源俊頼 みなもとのとしより(-しゅんらい) 天喜三頃〜大治四(1055-1129)

宇多源氏。大納言経信の三男。母は土佐守源貞亮の娘。一時期橘俊綱の養子となる。子に俊重(千載集に入集)・俊恵・祐盛がいる。
篳篥の才があり、はじめ堀河天皇近習の楽人となる。のち和歌の才も顕わし、堀河院歌壇の中心歌人として活躍。また藤原忠通顕季を中心としたサロンでも指導的な立場にあった。康和二年(1100)の源国信家歌合、長治元年(1104)の藤原俊忠家歌合など、多くの歌合で判者を務めた。ことに藤原基俊との二人判をおこなった元永元年(1118)の内大臣忠通家歌合は、好敵手と目された両者の歌観がぶつかり合い、注目される。
右近衛少将・左京権大夫などを経て、長治二年(1105)従四位上木工頭に至る。天永二年(1111)以後は散位。官人としては、大納言に至った父にくらべ、著しく不遇であった。晩年、出家。大治四年正月一日、卒。享年七十五と推定されている。
天治元年(1124)以前、白河院の命を受けて金葉集を編纂。大治元年(1126)頃にかけ、三度にわたり奏上する。大治三年(1128)頃、家集『散木奇歌集』十巻を自撰。また、関白藤原忠実の依頼により、その娘泰子(高陽院)のための作歌手引書として歌論書『俊頼髄脳』を著した。金葉集初出。勅撰入集は二百七首(金葉集は二奏本で計算)。金葉集・千載集で最多入集歌人。

以下には勅撰集所載歌と家集『散木奇歌集』より七十余首を抜萃した。『散木奇歌集』については主に『阿波本 散木奇歌集 本文・校異篇』関根慶子・大井洋子共著(風間書房)を参考にしたが、本文は他本に従った箇所もある。歌の分類法は『散木奇歌集』に倣った。

「散木奇歌集」 群書類従254(第15輯)、校註国歌大系13、私家集大成2、阿波本散木奇歌集 本文・校異篇(風間書房)、新編国歌大観7
「散木集注」 群書類従290(第16輯)

  12首  10首  15首  6首 祝・別離 4首
 悲歎・神祇 7首  11首  6首 計71首

春たちける日よみ侍りける

春のくるあしたの原をみわたせば霞もけふぞ立ちはじめける(千載1)

【通釈】春の来る朝、あしたの原を見わたすと、霞もまさに今日から立ち始めたのだった。

【語釈】◇あしたの原 大和国の歌枕。今の奈良県北葛城郡香芝町・王寺町あたり。「あした」には「朝」の意が掛かる。また「翌朝」の意もあるので、「けふ」と対になる面白さがある。◇立ち 「春がたつ」意を響かせる。

【補記】立春詠に相応しい温雅な詠みぶり。千載集の巻頭に俊頼の歌を置いたのは、選者藤原俊成のオマージュであろう。『散木奇歌集』では詞書「朝原霞をよめる」。

【他出】散木奇歌集、後葉集、古来風躰抄、沙石集、歌枕名寄

【参考歌】柿本人丸「和漢朗詠集」「人丸集」
明日からは若菜つませむ片岡のあしたの原は今日ぞ焼くめる
  伊勢「伊勢集」
片岡のあしたの原をうちみれば山ほととぎす今ぞなくなる

堀河院御時、百首歌たてまつりけるによめる

なみたてる松のしづ()をくもでにて霞みわたれる(あま)橋立(はしだて)(詞花274)

【通釈】並び立つ松の下枝を蜘蛛手として、霞の中に渡された天の橋立よ。

天の橋立
天の橋立 京都府宮津市

【語釈】◇なみたてる 「並み立てる」(一列に並び立つ意)、「波立てる」(下枝にまで波が立つ意)の掛詞。◇くもで 蜘蛛手。橋柱の支えとして筋交いに打ちつけた材。

【補記】天の橋立を橋に見立て、松並木の下枝を橋柱を支える材に見立てた。長治二年(1105)から同三年の間に奏覧されたと見られる堀河百首の一首で、題は「霞」。詞花集では名所を詠んだ春歌として雑部に載せる。

