リュドミラ・ウリツカヤ作品のページ


Ludmila Ulitskaya  1943年生、モスクワ大学卒(遺伝子学専攻)。1992年発表した「ソーネチカ」にて一躍脚光を浴び、同作にて96年仏メディシス賞および98年伊ジュゼッペ・アツェルビ賞、2001年「クコツキー家の人びと」にてロシア・ブッカー賞、「敬具シューリク拝」にて04年ロシア最優秀小説賞および08年イタリアのグリンザーネ・カヴール賞、「通訳ダニエル・シュタイン」にて07年ボリシャヤ・クニーガ賞および08年ドイツのアレクサンドル・メーニ賞、11年シモーヌ・ド・ボーヴォワール賞を受賞。


1.
ソーネチカ

2.それぞれの少女時代

3.通訳ダニエル・シュタイン

4.女が嘘をつくとき

5.子供時代

6.陽気なお葬式

 


 

1.

●「ソーネチカ」● ★★
 原題:"SONECHKA" 
    訳:沼野恭子


ソーネチカ画像

1997年発表

2002年12月
新潮社刊

(1600円+税)


2003/02/14

 

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平凡で質素な一生ながら、幸福と感じる一生を送ったソーネチカを描いた現代ロシア小説。
朴訥な主人公像という点では、かつて愛読したロシア小説に通じるものを感じます。しかし、かつてのロシア小説のような土臭さはなく、すっきりとした気持ちよさがあります。まさに静謐、と言って良いでしょう。

主人公のソーネチカは、容貌もぱっとせず、極めて平凡な娘でしたが、本が好きで、読書さえしていれば幸福を感じていられる、という女性。そんなソーネチカが結婚した相手は、反体制派のため流刑の身にあるずっと年上の男性。
そんな相手ですから、生活は貧しいというに近い。そして、一人娘はソーネチカに似ず、成長すると家を出て奔放な生活に走ります。そのうえ夫は、ソーネチカを裏切るようなことをする。それでもなお、ソーネチカは夫とその愛人に感謝し、幸福を感じて揺らぐことがありません。
そんな状況にありながら、何故ソーネチカは自分を幸福に感じることができるのか。
ひとつは、読書によって至福を味わうことのできるソーネチカには、それ以外のことを寛容に受け入れる余裕があるのでしょう。また、足りることを知っているが故の幸せ、とも感じます。
そんなソーネチカの姿に、感銘を覚えます。
祝福されるべき新鮮な女性像と言えるでしょう。

     

2.

●「それぞれの少女時代」● ★★
 原題:"DEVOCHKI" 
    訳:沼野恭子


それぞれの少女時代画像

2000年発表

2006年07月
群像社刊

(1800円+税)

 

2006/10/01

スターリン時代末期のソ連、子供から大人の女性へと変わっていく微妙な頃の少女達の姿を連作短篇風に描いた作品。

「少年が性に目覚めるころを扱った小説は世にたくさんあっても、少女の性となると、すぐれた文学的雛形まだあまり多くないのではなかろうか」というのが訳者の沼野さんの弁。
その適否はともかくとして、この短篇集は実に上手い!

アルメニア人の双子・ガイカヴィーカ、外交官の娘で優等生のアリョーナ、祖父が海軍大臣のマーシャ、ユダヤ人のリーリャ、貧しく劣等生のターニカ
一口に“少女”といっても、彼女たちの性格、行動は実にいろいろ。自分勝手な横暴さを双子の姉にふるまってみたり、人形をまだ可愛がる幼さを見せる一方で、好奇心旺盛、したたか、そのうえ猥雑だったりもする。
そんな一人一人の姿を、どれも生き生きと描き出したウリツカヤの筆の冴えは見事としか言えません。
ロシアやヨーロッパ諸国で作者の評判が高いというのも当然、と感じます。
それにしても「風疹」で彼女たちの騒ぎに呆れていたら、とんでもないことまで仕出かして平然としているわ、「かわいそうで幸せなターニカ」では慕っている女教師に花を贈るため平然と自分を犠牲にするわ・・・・。
前者でのけぞっていたら、後者ではもっとのけぞることになってしまいました。
少女たちって、ホント?、こんな風なのでしょうか。
それぐらい、本書に描かれる少女たちは実に生き生きとしているのです。そこが本書の魅力。

他人の子/捨て子/奇跡のような凄腕/その年の三月二日・・・・・・/風疹/かわいそうで幸せなターニカ

     

3.

