旧ソ連・ラトヴィア共和国からカナダへ移住したロシア系ユダヤ人バーマン一家の、異国の地で一歩一歩生活を築いていく様子を連作短篇小説形式で描いた一冊。
各篇とも一家の息子であるマークが主人公になっています。
ラトヴィアでそれなりの階級、それなりに富裕な生活をしてきた一家が、言葉も通じない異国の地で底辺の生活から再スタートしなければならないのは、いくら自由を手に入れたといっても相当に複雑な思いがあるのでしょう。
故郷を捨ててきたことへの悔恨、屈辱感、不安。それが強く感じられるのは、父親ロマンが工場の仕事を続ける傍らやっとマッサージ治療院を開いた顛末を描く「マッサージ療法士ロマン・バーマン」と、父親がかつてコーチをしていた重量挙げ選手との再会を描いた「世界で二番目に強い男」。
しかし、陰湿でなく、どこかカラッと晴朗であるところがこの短篇集の好さでしょう。
7篇の中で秀逸なのは、表題作の「ナターシャ」。
大叔父が再婚した相手の連れ子であるナターシャは、モスクワからやってきて新しい従妹としてマークの前に現れます。16歳のマークは、その未だ14歳のナターシャにのっけからセックスの面で翻弄され続けます。それはナターシャが性的に奔放だったというより、不安定な生活を強いられている彼女なりの抵抗だったような気がします。彼女の抱える哀切感もまた印象的。
マークにとってホロ苦いその恋の顛末には、ツルゲーネフ「はつ恋」を思い出させられます。
「ナターシャ」と並んで印象に残ったのは「タプカ」。ちょっとした不注意で隣人の愛犬を事故で死なせてしまった悔恨を描いた一篇。そのホロ苦さに惹かれます。
タプカ/マッサージ療法士ロマン・バーマン/世界で二番目に強い男/思い出を偲ぶ場でケダモノのように/ナターシャ/コインスキー/ミニヤン
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