【他出】堀河百首、金葉集初度本、散木奇歌集、後葉集、袖中抄、中古六歌仙、歌枕名寄、六華集、歌林良材

皇后宮にて人々歌つかうまつりけるに、雨中鶯といへることをよめる

春雨はふりしむれども鶯の声はしほれぬものにぞありける(金葉16)

【通釈】春雨は浸み透るように降るけれども、鶯の声は湿って弱々しくなるものではないのだった。

【語釈】◇ふりしむれども 「ふりしむ」は「降って浸み透らせる」の意。◇しほれぬ 「しほる」は「濡れて弱る」意。草木などが撓む意の「しをる」と同源らしく、歴史的仮名遣としては「しをる」が正しいようである。しかし王朝和歌では「しほる」と書くのが普通であった。

【補記】知的な面白みと感覚的な繊細さを兼ね備え、古今集を継承する歌風と言える。こうした歌風も、俊頼の、そして彼が編集した金葉集の主要な一面であった。

【主な派生歌】
吉野山花の香まどふ朝霧にしをれもはてぬ鶯のこゑ(加納諸平)
朝曇りおぼつかなくも降る雨に独りしをれぬ鶯のこゑ(幽真)

宇治前太政大臣家歌合によめる

山桜咲きそめしより久かたの雲ゐに見ゆる滝のしら糸(金葉50)

【通釈】山桜が咲き始めてからというもの、空に眺められる滝の白糸よ。

【語釈】◇宇治前太政大臣家歌合 「高陽院七番歌合」等とも呼ばれ、寛治八年(1094)八月十九日、前関白藤原師実が自邸高陽院において主催した晴儀歌合。判者は作者の父、源経信。掲出歌は七番右持。◇久かたの 「雲」の枕詞◇雲ゐに見ゆる滝のしら糸 空に眺められる瀑布。山の斜面を覆い尽くす山桜を、空から流れ落ちる滝に見立てている。

【補記】歌合の判者経信は「きららかによまれたる」と賛辞を呈している。古今集の「見立て」の技法を引き継ぎ、より幻想的、いっそう艶麗、ひときわ印象鮮明な作風へと抜け出た傑作。

【他出】高陽院七番歌合、散木奇歌集、中古六歌仙、古来風躰抄、定家八代抄、詠歌大概、近代秀歌、八代集秀逸、時代不同歌合、百人秀歌、詠歌一体、三五記、井蛙抄

【主な派生歌】
花なれや山の高ねの雲居より春のみおとす滝の白糸(九条良経)
那智の山雲井にみゆる岩ねより千尋にかかる滝のしら糸(九条道家)
桜花咲きそめしより高砂の尾上に雲のたたぬ日ぞなき(衣笠家良)
山桜咲きそめしよりかづらきや霞ににほふ峰のしら雲(飛鳥井雅有)
桜花咲きそめしより白雲もい行きはばかるみ吉野の山(賀茂季鷹)

題しらず

桜花咲きぬる時はみ吉野の山のかひより波ぞこえける(新後拾遺82)

【通釈】吉野山に桜の花が咲いた時には、山峡から白波が押し寄せてくるのだなあ。

【補記】長治二年(1105)から同三年の間に奏覧されたと見られる堀河百首の一首。前歌「山桜…」の技法を踏まえている。

【参考歌】紀貫之「古今集」
桜花咲きにけらしもあしひきの山のかひより見ゆる白雲

【主な派生歌】
桜花さきぬるころは山ながら石間ゆくてふ水の白浪(藤原定家)

北山の辺にまかりて花見ありきて、やうやう暮れぬる程に、木のもとにて酒などたべけるついでに、かはしとりてよめる

我がこころ花の木ずゑに旅ゐして身のゆくへをも知らじとすらむ(散木奇歌集)

