異種百人一首 新々百人一首

【概要】

作家丸谷才一氏が「『小倉百人一首』の向うを張つて和歌百首を選ん」だもの。和歌一首ごとに長短とりどりの評論が付いています。「はしがき」には、万葉重視の「アララギ」風和歌史観に対する拒否が表明され、「天皇家と藤原家の文藝としての王朝和歌の歴史を示したいと願つた」とその意図が説明されています。和歌百首の選出とその解説が、おのずから丸谷氏の思い描く王朝文学史を織り成しているようです。

撰歌範囲は、飛鳥時代の舒明天皇より室町時代の肖柏まで――すなわち和歌黎明期から応仁の乱による王朝文化崩潰の時代までが対象となっています。王朝和歌を担う二大支柱、「天皇家と藤原家」の歌人を中心としている点、本家の小倉百首を踏襲していると言ってよいでしょう(百人一首作者系図参照)。藤原氏歌人では御子左家の嫡流(俊成―定家―為家―為氏)と共に、道長・忠通・兼実・道家といった摂関家流も重んじられているようです。一方、歌を一首しか残していない二条后(藤原高子)や遊女祇寿を選んだり、仲正・有房のようなマイナーポエットを選んだりもしています。しかしこれら意表を突いたかのような人撰・歌撰も、定家が彼の百首に陽成院や源兼昌の作を選び入れた顰みに倣ったものと言えるかも知れません。因みに小倉百首とは55人の歌人が一致しています。

勅撰集別に見ると新古今集の13首が最も多く、次いで千載集の7首。55番の清輔から80番の宮内卿までが千載・新古今時代の歌人にあたり、全体の四分の一をこの時代で占めていることになります。かたや古今集からの採録は5首のみで、古今時代の歌人は8番小野篁から19番伊勢までの12人に過ぎません。この点は、比較を絶して古今集を尊んだ(100首中24首)小倉百首と際立った違いを見せています。

なお、下のテキストは「時代順目次」に拠ったものですが、『新々百人一首』本文は勅撰集に倣った造り――四季・賀・哀傷・旅・離別・恋・雑…といった排列――になっています。勅撰和歌集を日本文学の心髄として重視する著者の姿勢はこうしたところにも打ち出されているのでしょう。貫之の春歌に始まり、紫式部の神祇歌で閉じるという味な構成です。春20首、夏10首、秋20首、冬10首といった具合に、バランスを考慮した配分で、恋歌がやたらと多い定家の撰より、その点ではより正統的・常識的と言えるかも知れません。

