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1.火山のふもとで 2.沈むフランシス 3.優雅なのかどうか、わからない 4.光の犬 5.泡 |
1. | |
「火山のふもとで」 ★★★ 読売文学賞 | |
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地味な作風だが評価の高い建築家=村井俊輔(70代半ば)の事務所に運よく入ることができた新人建築士の坂西徹。 何よりも魅力なのは、小説を読む喜び、そのストーリィの中に浸る楽しさが豊かに味わえること。 本作品がデビュー作というのは全くの驚き。小説を読む楽しさをじっくり味わいたいという方に、是非お薦めしたい逸品です。 |
2. | |
「沈むフランシス」 ★★ | |
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北海道を舞台にした男女の恋愛ストーリィ。 桂子の配達先のひとつである老女は、他所からこの地にやってきた桂子のことを旅人といい、旅人であるからこそ好きなように行動することができると語ります。 どうというストーリィとも言えないながら、ストーリィ全体を通じてかもし出される空気が快く、北海道の自然を噛みしめるような味わいがあります。そんなところは「火山のふもとで」に共通しています。 |
3. | |
「優雅なのかどうか、わからない」 ★★☆ | |
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主人公の岡田匡は40代後半、出版社勤務。妻と離婚し、井の頭公園近くの一軒家を借りて一人暮らしを始めます。 持ち主は米国に住む息子の元に引っ越したため鷹揚、さっそく主人公は自分にとって居心地の良い住まいへと改修を始めます。 会社の上司曰く、独身、収入面に不安なく、息子も米国で独り立ちしていて何の心配もいらない、「これを優雅と言わずしてなんと言う」と言われますが、果たしてそうなのかどうか。 奇しくも主人公、一年前に別れた元恋人の菅原佳奈と偶然に再会します。何と佳奈、主人公が住む借家から僅か5分程度の距離のところに、故郷から呼び寄せた父親と借家住まいを始めたばかりという。 しかし、その佳奈に父親の痴呆、介護問題が発生。佳奈は何かと主人公を頼るようになるのですが・・・・。 気遣う同居人もおらず、キッチン、書棚と住まいは自分の好みに合わせて居心地の良い家に整いつつある、そんな整然とした暮らしが語られる辺り、とても心地良いものがあります。 元恋人との関係も元通りになれば言うことはないのでしょうけれど、それは中々進まない。そう何もかもうまくいったらいくら小説といっても鼻白むところですが、どろどろした雰囲気は一切なく、この先どうなるのか、少々ミステリアスなところがむしろ楽しいくらいです。 端正な文章が何よりも魅力的。この文章に触れているだけで楽しい、嬉しい気分に浸ることができます。 主人公の生活は、題名にあるとおり「優雅なのかどうか」? 最初こそ意味が判らないと思った題名も、その問い掛けを紐解いていくような展開に、最後はその意味が得心できます。 <読書>という遊びを心から楽しめる味わいをもった一冊、お薦めです。 |
4. | |
「光の犬」 ★★☆ 河合隼雄物語賞 |
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北海道の田舎町=枝留(えだる)町に住むある家族を、三代 100年に亘って描いた物語。 ストーリィは50代になった添島始が、老いた両親と三人の叔母たちの面倒を見るため、大学を退職し妻と別居して、ひとり故郷に帰ろうとするところから始まります。 そこから回想と、家族一人一人の人生ドラマを以て描かれる力作長編。 ・信州の追分に生まれ、助産婦となり枝留にやって来て助産院を開き、孫の歩を取り上げる最後まで現役だった祖母=よね。 ・戦前に隆盛を極めた薄荷工場の役員だった祖父=眞蔵。 ・渓流釣りと北海道犬が趣味、生真面目だった父=眞二郎。 ・義姉妹に見下されつつ専業主婦として生きた母=登代子。 ・幼馴染の牧師の息子=一惟(いちい)と高校時代に恋仲となりながらも枝留を出て広い世界へと乗り出し、研究者の道を歩んだ長女=歩。 ・レコードから音楽に没頭したまま成長しながらも、結局は大学で研究者の道を進んだ長男=始。 ・夫婦に隣接する一軒家に住み続けた三人の叔母たち=一枝・恵美子・智世。 ・親が押し付ける牧師の道に反抗し家をでたものの、最後はそこへ戻る工藤一惟。 ストーリィは時代を追って順次描かれるのではなく、家族ひとりひとりの人生ドラマを不規則に描いていきます。 しかし、それがかえって一人一人の人生と、その生きた重みを感じさせる作りになっています。 題名は「光の犬」で、さも犬が重要な役割を果たすように思われますが、本書に登場する、添島家の飼い犬で四代に亘る北海道犬(初代イヨ、二代目エス、三代目ジロ、四代目ハル)は、ただそこにいる、というだけの存在。でもその北海道犬たちが添島一家に何かしらの安定を与えているのは紛れもない事実。 広大な北海道という土地、その土地で生きる家族の傍らに北海道犬が寄り添う姿は、至極当然の光景のように思えます。 ※本作からは、スコットランドから移住したカナダで生きる人々の姿を多く描いたアリステア・マクラウド作品を思い起こさせられます。「生きる」という重みを描いた点で、両者の作品には共通するところがあると思います。 |
5. | |
「 泡(あわ) 」 ★★ |
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高校2年になって学校へ行けなくなった薫。 夏休み、その薫が選んだのは、東京から遠く離れた砂里浜でジャズ喫茶を営む大叔父=佐内兼定の下で過ごすこと。 (※薫の両親は共に教師。砂里浜は温泉と海水浴の町) その兼定は、薫の祖父を長兄とする9人兄弟の六男で末っ子。敗戦後シベリアで5年に亘る虜囚生活を送った後ようやく帰国し得たものの、長兄たちに受け入れを拒絶されたという傷を持つ。 兼定の店で働く岡田重和は、ふらりと現れて居着いた人物、どのような過去が持つのかは全く不明。 そんな3人が一つ所に集まり、ひと夏を過ごす、青春風景。 薫だけでなく、兼定、そして岡田がそれぞれ抱えているものも、それとなく語られます。 人によって違いはあるのでしょうけれど、薫が学校で感じた息苦しさには共感できるところがあります。 自分を一つ形に押し込めようとする圧力から解放されたひと夏。 薫からは、息苦しさから逃れ、伸び伸びと息をすることができるようになった解放感を感じます。 夏が終わり帰京する薫の背に対し、短いながらもここ砂里浜の日々で見つけた自身の力を信じ、薫が新たな道に踏み出すことを祈る思いです。 |