【通釈】私の心は花の梢から梢へ旅の宿りをとって、我が身がどこへ向かうのか、どうでも良いというつもりだろうか。

【補記】北山(京都北方の諸山の称)での花見の宴でやり取りした歌。

堀河院御時中宮御方にて風閑花香といへる事をつかうまつれる

梢には吹くとも見えで桜花かをるぞ風のしるしなりける(金葉59)

【通釈】梢は微動だにせず、風が吹いたとも見えないのに、桜の花の香があたりに漂う――それこそが風の吹いている証拠なのであったよ。

【補記】堀河天皇の中宮篤子内親王の御所で題を賜って詠んだ歌。

白川に花見にまかりてよめる

白川の春の木ずゑを見わたせば松こそ花のたえまなりけれ(詞花26)

【通釈】白川の春の梢を見渡すと、松の緑が花の絶え間を埋めているのだった。

【語釈】◇白川 京都東山の山裾から西方、鴨川辺までの地名。比叡山に発する白川の流域。◇松こそ花のたえま… 山桜の白が所々松の緑によって途切れている情景。花の白さと松の緑の対比。

【補記】地名「白川」に山桜の白を潜めた芸の細かさも見逃したくない。家集では詞書「大弐長実卿、白河の花見にとて、さそはれければ、まかりてよめる」。また第二句「こずゑの空を」。

【他出】散木奇歌集、中古六歌仙、古来風躰抄、歌枕名寄

【主な派生歌】
月影も秋のみそらの心地して夜こそ夏のたえまなりけれ(登蓮)
住吉の浜松がえのたえまよりほのかにみゆる花のゆふしで(藤原実定[続拾遺])
一しほのたえまの松もあをによき奈良の都の花桜かな(藤原家隆)
塩釜の浦の波風月冴えて松こそ雪のたえまなりけれ(藤原定家)
見わたせば松もまばらになりにけり遠山ざくら咲きにけらしも(*土御門院[続後撰])
見わたせば松のたえまに霞みけり遠里小野の花の白雲(式乾門院御匣[新後撰])
みどりなる外山の松のたえまよりあらはれてさく花桜かな(衣笠家良[新続古今])
みよし野や花の雪間を見渡せば緑はつかにまじる山松(本居大平)

桜花のちるを見てよめる

身にかへて惜しむにとまる花ならばけふや我が世のかぎりならまし(詞花42)

【通釈】我が身と引き換えにして惜しめば、散るのを思いとどまる花であるのなら、今日こそが私の人生の終りということになるよ。

【補記】家集では詞書「白川の花見にまかりたりけるに、ことの外にちるをみて、隆源阿闍梨にかけける」。

【参考歌】藤原長能「拾遺集」
身にかへてあやなく花を惜しむかな生けらば後の春もこそあれ

堀河院御時、百首歌のうち、帰雁のうたとてよめる

春くればたのむの雁もいまはとてかへる雲路に思ひたつなり(千載36)

【通釈】春が来たので、田の面にいた雁も、今はもうその時だと、帰りの雲路に思い立つようだ。

【語釈】◇たのむの雁 田の面の雁。◇思ひたつなり 「思ひたつ」は「そうしようと考えを起こす」意。「たつ」には「発つ」意が掛かろう。

【他出】散木奇歌集、中古六歌仙、定家八代抄、題林愚抄

【参考歌】「伊勢物語・第十段」
みよし野のたのむの雁もひたぶるに君が方にぞよると鳴くなる

【主な派生歌】
今はとてたのむの雁もうち侘びぬ朧月夜の曙の空(*寂蓮[新古今])

堀河院御時、御前にて雨中藤花といへる事をよめる

雨ふると藤のうら葉に袖ふれて花にしほるる我が身と思はむ(散木奇歌集)

