アリス・マンロー作品のページ


Alice Munro  1831年カナダ・オンタリオ州の田舎町生まれ。書店経営を経て、68年初の短篇集「Dance of the Happy Shades」にてカナダで最も権威ある総督文学賞を受賞。やがて国外でも注目を集めるようになり、寡作ながら3度の総督文学賞、W・H・スミス賞、ペン・マラマッド賞、全米批評家協会賞ほか多くの賞を受賞。チェーホフの正統な後継者、「短篇小説の女王」と称され、2005年にはタイム誌「世界でもっとも影響力のある 100人」に選ばれている。09年国際ブッカー賞、13年10月カナダ初のノーベル文学賞を受賞。13年06月に引退宣言。


1.
イラクサ

2.林檎の木の下で

3.小説のように

4.ディア・ライフ

5.善き女の愛

6.ジュリエット

 


   

1.

「イラクサ」 ★★
 原題:"Hateship,Friendship,Courtship,Loveship,Marriage"   訳:小竹由美子


イラクサ画像

2001年発表

2006年03月
新潮社刊

(2400円+税)

 

2006/06/07

 

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“短篇小説の女王”と呼ばれる短篇の名手、アリス・マンローの短篇集。
冒頭の「恋占い」および最後の「クマが山を越えてきた」がとても面白く、かつ味わい深さもかなりのもの。
これがマンロー作品の持ち味なのかと思ったのですが、それはどうも違うらしい。その2作の他は、人生の苦味を感じさせるストーリィが多い。

マンローはカナダの田舎町に生まれ育ち、早くから小説家を志していたとのこと。女性は結婚して家庭を守るのが当然と思われていた時代に、病気の母親を残して奨学金で大学に進学したこと、結婚後も小説家の道を諦めず結婚が破綻に至ったこと、自立するのと引き換えに孤高を味わったことが再三あったように思われます。
そうしたマンロー自身の人生におけるほろ苦い経験が反映されている作品が、本書には多いようです。
「家に伝わる家具」はとくにその色が濃い。常に他人を客観的に眺め、冷たいといわれながらも家族より自分の道を選んだ女性が主人公になっています。
表題作の「イラクサ」は、少女時代の恋の甘さと30年後の再会時に知った人生における苦味が対照的に描かれた一篇です。
どの作品も、ストーリィを云々することなく、そこに描かれる人生の苦い味をそのまま受け留めて感じていればよい、という作品のように思います。
ただし、マンローが人生における苦味を描いているといっても、決して否定的な雰囲気はありません。人生にはそうした苦味もあると認容したうえで人生を肯定的にとらえている、そんな透明感があります。
ありきたりの人生の中でふと起きる揺らぎを見逃さず、きちんと捉えている、マンローとはそんな作家のように感じます。
一度読み通しただけでは味わい切れない、深い味わいがある、そんな気持ちがするのです。

なお、登場人物各々の思惑と予想外の顛末を描いて皮肉な可笑しさのある「恋占い」と、人生とは思いがけないことが起きるものだと述懐させてくれる「クマが山を越えてきた」の2篇は、皮肉な面白味があって判りやすい作品です。
この2作に映画化予定があるというのは、納得できること。

恋占い/浮橋/家に伝わる家具/なぐさめ/イラクサ/ポスト・アンド・ビーム/記憶に残っていること/クィーニー/クマが山を越えてきた
(※「恋占い」「クマが山を越えてきた」2作が映画化予定)

 

2.