新々百人一首 表紙
『新々百人一首』新潮社刊

【例言】

平成十一年(1999年)六月三十日発行『新々百人一首』(新潮社刊)の「時代順目次」を底本として作成したテキストです。

仮名遣・用字は底本のままとしました。但しJIS第二水準までに含まれない漢字は、通用字で代用している場合があります。

歌の末尾に、〔 〕で括って出典の歌集名を記しました。勅撰集名は「集」「和歌集」を省略しています。

小倉百人一首と重出する歌人には、作者名の右に * のしるしを付しました。

【もくじ(10番ごと)】

◆01舒明天皇 ◆11光孝天皇 ◆21右近 ◆31藤原道綱母 ◆41清少納言 ◆51藤原基俊 ◆61源有房 ◆71藤原家隆 ◆81源実朝 ◆91永福門院


新々百人一首 丸谷才一撰


舒明天皇 
1 夕されば小倉の山に鳴く鹿は今宵は鳴かず寝ねにけらしも 〔万葉集〕

天智天皇 *
2 朝倉や木の丸殿にわがをれば名のりをしつつゆくはたが子ぞ 〔新古今〕

柿本人麻呂 *
3 をとめごが袖ふる山の瑞垣の久しき世より思ひそめてき 〔拾遺〕

山部赤人 *
4 旅にして妻恋すらしほととぎす神なび山にさ夜ふけて鳴く 〔後撰〕

市原王 
5 一つ松幾世かへぬる吹く風の声のすめるは年深きかも 〔玉葉〕

大伴家持 *
6 (ひさき)おふる川原の千鳥なくなへに妹がりゆけば月わたる見ゆ 〔続古今〕

猿丸大夫 *
7 ひぐらしの鳴きつるなへに日は暮れぬと思ふは山のかげにぞありける 〔古今〕

小野篁 *
8 思ひきや鄙のわかれに衰へてあまの縄たきいさりせむとは 〔古今〕

在原業平 *
9 君により思ひならひぬ世の中のひとはこれをや恋といふらむ 〔続古今〕

小野小町 *
10 うたた寝に恋しき人を見てしより夢てふものは頼みそめてき 〔古今〕

光孝天皇 *
11 君がせぬわが手枕は草なれや泪のつゆの夜な夜なぞおく 〔新古今〕

二条后 
12 雪のうちに春はきにけりうぐひすの氷れる泪いまやとくらむ 〔古今〕

菅原道真 *
13 道のべの朽木のやなぎ春くればあはれ昔としのばれぞする 〔新古今〕

紀友則 *
14 春がすみたなびく山の桜花みれどもあかぬ君にもあるかな 〔古今〕

壬生忠岑 *
15 夢よりもはかなきものは夏の夜のあかつきがたの別れなりけり 〔後撰〕

凡河内躬恒 *
16 さみだれに乱れてものを思ふ身は夏の夜をさへ明かしかねつる 〔新千載〕

紀貫之 *
17 み吉野の吉野の山の春がすみ立つを見る見るなほ雪ぞふる 〔風雅〕

藤原興風 *
18 み山よりおちくる水のいろ見てぞ秋は限りと思ひ知りぬる 〔後撰〕

伊勢 *
19 思ひ川たえずながるる水の泡のうたかた人にあはで消えめや 〔後撰〕

醍醐天皇 
20 みなそこに春やくるらんみよしのの吉野の川にかはづ鳴くなり 〔続後撰〕

右近 *
21 おほかたの秋の空だに悲しきに物思ひそふきのふけふかな 〔後撰〕

藤原忠房 
22 いそのかみふりにし恋の神さびてたたるに我はねぎぞかねつる 〔拾遺〕

中務 
23 初雁の旅の空なる声きけばわが身をおきてあはれとぞ思ふ 〔玉葉〕

源信明 
24 あたら夜の月と花とをおなじくはあはれ知れらん人に見せばや 〔後撰〕

藤原伊尹 *
25 つらかりし君にまさりて憂きものはおのが命の長きなりけり 〔拾遺〕

曾禰好忠 *
26 わがことはえも磐代の結び松ちとせは経ともとけじとぞ思ふ 〔拾遺〕

村上天皇 
27 思へどもなほあやしきは逢ふことのなかりし昔なに思ひけん 〔玉葉〕

斎宮女御 
28 世にふればまたも越えけり鈴鹿山むかしの今になるにやあるらん 〔拾遺〕

藤原元真 
29 すみよしの恋忘れ草たねたえてなき世にあへるわれぞ悲しき 〔新古今〕

