08月
新潮社刊

(1900円+税)

 

2008/10/10

 

amazon.co.jp

新潮社の“クレスト・ブックス”は、海外の新しい良質な文学作品を紹介しているシリーズとしてその評価は高く、私としても信頼しているシリーズです。
したがって、新たなクレスト・ブックス作品が刊行されるとできるだけ読むようにしているのですが、1回だけ読んでそれで終わっている、というのが現状。
それが今回ベスト・セレクションという形で刊行され、再度読み直すチャンスが得られたのは嬉しいことです。そしてまた、出版という点からしても、とても良い企画だと思います。
作家一人一人についてその作品を堪能するという点では、短篇の限界故に物足りなさがありますが、その反面10篇もの作品を読み比べることができる、という楽しさがあります。

編者は堀江敏幸さんなので、選ばれた作品はそれなりに堀江さんの作風、好みを反映しているものと思います。一見あっさりしているようで、実はかみ締めると深い味わいが染み出てくる、といった作品ばかり。
可能なら是非、他の作家方々にもクレスト・ブックスからのアンソロジー編集および解説を担当してもらい、それを読むことができたら、とても楽しいことではないかと思います。

本書収録の10作品は全て読了しているものばかりなのですが、忘れてい作品もあれば、忘れずにいる作品もあります。
その中で図抜けていいなぁと思うのは、アリステア・マクラウド「島」。カナダの離島に住み着いた一家の孤高の姿は、やはり忘れ難いものがあります。
次いで、ジュンパ・ラヒリ「ピルサダさんが食事に来たころ」が好きです。移民第一世代の切なさと故郷の家族を思うピルサダさんの姿が明るくからっと描かれているところが、上手い!
やはり移民家族を描いたベズモーズギス「マッサージ療法士ロマン・バーマン」も移民家族の切なさを描いた篇。以前読んだときよりも今回の方が、最期の侘しさ、切なさをより深く感じられた気がします。
一方、すっかり忘れていましたけれど、エリザベス・ギルバート「エルクの言葉」も良いなぁと感じる作品です。住人も稀な北米の土地で自然と折り合って暮らしている家に、突然隣人だと言って押しかけてきた見知らぬ一家。エルクを意味もなく欺いて平然としている傍若無人さと、エルクに心を残す主人公との対比が鮮やかで、その不気味さに恐れを感じて忘れ難い一篇です。

デイヴィッド・ベズモーズギス「マッサージ療法士ロマン・バーマン
アンソニー・ドーア「もつれた糸
エリザベス・ギルバート「エルクの言葉
アダム・ヘイズリット「献身的な愛
ジュンパ・ラヒリ「ピルサダさんが食事に来たころ
イーユン・リー「あまりもの

アリステア・マクラウド「
アリス・マンロー「記憶に残っていること
ベルンハルト・シュリンク「息子
ウィリアム・トレヴァー「死者とともに

*堀江敏幸「人はなにかを失わずになにかを得ることはできない」

    

2.

 新潮クレスト・ブックス 短篇小説ベスト・コレクション   松家仁之編
  The Best Short Stories from Shincho Crest Books
     
「美しい子ども」 ★★☆

  
美しい子ども画像
 
2013年08月
新潮社刊

(1900円+税)

   

2013/09/21

   

amazon.co.jp

新潮クレスト・ブックス、短篇小説ベスト・コレクションの第2集。今回の編者は松家仁之さん。
敢えて言うなら今回は、家族にまつわる話が多いようです。

11人の作家による12篇。各作家の国籍は実にさまざまで、作家によって作風に違いがあることは勿論ですが、それを越えて幅広いものとなっています。
どれも短篇小説ではあるのですが、短篇小説を越えて長編小説のような感銘を残している作品も少なくありません。中でも圧巻なのが
ジュンパ・ラヒリ「地獄/天国」。米国生まれの少女から見たベンガル女性である母親の父親以外のベンガル男性に対する微妙で奥深い思いを描いていて、忘れ難い傑作です。

一方、コミカルであると同時に哀感も深いのが
ミランダ・ジュライ「水泳チーム」ウリツカヤ「自然現象」
それがさらに表題作、
フェルフルストの「美しい子ども」に至ると、抱腹絶倒を越えて絶句という他ありません。
イングランダー「若い寡婦たちには果物をただで」は、ホロコーストの悲しさを今も引きずる作品。
ドーア「非武装地帯」、シュリンク「リューゲン島のヨハン・セバスティアン・バッハ」には、さりげないながら親子の深い思いを見い出す気がします。
マンロー「女たち」はサスペンスの味わいを感じさせてくれる読み応えある一篇で、“短篇小説の女王”と呼ばれるだけあって流石に上手い!

今回唯一未読だったのは、
タワー「ヒョウ」。義父と少年の含みある関係を描いた作品ですが、ストーリィが終った後どうなるか、むしろそれが気になる一篇。

私は一気に読み切ってしまいましたが、一篇一篇の素晴らしさを味わうためにはむしろ一日に1篇か2篇という予定で読み進んでいくことをお薦めします。(※一日で読み切るのは内容の濃さからして、無謀だったと反省することしきり。)

アンソニー・ドーア「非武装地帯
ジュンパ・ラヒリ「地獄/天国
ナム・リー「エレーゼに会う
リュドミラ・ウリツカヤ「自然現象
ミランダ・ジュライ「水泳チーム」「階段の男
クレメンス・マイヤー「老人が動物たちを葬る
ディミトリ・フェルフルスト「美しい子ども
ウェルズ・タワー「ヒョウ」
ネイサン・イングランダー「若い寡婦たちには果物をただで
ベルンハルト・シュリンク「リューゲン島のヨハン・セバスティアン・バッハ
アリス・マンロー「女たち

*松家仁之「ほんとうの話」

     



新潮クレスト・ブックス

    

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