藤の葉と花
藤の葉と花

【通釈】雨が降っているので、藤の先端の葉に袖を触れて、花によって濡れそぼつ我が身と思おう。

【語釈】◇うら葉 末葉。うれ葉とも。枝や茎の先端の葉。

【補記】新勅撰集では初句「雨ふれば」、第三句「袖かけて」。

【参考歌】「万葉集」東歌
春へ咲く藤のうら葉のうらやすにさ寝る夜ぞなき子ろをしもへば

梨の花さかりなりけるを見てよめる

桜あさの麻生(をふ)の浦波たちかへり見れどもあかぬ山梨の花(散木奇歌集)

【通釈】麻生の浦の浦波が寄せては返すように、繰り返し眺めても飽きることがない、山梨の花よ。

【語釈】◇桜あさの「をふ」の枕詞。「桜麻」は麻の一種。麻畑を意味する麻生(をふ)にかかり、同音の地名「をふの浦」を導く。万葉集には「櫻麻乃 苧原之下草」「櫻麻之 麻原乃下草」とある(現在の定訓はいずれも「さくらをの をふのしたくさ」)。◇麻生の浦 伊勢国の歌枕。

【補記】新古今集は「題しらず」、第四句「みれどもあかず」。『散木奇歌集』では春の部に入れるが、新古今集では雑歌に分類されている。

【他出】新古今集、定家十体(面白様)、歌枕名寄、三百六十首和歌、六華集、歌林良材

【本歌】作者不詳(伊勢歌)「古今集」
をふの浦に片枝さしおほひなる梨のなりもならずも寝てかたらはむ

百首歌中に卯花(うのはな)をよめる

卯の花も神のひもろきときてけりとぶさもたわに木綿(ゆふ)かけてみゆ(散木奇歌集)

【通釈】卯の花も神籬(ひもろき)を解いてしまったのだな。枝先もたわわに木綿(ゆう)を掛けているように見える。

卯の花(ウツギ)
卯の花

【語釈】◇ひもろき 神籬。神の降下を待つ所として作った物。庭などに注連縄を張り、中央に机を置いて榊を立て、木綿(ゆう)と四手を取り付けた。◇ときてけり 神籬をばらばらにしてしまった。卯の花が咲き乱れるさまを言う。「とくとは、神祭して、かの物等(引用者注:神祭の具)をとりちらすなり」(顕昭『散木集注』)。『六華集』では「とぢてけり」。◇とぶさ 木の末や枝葉の茂った先。万葉集巻十七に用例がある。◇木綿かけてみゆ 枝先に白い花が群がり咲いているのを、木綿をかけた様に喩える。

【他出】「ひもろき」「とぶさ」、共に万葉集に見える古語であるが、王朝和歌に用いるのは極めて珍しい。時に衒学的な詞遣いを好んだのも俊頼の特色の一つ。専門歌人としての知識を誇示したかったのではないだろうか。

【他出】堀河百首、和歌色葉、夫木和歌抄、六華集、題林愚抄

堀河院御時、百首歌たてまつりける時、五月雨のうたとてよめる

おぼつかないつか晴るべきわび人の思ふ心やさみだれの空(千載179)

【通釈】はっきりしないことよ。いつになったら晴れるのだろう。侘しく暮らす人の心が、さみだれの降る空になってあらわれるのだろうか。

【補記】初句・二句切れ。「わび人」はまず誰よりも作者自身を指す。堀河百首。

題しらず

あはれにもみさをにもゆる蛍かな声たてつべきこの世とおもふに(千載202)

【通釈】あわれにも一途に燃える蛍であるよ。泣き声をあげてしまうそうな辛いこの世だと思うにつけ。

【語釈】◇みさをに 一途に・われ関せずといった態度で。「みさを」は操・水棹の掛詞。川舟の棹に蛍がまとわりつく情景がオーバーラップする。

【補記】堀河百首。題は「蛍」。

【参考歌】源重之「後拾遺集」
音もせで思ひにもゆる蛍こそなく虫よりもあはれなりけれ

題しらず

あさりせし水のみさびにとぢられて菱の浮き葉にかはづ鳴くなり(千載203)