●「通訳ダニエル・シュタイン」● ★★★
 原題:"DANIEL STEIN,TRANSLATOR" 
      訳:前田和泉


通訳ダニエル・シュタイン画像

2006年発表

2008年8・9月
新潮社刊
上下
(2000円+税)
(2200円+税)

 

2009/09/26
2009/10/29

  

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ポーランド生まれのユダヤ人=ダニエル・シュタインは、ユダヤ人であることを隠してゲシュタポで通訳として働き、ナチスのゲットー襲撃から 300人のユダヤ人を脱走させて救う。そして自らも脱走した後、カトリックの神父となりイスラエルへ渡る。
本作品は、実在のユダヤ人カトリック神父をモデルにした長篇小説。

上下2巻にわたる大長篇ですが、漫然とダニエル・シュタインの生涯を語っていくのではなく、数多くの人の述懐、往復書簡、手記、日記、会話テープ等々をもって、時代も1950年代、60年代、80年代、現在と自在に前後して綴っていくという構成。
そうした構成があって、当時ポーランド等でのユダヤ人迫害によって苛酷な運命を送ることになった人々の姿や、ユダヤ人であるのにカトリック神父となりしかもイスラエルへ渡ったダニエル神父、戦後にダニエル神父と関わった人々の人生が、立体的に浮かび上がっていくという、素晴らしい作品になっています。

クレストブックスでの上下2巻というと、かなり読むのに重たいという気がしてしまいますが、上記構成のおかげで軽やかに、興味尽きず読み進むことができます。
本書に描かれているのは、多くの人々の苦難に満ちた人生。
子供を捨ててパルチザン運動に身を投じた人もいれば、その結果母親に捨てられたという思いをもって成長した娘もあり、修道院に受け入れられずイスラエルに渡って新たな人生を見い出した人もいます。
その他、ユダヤ人であるにもかかわらずキリスト教徒ということを通じて、ユダヤ教、キリスト教を比べて考える部分もあるといったように、本書ストーリィは国境を軽々と越えて実に多彩。
その多彩さが生きてくるのも、全てを淡々と、そして悠然と受け入れて躊躇することない、本書主人公ダニエル・シュタインという人物の魅力があってこそなのは言うまでもありません。
題名に「通訳」と冠されていますが、実際にダニエルが通訳の仕事を勤めたのは一時期のことに過ぎません。したがってその言葉の意味は、ダニエルが多くの人々の橋渡しをしてきたことを示していると解すべきでしょう。

ありとあらゆる小説の素材が盛り込まれている傑作長篇、頁数だけをとると長大な作品ですが、実際に読んだ印象は軽やかです。
是非お薦めしたい名作です。

※ダニエル・シュタインのモデルとなったのは、オスヴァルト・ルフェイセン(1922−98)、キリスト教改宗後ブラザー・ダニエルと呼ばれた人物。正体を隠してゲシュタポで通訳を務めたことを初め、ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世と旧知の間だったことも含め、本書ダニエル・シュタインのエピソードの多くは、全て事実に基づくものだそうです。作者のウリツカヤ自身、92年に本人と会って人物に魅了されたとか。

           

4.

●「女が嘘をつくとき」● ★★
 原題:"WOMEN'LIES" 
      訳:沼野恭子


女が嘘をつくとき画像

2008年発表

2012年05月
新潮社刊
(1800円+税)

  

2012/06/20

  

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男がつく嘘は実利的だが、女がつく嘘はなんとまぁ・・・すぐバレるような他愛もない嘘をつく女性たちを描いた6篇。

導入部分の
「序」が、本作品においては何とまぁ面白いことか。
ギリシア神話の英雄
オデュッセウスとその妻ペネロペを取り上げて、男の巧妙な嘘つきに比べ、女の嘘の何と魅力的なことか、と作者はまず説くのです。
この序が実に面白く、本ストーリィへ向けて胸はワクワク、興味津々となるのですから、冒頭から作者の罠に嵌ってしまったようなものです。