「林檎の木の下で」 ★★
 原題:"The View from Castle Rock"      訳:小竹由美子


林檎の木の下で画像

2006年発表

2007年03月
新潮社刊

(2300円+税)

 

2007/04/15

 

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スコットランドから一家でカナダに移住し、この地に居着いた一族の足跡を、短篇集の形式で綴った一冊。

その一族とは実在の人物たち、それも著者マンローの先祖達というのですから恐れ入る。
始まりは、17世紀末スコットランドで伝説的な人物だったというウィリアム・レイドロー(別名ウィリアム・オファーブ)。次はもう19世紀初頭、一家でカナダに向かう船中のこと。続いてカナダで農民として暮らし始めた一族の様子。そして、マンローの父と著者自身までという一族の歴史が一篇一篇描かれていきます。
同じようにスコットランドの高地からカナダに移住した一族を描くマクラウド「彼方なる歌に耳を澄ませよと似る作品ですけれど、短篇と長篇、味わいはかなり異なります。また、一家を率いた老ジェームズが、マクラウドの描くハイランダー(高地人)たちを嫌っていたらしいところが印象に残ります。
それにしても、先祖の残した記録や本によって、その歴史を知ることができるというのが凄い。レイドロー一族の系譜に、本好きや書くことが好きだった人物(著者の父親も含め)が常にいたためらしい。

こんな風に短篇集として書き綴られると、その時代その時代に、各々の生活、各々人生があったことが事の外強く感じられます。つまり、現在に生きている我々の為に彼らが生命を繋いできたという訳では決してない、ということを。
本書はマンローの先祖たちを描いたといっても、その先祖たちが特別な人間だった訳ではないのです。その当時の多くの人が辿ったごく普通の人生であった筈です。その意味で本書は、当時の移植者たち、農民たちの人生を普遍的に描いた作品であると言えるのです。
第一部の「良いことは何もない」はオファーブに始まり著者の父親までを描き、第二部の「家」は著者自身が知る父親、祖母、そして自身の営みが描かれています。
どちらかというと「第一部」の方が変遷も大きく、生き抜くことだけが全てだった時代の暮らしぶりが窺えて興味も大きい。
一方「第二部」は、貧しい家庭に育ち母親の具合が悪くなって家事も負担していた著者自身の、悲哀とも悔恨とも受け取れる味わいが強い内容になっています。
とくにハイスクールの夏休み、富裕な一家に雇われた時の経緯を描いた「雇われさん」はその傾向が強く、印象的です。

なお、本書の題名からまず連想したのは、ゴールズワージーの名作「林檎の木」
表題作「林檎の木の下で」は、男の子との初めての淡い恋を描いた作品ですけれど、名作とはまるで対照的な展開に終わるところに如何にも現実らしいところ。

【第一部 良いことは何もない】良いことは何もない/キャッスル・ロックからの眺め/イリノイ/モリス郡区の原野/生活のために働く
【第二部 家】父親たち/林檎の木の下で/雇われさん/チケット/家/なんのために知りたいのか?
【エピローグ】メッセンジャー

       

3.

「小説のように」 ★★☆
 原題:"Too Much Happiness"      訳:小竹由美子


小説のように画像

2009年発表

2010年11月
新潮社刊

(2400円+税)

  

2010/12/22

  

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短篇小説の名手という定評の、マンローによる10篇。

人生とは、長い時間の流れである。
短篇でありながらいずれの篇も、登場人物の辿る人生、その長い時の流れを、まるで包み込むように描いているところが印象的です。
他の作家からは中々得られない、貴重な味わい。
その辺り、
イラクサ」「林檎の木の下でから一歩また先に進んだ短篇集、という印象です。

その時は悲嘆にくれることであっても、後から振り返れば人生好転のきっかけになったことなのかもしれない。
結局は人生を最後にトータルしてみないと人の運命の善し悪しなど判らない、是非を言うことはできない。
そんな諦観が、読了後には、読み手の胸の内をひたひたと満たしているような気がします。

まず、冒頭の「次元」。精神障害の夫に幼い子供3人を殺されてしまった女性を主人公にしたストーリィ。何とも言い難い思いを抱かされます。
若い子持ち女性に夫を取られてしまった音楽教師の元妻を描いた
「小説のように」では、人生とは意外なもの、という観を強くします。
少年少女の感情のすれ違いを描いた
「顔」もまた、何とも言い難い情感のある一篇。
原題での表題作となっている
「あまりに幸せ」は、19世紀にロシアで最初の女性数学者となった実在の女性=ソフィア・コワレフスカヤを描いた作品。
彼女にも苦難、悲運は数多くあったのでしょうけれど、作品からは穏やかな彼女の人柄そのままのたおやかな人生が浮かび上がってきます。最後に至った時、彼女と同じ言葉をつぶやくことのできる人がどれだけいることか。それはその人の心持ち次第というに尽きると、しみじみ思います。

人生を噛みしめ、かつ味わうべき短篇集です。

次元/小説のように/ウェンロック・エッジ/深い穴/遊離基/顔/女たち/子供の遊び/木/あまりに幸せ

        

4.