【通釈】餌を漁っていた池水の水渋に閉じ込められて、菱の浮き葉の上で蛙が鳴いている。

菱の浮葉
菱の浮葉

【語釈】◇みさび 溜り水の水面に浮いている錆のようなもの。◇菱の浮き葉 菱はヒシ科の一年草。水面に鋸歯状の葉を浮かべ、夏には白い花を咲かせる。

【補記】家集では詞書「中宮御堂にて人々歌よみけるに、かはづをよめる」。

【主な派生歌】
みさび江の菱のうき葉にかくろへて蛙鳴くなり夕立の空(藤原良経)
池水のひしのうき葉にとぢられて影みぬ岸の山吹の花(冷泉為尹)

水風晩涼といへることをよめる

風ふけば(はす)の浮き葉に玉こえて涼しくなりぬ日ぐらしの声(金葉145)

【通釈】風が吹くと、蓮の浮き葉の上を露の玉が過ぎてゆき、涼しくなった。あたかも蜩の声もして。

蓮の浮葉
蓮の浮葉

【語釈】◇蓮の浮き葉 蓮は夏、水の上に茎を高く伸ばすが、水面に浮いている葉もある。それを「浮き葉」と言った。◇玉こえて 露の玉が蓮の葉の上をころがり、葉のふちを越えて池に落ちる景。

【補記】夕立が降った後の景。家集には詞書「皇后宮権大夫師時の八条の家にて、水風晩涼といへる事をよめる」。

【他出】散木奇歌集、和歌一字抄、中古六歌仙、古来風躰抄、定家八代抄、六華集、了俊一子伝、落書露顕、題林愚抄

【主な派生歌】
夕されば蓮の浮き葉に風こえてうつしぞかふる露の白玉(俊恵)
御祓するいぐしのしでに風過ぎて涼しくなりぬ水無月の空(藤原隆信[続後撰])
蓮葉ににごらぬ露の玉こえてすずしくなりぬ水無月の影(後鳥羽院)

殿下にて夏夜の月をよめる

あぢさゐの花のよひらにもる月を影もさながらをる身ともがな(散木奇歌集)

【通釈】今宵、月の光はあじさいの繁みを洩れ、池の水面に四枚の花びらのように映っている。その影を、そのまま折り取ることができたらよいのに。

【語釈】◇殿下にて 関白忠通の邸に侍って。◇よひら 四ひら。四枚ずつ咲く紫陽花の花びらを言う。「宵」と掛詞。◇影 あじさいの花を漏れて、池の水面に映る月の光。

夏草をよめる

汐みてば野島が崎のさゆりばに波こす風のふかぬ日ぞなき(千載1045)

【通釈】潮が満ちると、野島が崎の百合を越えて波が寄せる――その波を起こす風の吹かない日とてない。

【語釈】◇野島が崎 万葉集由来の歌枕。中世の歌学書には近江とも淡路ともまた東国ともある。◇さゆりば 小百合葉。花も含めて言う。

【補記】家集には詞書「皇后宮権大夫師時の八条の家歌合に野風を」。源師時が八条の山荘で催した歌合で、「山家五番歌合」とも言う。

【他出】山家五番歌合、散木奇歌集、続詞花集、中古六歌仙、定家八代抄、歌枕名寄、井蛙抄

樹陰風来

日ざかりはあそびてゆかむ影もよし真野の萩はら風たちにけり(散木奇歌集)

【通釈】陽盛りの時は日陰で遊んでゆこう。ちょうど良い木陰がある。あたかも真野の萩原からは風が起こった。

【語釈】◇あそびてゆかむ 当時「あそぶ」と言えば、音楽を奏したり、舞を舞ったり、酒を飲んだりすること。◇真野 近江国の歌枕。真野川が琵琶湖に流れ込み、入江になったところ。