平兼盛 *
30 見わたせば比良の高ねに雪消えて若菜つむべく野はなりにけり 〔続後撰〕

藤原道綱母 *
31 たれかこの数は定めしわれはただとへとぞ思ふ山吹の花 〔金葉三奏本〕

小大君 
32 七夕にかしつと思ひし逢ふことをその夜なき名の立ちにけるかな 〔千載〕

藤原道長 
33 草まくら旅のやどりの露けくははらふばかりの風も吹かなん 〔新千載〕

藤原公任 *
34 おぼつかなうるまの島の人なれやわが言の葉を知らぬ顔なる 〔千載〕

花山院 
35 宿ちかく花たちばなは掘り植ゑじ昔を恋ふるつまとなりけり 〔金葉三奏本〕

源重之 *
36 つくばやま端山繁山しげけれど思ひ入るには障らざりけり 〔新古今〕

赤染衛門 *
37 こぞの春ちりにし花は咲きにけりあはれ別れのかからましかば 〔詞花〕

能因 *
38 さらしなや姨捨山に旅寝して今宵の月をむかし見しかな 〔新勅撰〕

馬内侍 
39 かき曇れしぐるとならば神無月こころ空なる人やとまると 〔後拾遺〕

和泉式部 *
40 黒髪のみだれもしらず打伏せばまづかきやりし人ぞ恋しき 〔後拾遺〕

清少納言 *
41 われながらわが心をも知らずしてまた逢ひみじと誓ひけるかな 〔続後撰〕

紫式部 *
42 おいつ島しまもる神やいさむらん波もさわがぬわらはべの浦 〔歌枕名寄〕

相模 *
43 手もたゆくならす扇のおきどころ忘るばかりに秋風ぞ吹く 〔新古今〕

大弐三位 *
44 遥かなるもろこしまでもゆくものは秋の寝ざめの心なりけり 〔千載〕

藤原道雅 *
45 みちのくのをだえの橋やこれならん踏みみ踏まずみ心まどはす 〔後拾遺〕

源経信 *
46 山守よ斧の音たかくひびくなり峯のもみぢはよきて伐らせよ 〔金葉〕

津守国基
47 年ふれど老いもせずしてわかの浦に幾世になりぬ玉津島姫 〔津守国基集〕

大江匡房 *
48 春ふかみ玉野の原のはなれ駒やよひの草にまかせてぞ見る 〔夫木和歌抄〕

藤原公実
49 しをりしてゆく人もがな秋萩の花のみだれに道も知られず 〔続古今〕

源俊頼 *
50 あさましやこは何事のさまぞとよ恋せよとても生れざりけり 〔金葉〕

藤原基俊 *
51 夜をこめて鳴くうぐひすの声きけばうれしく竹を植ゑてけるかな 〔中古六歌仙〕

源仲正
52 よこはしる蘆間の蟹の雪ふればあなさむしとや急ぎかくるる 〔夫木和歌抄〕

藤原顕輔 *
53 さらぬだに寝ざめがちなる冬の夜をならの枯葉にあられふるなり 〔詞花〕

藤原忠通 *
54 限りなくうれしと思ふことよりもおろかの恋ぞなほまさりける 〔田多民治集〕

藤原清輔 *
55 かざこしを夕越えくればほととぎす麓の雲のそこに鳴くなり 〔千載〕

俊恵 *
56 花すすき茂みがなかをわけゆけば袂をこえて鶉たつなり 〔林葉集〕

藤原俊成 *
57 七夕のとわたる舟の梶の葉にいく秋かきつ露のたまづさ 〔新古今〕

西行 *
58 あらし吹く峯の木の葉にさそはれていづち浮かるる心なるらん 〔続拾遺〕

崇徳院 *
59 朝夕に花待つころは思ひ寝の夢のうちにぞ咲きはじめける 〔千載〕

待賢門院堀河 *
60 あふさかの関の杉むら霧こめて立ちども見えぬゆふかげの駒 〔新後拾遺〕

源有房
61 ますら男がさす(みてぐら)は苗代の水の水上まつるなるらん 〔有房集〕

顕昭
62 舟出する比良のみなとのあさごほり棹にくだくる音のさやけさ 〔続後拾遺〕

寂蓮 *
63 逢ふまでの思ひはことの数ならで別れぞ恋のはじめなりける 〔新後撰〕

二条院讃岐 *
64 なにはがた汀の蘆の霜がれてなだの捨舟あらはれにけり 〔続後拾遺〕

藤原隆信
65 ゆく春のあかぬなごりを眺めてもなほ曙やおもがはりせぬ 〔隆信朝臣集〕