「ディア・ライフ」 ★★★     トリリウム図書賞(カナダ・オンタリオ州)
 原題:"Dear Life"      訳:小竹由美子


ディア・ライフ画像

2012年発表

2013年12月
新潮社刊

(2300円+税)

   

2014/01/10

  

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ノーベル文学賞受賞前の本年06月にマンローは引退宣言をしているとのこと。その意味で、本書は著者最後の短篇集となる可能性大、という14篇を収録した一冊。
このところ短篇集といっても連作ものばかり読んでいたのか、テーマが設定されている訳でもなく、独立した短篇小説がただ一冊にまとめられているという短篇集を読むのは随分と久しぶりの気がします。
そのうえで本書、何という短篇集であることか。

短篇集であるからには収録されているのはいずれも短篇小説なのですが、短篇ではあってもまるで長編小説並みの膨らみを備えているところに圧倒されます。
ある一つのエピソードを軸として登場人物の人生を描き出していく。さりげなく、あっさりと語る文章の中に、はっとする一文が潜められています。その一文をもって登場人物の人生がスポットライトで照らされたように鮮やかに浮かび上がるという仕掛け。
しかし、スポットライトを当てられた部分がその芝居の全てではないように、それ以外の人生も登場人物には当然ある訳ですが、それは省略されている。短篇である故に書かれていない部分は多い筈で、それが作品そのものの膨らみ、深遠さとなって読み手の心に迫ってくる、そんな気がします。

まさに“短編小説の女王”と言われるマンローの、面目躍如というべき傑作短篇集。
本書に対するある雑誌の書評に「この短篇集も次から次へと読めるものではない」という一文がありますが、まさに同感。
私は一気に読み通してしまいましたが、読み方としては一日一篇ずつ読んでいくのが最も相応しい読み方ではないでしょうか。そうすればきっと、短篇小説を読みながら長編小説のような読み応えを味わえることでしょう。

マンロー作品をこれまで読んできて、読む度に私の中で評価は上がる一方。マンロー作品の質がその通り上がっているのか、私自身がマンローのそうした特質を読み取れるようになったのか、そのどちらであるかを見定めることなど今の時点で出来るものではありませんが、4冊の中で本書、是非お薦めです。
マンロー最後の短篇集になるかもしれないというのですから、尚のこと。
本書中、私が特に印象強かった作品は
「日本に届く」「アムンゼン」「コリー」「列車」「海の見えるところで」の5篇。
なお、
“フィナーレ”と冠された最後の4篇は、著者の実人生を語る短篇とのこと。

日本に届く/アムンゼン/メイヴァリーを去る/砂利/安息の場所/プライド/コリー/列車/湖の見えるところで/ドリー/目/夜/声/ディア・ライフ

    

5.
善き女の愛」 ★★☆                全米批評家協会賞
 原題:"The Love of a Good Woman"    訳:小竹由美子


善き女の愛画像

1998年発表

2014年12月
新潮社刊

(2400円+税)

 


2015/01/26

 


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1998年度全米批評家協会賞を受賞した短篇集。また、表題作「善き女の愛」はO・ヘンリー賞を受賞。

本書に収録されている作品のどれも、長編小説の様な短篇小説、と言って良いかと思います。
短篇なのに長編小説のようなストーリィであるためか、突然に局面(時間設定も含めて)は一転してしまうし、突然新たな人物が登場するのですが人物説明は十分とは言えない。そのうえ、本筋でない部分の記述が結構長く続く、といったことも度々。当方の集中力が足りないことがそもそも問題であるのだろうとは思うのですが、ストーリィを十分掴み切れずに立ち往生してしまうこともしばしば、といった具合。
そのためつい「訳者あとがき」の説明に頼ってしまうのですが、そこで初めて内容がつかめると、どれをとっても人生の深遠さを抱えているストーリィだなと判ります。でもそれを言葉で簡単に言い表せないところが、各篇の持つ奥行きの深さ。