【補記】「遊びてゆかむ。影もよし。」と、二句・三句切れが弾んだような心持を伝える。夏の昼間のあふれる光、緑陰の涼しさ、歌枕真野(琵琶湖畔)の入江のひろがる情景など、言わずしてイメージが広がってくる。自由奔放な歌いぶりは俊頼の独擅場で、彼の特長が最も良く出た一首である。なお、『散木奇歌集』では夏の部に入っているので、萩の花はまだ咲いていないと考えるべきだろう。

【他出】和歌一字抄、袖中抄、夫木和歌抄、二言抄

【本歌】催馬楽「飛鳥井」
あすか井に やどりはすべし かげもよし みもひもさむし みまくさもよし
【参考歌】大伴四綱「万葉集」巻四
月夜よし川の音清けしいざここに行くも行かぬも遊びて行かな

二条関白の家にて、雨後野草といへる事をよめる

この里も夕立しけり浅茅生(あさぢふ)に露のすがらぬ草の葉もなし(金葉150)

【通釈】この里でも夕立が降ったのだ。浅茅生のどの草の葉にも露が縋り付いている。

【語釈】◇二条関白 藤原師通。◇浅茅生 浅茅の生える場所。浅茅は丈の低いチガヤ。

【主な派生歌】
朝まだき庭もまがきも野分して露おきあがる草の葉もなし(藤原有家)

雲隔遠望といへる心をよみ侍りける

とをちには夕立すらし久方の天のかぐ山雲がくれゆく(新古266)

【通釈】十市の里では夕立が降っているらしい。天の香具山が雲に隠れてゆく。

【語釈】◇とをち 十市。大和国の歌枕。今の奈良県橿原市十市(とおいち)町。後世「とほち(遠地)」と混同されたようである。

【補記】家集には詞書「右兵衛督伊通家にて、雲隔遠望といへる事を」。

【他出】続詞花集、和歌一字抄、中古六歌仙、題林愚抄、歌枕名寄

【参考歌】曾禰好忠「詞花集」
川上に夕立すらし水屑せくやなせのさ波たちさわぐなり

【主な派生歌】
あはぢしま夕立すらし住吉の浦のむかひにかかる村雲(藤原基家[続拾遺])
いましかも夕立すらし足びきの山のはかくす雲のひとむら(源顕氏[風雅])
今もかも夕立すらし舟木山野坂の西に雲のかかれる(宗尊親王)
矢田の野は夕立すらし吹く風のあらちの峰に雲さわぐなり(契沖)
けふもまた夕立すらし山のはのとほき梢の雲がくれゆく(小沢蘆庵)
さがみぢは夕立すらし久かたのあふりの嶺に雲ぞおほへる(橘千蔭)

晩風告秋

夕まぐれ恋しき風におどろけば荻の葉そよぐ秋にはあらずや(散木奇歌集)

【通釈】夕暮、恋しく思っていた風が吹き、はっとしていると、今はもう荻の葉がそよぐ秋ではないのか。

【参考歌】藤原敏行「古今集」
秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる

殿下にて野風といへる事をよめる

夕されば萩をみなへしなびかしてやさしの野べの風のけしきや(散木奇歌集)

【通釈】夕暮になると、萩や女郎花を靡かして、野を吹く風の優美なありさまであるよ。

【補記】保安二年(1121)九月十二日、藤原忠通主催の関白内大臣家歌合。歌合を記録したテキストは初句「けさみれば」とする。俊頼の好敵手であった藤原基俊の「たかまどの野ぢの篠原すゑさわぎそそや秋風けふ吹きぬなり」と合わされて負。自身判者であった基俊の評は「なびかしてといふ詞、いみじく異(け)なるさまなり、上句すこぶる力も無きやうなり」と手厳しい。「なびかして」が和歌に稀な句であることは間違いないが、「なびかし」は万葉集にも見える語で、「異(け)なるさま」とまで言うのはどうか。しらべは近世風にも感じられる歌謡調で、そこが珍しくもあり、「やさし」のさまである。

堀河院御時、百首歌たてまつりける時、よめる

さまざまに心ぞとまる宮城野の花のいろいろ虫のこゑごゑ(千載256)

