アンソニー・ドーア作品のページ


Anthony Doerr  1973年米国オハイオ州クリーヴランド生、オハイオ州立大学大学院の創作科出身。2002年短篇集「シェル・コレクター」にて作家デビューし、O・ヘンリー賞、バーンズ&ノーブル・ディスカバー賞、ローマ賞、ニューヨーク公共図書館ヤング・ライオン賞ほか多数の賞を受賞。2冊目の短篇集「メモリー・ウォール」はストーリー賞を受賞し、米主要三紙が年間ベスト作品に挙げる。さらに「すべてのみえない光」にて2015年度ピュリツァー賞を受賞。


1.
シェル・コレクター

2.
メモリー・ウォール

3.すべての見えない光

 


    

1.

●「シェル・コレクター」● ★★    O・ヘンリー賞他多数
 
原題:"The Shell Collector"     訳:岩本正恵

  
シェル・コレクター
 
2001年発表

2003年06月
新潮社刊

(1800円+税)

 

2004/09/08

 

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静謐であり、最後には心からの安らぎを覚える8篇の短篇集。

各篇とも登場人物は一様に少ない。それぞれ自然に近いところにあって孤高であり、各篇とも静謐である。そうした印象が極めて強い。
その孤高さは、自ら望んだというより結果的にそうなっているに過ぎないと思われます。本書では、そうした主人公たちがふとした巡り合いにより、新たにあるいは漸く安らぎを見出すに至る、というストーリィが中心。
読者もまた登場人物たちと共に安らぎを覚えることができる、そこが本書の良さでしょう。

中でも「貝を集める人」「ハンターの妻」の2作は群を抜いて質の高い作品。2作とも質の高い作品ですが、私としては表題作より「ハンターの妻」(O・ヘンリー賞受賞)の方により強く惹かれます。極北の地や動物たちとの邂逅の描写が、何と言っても素晴らしい。
「ムコンド」は「ハンターの妻」に連なる作品で、共に主人公の妻となる女性が印象的。2人とも自然と感性を交しうる天性の才をもっていて、その瑞々しさが魅力。
「世話係」は本短篇集の内容をつかみやすい佳作。一方、「もつれた糸」は本書中では異色の、ちょっと笑いを誘う作品。

貝を集める人/ハンターの妻/たくさんのチャンス/長いあいだ、これはグリセルダの物語だった/七月四日/世話係/もつれた糸/ムコンド

         

2.

●「メモリー・ウォール」● ★★☆    ストーリー賞
 
原題:"Memory Wall"     訳:岩本正恵

  
メモリー・ウォール
 
2010年発表

2011年10月
新潮社刊

(2000円+税)

  

2011/11/29

  

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表題作「メモリー・ウォール」は、認知症治療のため記憶をカートリッジに保存し、頭蓋骨に着けた記憶刺激装置を使って記憶を再現するという状況に置かれた老未亡人アルマに関わるストーリィ。
壁に多数のカートリッジが掲げられ、それ故に
“記憶の壁”、本作品の題名です。
そのアルマの邸に毎晩忍び込む男。アルマの亡夫が発見したらしい恐竜の化石を手に入れて儲けようと、少年
ルヴォにアルマの記憶カートリッジを次々と試させます。
人間とその記憶が分かたれた時、記憶とは何なのか? 人間とは何なのか? といった根源的な問題に思いは飛んでいきます。
SF小説のようなストーリィですが、本作品は決してSFではありません。記憶によって紡がれる人類という存在を思い起こさせる作品になっています。
本ストーリィの鍵となっている恐竜の化石が象徴的。化石もまた過去の記憶装置と言えるのですから。

「生殖せよ、発生せよ」は生殖治療に苦闘する米国人夫婦の話。
「非武装地帯」は、朝鮮に派遣された軍隊にいる息子からの手紙を、離婚してしまった父親が受け取っている話。
「一一三号村」の舞台は中国。ダムに沈む村の住民を描いた話。
「ネムナス川」は、両親が相次いで病死したために米国からリトアニアの祖父の元へやってきた少女の話。

そして
「来世」は、ホロコーストから危うく脱出して今は米国に住む老女エスターが、てんかんの発作を起こす度に孤児院で他の女の子たちと一緒だった頃のことを思い出すストーリィ。
冒頭、11人の女の子たちが何もない建物で目覚めるシーンが冷たい美しさを放っていて、何とも忘れ難い光景です。

どの篇も個人について描きながら、長い人類の営みを感じさせる作品になっています。
人類という観点からみれば大きな流れの一片に過ぎませんが、一方で個々の主人公たちに視点を当てれば、そこには静かな哀感が漂います。
「メモリー・ウォール」「来世」の2篇は、まさに名品といって過言ではありません。

 
メモリー・ウォール/生殖せよ、発生せよ/非武装地帯/一一三号村/ネムナス川/来世

                     

3.
「すべての見えない光 ★★★       ピュリツァー賞
 原題:"All the Light We Cannot See"     訳:藤井光


すべての見えない光

2016年08月
新潮社刊
(2700円+税)

 


2016/09/16

 


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1944年8月7日、空爆で破壊されるフランスの街サン・マロで、6歳の時に失明したフランス人少女のマリー=ロール・ルブランと、孤児院育ちながら才能を見い出されて技術兵となったドイツ人少年のヴェルナー・ペニヒの2人は運命的な出会いをします。

本書は、運命の一日と、そこに至るまでのマリー=ロールとヴェルナーの1934年からの日々を、交互に描いていくという構成です。
6歳の時の失明、孤児院では一緒だった妹ユッタとの別離、そして戦時下と、2人の状況は恵まれているとはとても言えないもの。自分ではどうしようもできない運命の中、それでも2人は、自分のできる範囲で誠実に一歩一歩を生きているという風です。その姿には、とても胸を打たれます。
2人の道は別々に進み、徐々に近付き、最後に交錯します。そして、その後はまた隔たっていく。

全篇、静かで落ち着きのある、品格に満ちた文章。 500頁余という大長編ですが、その長さは全く気になりません。むしろ本書を読んでいる最中、ずっと幸せな気分でいられたと言って過言ではありません。
諦めず、絶望せず、高慢にならず、ヴェルナーは敬うことを知り、マリー=ロールは目が見えないというハンデがあっても勇敢です。自分らしく生きてきたそんな2人の魂が、境遇や国の違いを超えて通じ合う時、読み手はそこに感動を覚えずにはいられません。
構成、文章、人物造形とも実にお見事。美しい作品と言っても良いでしょう。是非お薦めしたい傑作です。

※マリー=ロールの父
ダニエル、大叔父エティエンヌ、老家政婦のマネック夫人、ヴェルナーの妹ユッタ、友人フレデリック、独軍上級曹長フォン・ルンペルと皆、忘れ難い人物ばかりです。
※マリー=ロールが失明後に夢中になる本が、
ヴェルヌ「八十日間世界一周」「海底二万里」というのも嬉しい限り。

  



新潮クレスト・ブックス

      

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