しかし、読み終わった後に思い返す度、各篇から感じる思いが少しずつ深まって行くのを感じます。その意味では本書、稀有な凄さを持った短篇集なのでしょう。
各篇に共通するものとして、人生は一本道ではない、変転は必ずあるもの、そして家族といえどもいずれは袂を分かつものであるという諦念と、緊張関係をそこに感じます。だからといってそれは決して哀しいばかりのものではなく、それ故の愛しさもある、そう感じられる処が本短篇集の素晴らしさ。

・「善き女の愛」は、唯一サスペンス要素を含んだ篇。むしろストーリィが終った後にこそ、真のストーリィがある筈と感じる程です。
・「コルテス島」はとくにどうということもないストーリィの筈なのですが、何故か鮮烈に記憶に残ります。
・「セイヴ・ザ・リーバー」には、母と娘が袂を分かつ時、という印象が強い。
・本書収録の何篇かでは母と娘の緊張関係が描かれているようなのですが、
「子供たちは渡さない」はそれに連なる代表格の篇と思っていたら、最後の「母の夢」で絶句。何という凄さ。こんなストーリィがあるものかと思うストーリィで、とても忘れられそうにありません。

善き女の愛/ジャカルタ/コルテス島/セイヴ・ザ・リーバー/子供たちは渡さない/腐るほど金持ち/変化が起こるまえ/母の夢

         

6.

ジュリエット」 ★★☆   ギラー賞、ロジャーズ・ライターズ・トラスト賞
 原題:"RUNWAY"       訳:小竹由美子


ジュリエット

2004年発表

2016年10月
新潮社刊

(2400円+税)

 


2016/11/29

 


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マンロー73歳の時に刊行された11冊目の短篇集とのこと。
2004年刊行ですから
ディア・ライフ以降、遡って以前の作品集を読むというパターンが2冊続きです。

一冊ごとに趣向を変えているマンローですが、本書はさしづめ、人生の岐路とその結果の人生を主題にした作品集と言えます。

人生の岐路において何を、どう選択したのか。
その選択の是非を明らかにすることはできません。そもそも比較しようがないのですから。
とは言ってもその選択によってその後の人生があり、それは自らが選択した延長線上にあるものと、人は覚悟してそれを受け入れざるを得ないのでしょう。たとえどんな人生でも。
マンローの、時に辛辣な語りは、そのことを主人公たちならびに読み手へ突き付けてくるようです。
しかし、それは結果が分ってから言えること。岐路に立った主人公たちがどう選択し行動するのか、その結果どんな人生が待ち受けているのか。その場に立ち会うのはとてもサスペンスフルで、どの篇でもハラハラドキドキが読み手を待っています。

本書8篇の内に
<ジュリエット三部作>という3篇あり。
ジュリエットという女性の一生を3つの時期に分けて描いた連作短篇。短篇という形式をもって一人の女性の一生を描き出したところは“短編小説の女王”と言われるマンローらしいもの。またそれは、本作品集を象徴するような趣きです。

個人的な関心という点では
「情熱」に触れておきたい。
芝居に魅せられていつも一人でストラトフォード(カナダ)まで観劇に通う若い看護師が出会った奇跡的な恋と、1年後の再会を約すというロマンス劇。しかし、その結末は・・・。
結末にシェイクスピアらしい仕掛けが施されているところが、ファンとしては切ないやら嬉しいやら。
※なお、本篇中に登場する“ナイアガラ・オン・ザ・レイク”、20年程前に家族でカナダ旅行した時に訪れた町。懐かしかったです。


家出/チャンス/すぐに/沈黙/情熱/罪/トリック/パワー
※("ジュリエット三部作"・・・チャンス、すぐに、沈黙)

  



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