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1.ソーネチカ 4.女が嘘をつくとき 5.子供時代 6.陽気なお葬式 7.緑の天幕 |
「ソーネチカ」 ★★☆ |
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2002年12月
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平凡で質素な一生ながら、幸福と感じる一生を送ったソーネチカを描いた現代ロシア小説。 朴訥な主人公像という点では、かつて愛読したロシア小説に通じるものを感じます。しかし、かつてのロシア小説のような土臭さはなく、すっきりとした気持ちよさがあります。まさに静謐、と言って良いでしょう。 主人公のソーネチカは、容貌もぱっとせず、極めて平凡な娘でしたが、本が好きで、読書さえしていれば幸福を感じていられる、という女性。そんなソーネチカが結婚した相手は、反体制派のため流刑の身にあるずっと年上の男性。 |
「それぞれの少女時代」 ★★ |
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2006年07月
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スターリン時代末期のソ連、子供から大人の女性へと変わっていく微妙な頃の少女達の姿を連作短篇風に描いた作品。
「少年が性に目覚めるころを扱った小説は世にたくさんあっても、少女の性となると、すぐれた文学的雛形まだあまり多くないのではなかろうか」というのが訳者の沼野さんの弁。 アルメニア人の双子・ガイカとヴィーカ、外交官の娘で優等生のアリョーナ、祖父が海軍大臣のマーシャ、ユダヤ人のリーリャ、貧しく劣等生のターニカ。 他人の子/捨て子/奇跡のような凄腕/その年の三月二日・・・・・・/風疹/かわいそうで幸せなターニカ |
「通訳ダニエル・シュタイン」 ★★★ |
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2008年8・9月
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ポーランド生まれのユダヤ人=ダニエル・シュタインは、ユダヤ人であることを隠してゲシュタポで通訳として働き、ナチスのゲットー襲撃から
300人のユダヤ人を脱走させて救う。そして自らも脱走した後、カトリックの神父となりイスラエルへ渡る。 本作品は、実在のユダヤ人カトリック神父をモデルにした長篇小説。 上下2巻にわたる大長篇ですが、漫然とダニエル・シュタインの生涯を語っていくのではなく、数多くの人の述懐、往復書簡、手記、日記、会話テープ等々をもって、時代も1950年代、60年代、80年代、現在と自在に前後して綴っていくという構成。 クレストブックスでの上下2巻というと、かなり読むのに重たいという気がしてしまいますが、上記構成のおかげで軽やかに、興味尽きず読み進むことができます。
ありとあらゆる小説の素材が盛り込まれている傑作長篇、頁数だけをとると長大な作品ですが、実際に読んだ印象は軽やかです。 ※ダニエル・シュタインのモデルとなったのは、オスヴァルト・ルフェイセン(1922−98)、キリスト教改宗後ブラザー・ダニエルと呼ばれた人物。正体を隠してゲシュタポで通訳を務めたことを初め、ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世と旧知の間だったことも含め、本書ダニエル・シュタインのエピソードの多くは、全て事実に基づくものだそうです。作者のウリツカヤ自身、92年に本人と会って人物に魅了されたとか。 |
「女が嘘をつくとき」 ★★ |
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2012年05月
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男がつく嘘は実利的だが、女がつく嘘はなんとまぁ・・・すぐバレるような他愛もない嘘をつく女性たちを描いた6篇。 導入部分の「序」が、本作品においては何とまぁ面白いことか。 ギリシア神話の英雄オデュッセウスとその妻ペネロペを取り上げて、男の巧妙な嘘つきに比べ、女の嘘の何と魅力的なことか、と作者はまず説くのです。 この序が実に面白く、本ストーリィへ向けて胸はワクワク、興味津々となるのですから、冒頭から作者の罠に嵌ってしまったようなものです。 6篇に共通して登場するのは、ジェーニャという気持ちが優しく、かつ理知的で能力も十分に高い女性。 ジェーニャは各篇でいつも主人公という訳ではありませんが、大なり小なり彼女が登場することで、一本の流れがしっかり出来上がっているというところが、実に巧妙。 当初、幼い息子と共に出かけた保有地で知り合ったアイリーンから聞いた波乱万丈の物語が全て嘘と知って動顛していたジェーニャが、年を経るに連れ、呆れたり、笑い出したりと、嘘と知った時の反応を変えていくのです。 女たちが嘘を語る物語と、それを聞く側の物語、その2つの流れがあるからこそ、本短篇集は実に愉しい。 嘘をつかれていたと知った時、若い頃のジェーニャのようにこちらが傷つくということもあるかもしれませんが、何故彼女たちは嘘をついたのか。それらの嘘は相手を騙してどうこうというより、彼女たち自身を慰めるための嘘である、ということが次第に見えてきます。 何と可愛い嘘であることか、嘘つきであっても憎む気にはなれない。その典型例が「幸せなケース」でしょう。 最初は5篇だけで刊行されたのだそうです。しかし満足できず、「生きる術」を追加して漸くまとまりのある作品になった、とのこと。 まさにその通り、最後の「生きる術」がとても利いています。嘘に積極的な意味を見い出す篇。 本書は、著者の語りの上手さが光る短篇集です。 ディアナ/ユーラ兄さん/筋書きの終わり/自然現象/幸せなケース/生きる術 |