平忠度
66 ささなみや志賀の都は荒れにしを昔ながらの山桜かな 〔千載〕

祇寿
67 難波江の春のなごりにたへぬかなあかぬ別れはいつもせしかど 〔万代集〕

藤原兼実
68 桜咲くたかねに風やわたるらん雲たちさわぐ小初瀬の山 〔玉葉〕

鴨長明
69 山おろしに散るもみぢ葉やつもるらん谷のかけひの音よわるなり 〔拾遺風体和歌集〕

慈円 *
70 旅の世にまた旅寝して草まくら夢のうちにも夢を見るかな 〔千載〕

藤原家隆 *
71 秋風に野原のすすき折り敷きて庵あり顔に月を見るかな 〔雲葉和歌集〕

式子内親王 *
77 わが恋は知る人もなしせく床の泪もらすなつげの小枕 〔新古今〕

藤原定家 *
73 駒とめて袖うちはらふかげもなし佐野のわたりの雪の夕ぐれ 〔新古今〕

藤原良経 *
74 昔たれかかる桜の花を植ゑて吉野を春の山となしけん 〔新勅撰〕

藤原雅経 *
75 移りゆく雲にあらしの声すなり散るかまさきのかづらきの山 〔新古今〕

藤原公経 *
76 いかばかり昔を遠くへだてきぬそのかみ山にかかる白雲 〔続拾遺〕

藤原俊成女
77 隔てゆくよよの面影かきくらし雪とふりぬる年のくれかな 〔新古今〕

藤原信実
78 むろの海や瀬戸の早舟なみたてて片帆にかくる風のすずしさ 〔拾遺風体和歌集〕

後鳥羽院 *
79 わたつうみの波の花をば染めかねて八十島とほく雲ぞしぐるる 〔後鳥羽院御集〕

宮内卿
80 片枝さすをふの浦梨初秋になりもならずも風ぞ身にしむ 〔新古今〕

源実朝 *
81 いつもかく寂しきものか葦の屋に焚きすさびたるあまのもしほ火 〔金槐集〕

藤原家良
82 朝ぼらけ浜名の橋はとだえして霞をわたる春の旅人 〔続後撰〕

藤原道家
83 夏の夜はもの思ふ人の宿ごとにあらはに燃えてとぶ蛍かな 〔現存和歌六帖〕

順徳院 *
84 蝉の羽のうすくれなゐの遅ざくら折るとはすれど花もたまらず 〔拾遺風体和歌集〕

藤原為家
85 くちなしの一しほ染のうす紅葉いはでの山はさぞしぐるらん 〔続古今〕

藤原為氏
86 人とはば見ずとやいはむ玉津島かすむ入江の春のあけぼの 〔続後撰〕

後嵯峨院
87 暮れてゆく春の手向けやこれならんけふこそ花は幣とちりけれ 〔新後撰〕

藤原為兼
88 庭の虫はなきとまりぬる雨の夜の壁に音するきりぎりすかな 〔風雅〕

藤原為相
89 山里は窓のうちまでかすむ夜に月の色なる春のともしび 〔六花和歌集〕

伏見院
90 咲きそむる梅ひとえだの匂ひより心によもの春ぞみちぬる 〔伏見院御集〕

永福門院
91 うれしとも一かたにやはながめらるる待つ夜にむかふ夕ぐれの空 〔風雅〕

贈従三位為子
92 もの思へばはかなき筆のすさびにも心に似たることぞ書かるる 〔玉葉〕

後深草院二条
93 ひとりのみ片敷きかぬる袂には月の光ぞ宿りかさぬる 〔とはずがたり〕

頓阿
94 のちの世にこの世をかへて捨てしよりなかなか市のなかも厭はず 〔続草庵和歌集〕

藤原為明
95 うたた寝のとこよをかけて匂ふなり夢の枕の軒のたちばな 〔新続古今〕

光厳院
96 春の夜の驚く夢はあともなし閨もる月に梅が香ぞする 〔新千載〕

正徹
97 沖津かぜ西吹く浪ぞ色かはる海の都も秋や立つらん 〔草根集〕

心敬
98 世は色におとろへぞゆく天人の愁やくだる秋の夕ぐれ 〔心敬十体和歌〕

宗祇
99 これやそのわかれとかいふ文字ならん空にむなしき春のかりがね 〔宗祇法師集〕

肖柏
100 あやなくもたのむ夜くるし雨の音に心すむべき灯のもと 〔春夢草〕

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最終更新日:平成15年10月26日 thanks