6篇に共通して登場するのは、
ジェーニャという気持ちが優しく、かつ理知的で能力も十分に高い女性。
ジェーニャは各篇でいつも主人公という訳ではありませんが、大なり小なり彼女が登場することで、一本の流れがしっかり出来上がっているというところが、実に巧妙。
当初、幼い息子と共に出かけた保有地で知り合ったアイリーンから聞いた波乱万丈の物語が全て嘘と知って動顛していたジェーニャが、年を経るに連れ、呆れたり、笑い出したりと、嘘と知った時の反応を変えていくのです。
女たちが嘘を語る物語と、それを聞く側の物語、その2つの流れがあるからこそ、本短篇集は実に愉しい。
嘘をつかれていたと知った時、若い頃のジェーニャのようにこちらが傷つくということもあるかもしれませんが、何故彼女たちは嘘をついたのか。それらの嘘は相手を騙してどうこうというより、彼女たち自身を慰めるための嘘である、ということが次第に見えてきます。
何と可愛い嘘であることか、嘘つきであっても憎む気にはなれない。その典型例が
「幸せなケース」でしょう。

最初は5篇だけで刊行されたのだそうです。しかし満足できず、「生きる術」を追加して漸くまとまりのある作品になった、とのこと。
まさにその通り、最後の
「生きる術」がとても利いています。嘘に積極的な意味を見い出す篇。
本書は、著者の語りの上手さが光る短篇集です。

 
ディアナ/ユーラ兄さん/筋書きの終わり/自然現象/幸せなケース/生きる術

      

5.
「子供時代」 ★★★
 原題:"CHILDHOOD FORTY NINE" 
 絵:ウラジーミル・リュバロフ、訳:沼野恭子


子供時代

2015年06月
新潮社刊

(1800円+税)

 


2015/07/22

 


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時代設定は1945年、ソ連の頃。
子供の頃の忘れ難い断片的な記憶、という視点から子供時代を描いた短篇集。

収録6篇のいずれも、ごく細やかな物語です。
でもそこには、誰しも持つ子供時代の思い出に共通するものが感じられます。
もちろん具体的な出来事にこそ違いはあるでしょうけれど、本書に描き出す悲しさ、戸惑い、そして寂しさ、嬉しいという気持ちは、かつて子供だった頃に誰もが幾度も味わったことのある感情である筈。その意味で本書は、子供時代を描いた普遍的な短篇集と言えます。

僅か 120頁程、そのうえ
ウラジーミル・リュバロフによる挿絵がふんだんに織り込まれていますから、まさに大人向けの絵本と言って良いような薄い一冊。でも、そこから溢れ出る思い、覚える感慨はとても深いものがあります。
実にお見事、珠玉の短篇集と言って過言ではありません。

収録作品の中では、何と言っても冒頭の
「キャベツの奇跡」が素晴らしい。また「釘」も、とりわけ味わい深い一篇。
そして最後の
「折り紙の勝利」は、それまでの5篇を総括する様な充足感を味わえて、とても嬉しい幕切れです。

極めて薄い一冊ですから、日頃外国小説を敬遠しがちな方も手を出しやすいのではないでしょうか。是非、お薦め!

序文/キャベツの奇跡/蝋でできたカモ/つぶやきおじいさん/釘/幸運なできごと/折り紙の勝利

          

6.
「陽気なお葬式」 ★★☆
 原題:"FUNERAL PARTY" 
     訳:奈倉有里


陽気なお葬式

2013年発表

2016年02月
新潮社刊

(1800円+税)


2016/03/23


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1991年夏、猛暑のニューヨーク。
亡命ロシア人で画家の
アーリクが死の床についていて、彼のアパートには彼と縁の深い人物たちが集まっている。
そこでは自然と、アーリクの、そして集まった人々それぞれの人生ドラマがさらりと回想されていきます。

「陽気なお葬式」という少々戸惑うような本書題名に引き摺られた訳では決してないのですが、本ストーリィから“死”がもたらす沈鬱な空気は感じません。むしろ不思議な浮揚感ある明るさ、カラッとした軽やかさえ感じてしまいます。
何しろ集まった知人・友人のうち5人の女性は、妻・元恋人・愛人+友人という具合で、元気だった頃のアーリクのお盛んぶりを感じさせられるのですから。

葬式というとつい沈鬱なものになってしまうのですが、時にはカラッとした気分で故人を見送る、ということもあっていいのではないかと思います。
それでも、最期にアーリクが企んだ仕業には全く意表を突かれました。ヤラレタ!と思わず笑い、朗らかな気持ちになってしまいそうです。

出版社紹介文には
「不思議な祝祭感と幸福感に包まれる中篇小説」とありましたが、最後に至ったときその意味が実感として理解できました。
作者ウリンツカヤの上手さが光る一篇。お薦めです。

 



新潮クレスト・ブックス

  

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