「子供時代」 ★★★ 原題:"CHILDHOOD FORTY NINE" 絵:ウラジーミル・リュバロフ、訳:沼野恭子 |
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時代設定は1945年、ソ連の頃。 子供の頃の忘れ難い断片的な記憶、という視点から子供時代を描いた短篇集。 収録6篇のいずれも、ごく細やかな物語です。 でもそこには、誰しも持つ子供時代の思い出に共通するものが感じられます。 もちろん具体的な出来事にこそ違いはあるでしょうけれど、本書に描き出す悲しさ、戸惑い、そして寂しさ、嬉しいという気持ちは、かつて子供だった頃に誰もが幾度も味わったことのある感情である筈。その意味で本書は、子供時代を描いた普遍的な短篇集と言えます。 僅か 120頁程、そのうえウラジーミル・リュバロフによる挿絵がふんだんに織り込まれていますから、まさに大人向けの絵本と言って良いような薄い一冊。でも、そこから溢れ出る思い、覚える感慨はとても深いものがあります。 実にお見事、珠玉の短篇集と言って過言ではありません。 収録作品の中では、何と言っても冒頭の「キャベツの奇跡」が素晴らしい。また「釘」も、とりわけ味わい深い一篇。 そして最後の「折り紙の勝利」は、それまでの5篇を総括する様な充足感を味わえて、とても嬉しい幕切れです。 極めて薄い一冊ですから、日頃外国小説を敬遠しがちな方も手を出しやすいのではないでしょうか。是非、お薦め! 序文/キャベツの奇跡/蝋でできたカモ/つぶやきおじいさん/釘/幸運なできごと/折り紙の勝利 |
「陽気なお葬式」 ★★☆ 原題:"FUNERAL PARTY" 訳:奈倉有里 |
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2016年02月
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1991年夏、猛暑のニューヨーク。 亡命ロシア人で画家のアーリクが死の床についていて、彼のアパートには彼と縁の深い人物たちが集まっている。 そこでは自然と、アーリクの、そして集まった人々それぞれの人生ドラマがさらりと回想されていきます。 「陽気なお葬式」という少々戸惑うような本書題名に引き摺られた訳では決してないのですが、本ストーリィから“死”がもたらす沈鬱な空気は感じません。むしろ不思議な浮揚感ある明るさ、カラッとした軽やかさえ感じてしまいます。 何しろ集まった知人・友人のうち5人の女性は、妻・元恋人・愛人+友人という具合で、元気だった頃のアーリクのお盛んぶりを感じさせられるのですから。 葬式というとつい沈鬱なものになってしまうのですが、時にはカラッとした気分で故人を見送る、ということもあっていいのではないかと思います。 それでも、最期にアーリクが企んだ仕業には全く意表を突かれました。ヤラレタ!と思わず笑い、朗らかな気持ちになってしまいそうです。 出版社紹介文には「不思議な祝祭感と幸福感に包まれる中篇小説」とありましたが、最後に至ったときその意味が実感として理解できました。 作者ウリンツカヤの上手さが光る一篇。お薦めです。 |
「緑の天幕」 ★★★ 原題:"Imago/the Big Green Tent" 訳:前田和泉 |
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2021年12月
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スターリン死去の1953年から亡命詩人ブロツキーが死んだ1996年まで、ソ連時代の40年余りを描いた 700頁余の大河小説。 主要登場人物となるのは、イリヤ、サーニャ、ミーハという3人の少年です。 その3人に相応するように、オーリャ、タマーラ、ガーリャという同世代の少女3人も主要登場人物の一翼を担います。 少年たちに大きな影響を与えたのが、文学の教師だったヴィクトル・ユーリェヴィチ・シェンゲリ。ロシア文学を愛する彼の影響を受け、少年たちも文学を愛する心を持つようになります。 そしてその結果は・・・というと、反ソ的な行動に繋がり、当局に睨まれるようになってしまう。 感動や人間的な共感を謳う文学に憧れを持てば、機械的なソ連国家の役人たちと対立してしまうのも当然のことでしょう。 本作では、そうと分かって行動するイリヤ、それ以上に善良な余りに睨まれてしまうミーハの辿った道が胸を打ちます。 本作で描かれるのは上記6人に留まりません。時間経緯を自在に前後しながら、この時代に生き、この時代を歴史に残した多くの人々の姿が描かれます。 そうした点、トルストイ「戦争と平和」を彷彿させます。同作について私は“青春小説&歴史小説”と考えているのですが、本作は“国家権力下の人生小説&歴史小説”という印象を受けます。 余りに大部な小説なので読了するのに4日間を費やしましたが、一人一人に視点を当てて描いているので、ストーリィ自体は読み易く、この時代を生きた人々の行動によってこのソ連時代のあり様を知った思います。 その中で、プーシキンやゴーゴリの作品、パステルナーク「ドクトル・ジバコ」、ソルジェニーツィン「収容所群島」の作品名が度々登場するのは、ロシア文学好きとしては嬉しい限り。 ※ロシア文学に共通する課題として、似たような名前、名前の変化に苦労させられるのは、いつものことです。念のため。 プロローグ/素晴らしき学校時代/新しい先生/地下の子供たち/<リュルス>/最後のパーティー/民族友好/緑の天幕/退役した恋/みんな孤児/アーサー王の結婚/小さめのブーツ/高い音域/同級生たち/引き網/頭の大きな天使/騎士像のある家/コーヒーのしみ/逃亡者/洪水/ハムレットの影/よいチケット/かわいそうなウサギ/片道切符/聾唖の悪魔たち/ミリューチン庭園/最前列に/勲章の付いたズボン/イマーゴ/ロシア的な話/終わりよければ/エピローグ−美しい時代の終わり |