【通釈】あれにこれにと、様々に心が惹かれる。宮城野の色とりどりの花、種々の虫の音よ。

【補記】宮城野は陸奥国の歌枕、萩の名所とされた。堀河百首、題は「野」。

【参考歌】よみ人しらず「拾遺集」
秋の野の花の色々とりすゑてわが衣手にうつしてしかな

【主な派生歌】
さまざまに心ぞとまるむら紅葉うすきもこきも下の青葉も(覚性法親王)
なにとなく心ぞとまる山のはに今年みそむる三か月のかげ(藤原定家[風雅])

野花留客といへる心をよめる

秋くれば宿にとまるを旅寝にて野辺こそつねのすみかなりけれ(千載257)

【通釈】秋になると、仮の宿りは旅寝であって、野辺こそが日頃の住み処なのであった。

【語釈】◇野花留客 野の花が旅人を留める。

【補記】様々な花が咲き乱れる野を逍遥して過ごす初秋の日々。その間は野辺が常宿になり、たまに家に帰って泊る方こそ旅寝である、ということ。

題しらず

なにとなく物ぞかなしき菅原やふしみの里の秋の夕ぐれ(千載260)

【通釈】何とはなしに物悲しい。菅原の伏見の里の秋の夕暮よ。

【語釈】◇菅原やふしみの里 大和国菅原の伏見の里。「臥し見」を掛けることが多い。

【他出】散木奇歌集、中古六歌仙、古来風躰抄、歌枕名寄

【参考歌】よみ人しらず「古今集」
いざここに我が世はへなむ菅原や伏見の里のあれまくもをし
  よみ人しらず「後撰集」
菅原や伏見の暮にみわたせば霞にまがふをはつせの山

堀河院御時、御前にて各題をさぐりて歌つかうまつりけるに、すすきをとりてつかまつれる

鶉鳴く真野の入江の浜風に尾花なみよる秋の夕暮(金葉239)

【通釈】鶉が鳴く真野の入江――そこから吹き寄せる浜風に、穂の出た薄が波のように寄せる、秋の夕暮よ。

【語釈】◇真野の入江 琵琶湖の西、真野川が湖に流れ込んで入江状になっていた。

【補記】「堀川院御時」、すなわち堀河天皇の在位した応徳三年(1086)から嘉承二年(1107)までの間に作られた歌。「各(おのおの)題をさぐりて」云々と言うのは、いわゆる「探題」、籖引きなどをして当たった題で歌を詠むこと。多くの秀歌選や歌学書に取り上げられた、俊頼の代表作の一つ。

【他出】散木奇歌集、中古六歌仙、古来風躰抄、無名抄、定家十体(麗様)、定家八代抄、後鳥羽院御口伝、近代秀歌、西行上人談抄、詠歌一体、歌枕名寄、夫木和歌抄、三五記、桐火桶、井蛙抄、落書露顕

【参考歌】輔仁親王「秋風集」「和漢兼作集」「新千載集」(掲出歌との先後関係は不明)
秋風に尾花なみよる我が宿ぞ山里よりも露けかりける

【主な派生歌】
難波潟あしの葉末に風ふきて蛍なみよる夕まぐれかな(登蓮)
浜風にいまや衣をうづらなく真野の入江の秋の夕暮(後鳥羽院)

権中納言俊忠かつらの家にて、水上月といへるこころをよみ侍りける

あすも()む野ぢの玉川はぎこえて色なる波に月やどりけり(千載281)

【通釈】明日も来よう、野路の玉川に。川岸の萩の枝を越えて寄せる波は、花の色に映えて美しい。しかも、その波には月の光さえ宿っていたのだ。

【語釈】◇野ぢの玉川 近江国の歌枕。滋賀県草津市野路町を流れていた小川。

【補記】家集には詞書「大弐長実の八条にて水上月といへる事をよめる」。

【他出】散木奇歌集、古来風躰抄、定家八代抄、詠歌大概、近代秀歌、歌枕名寄、三五記、桐火桶、井蛙抄、六華集

【主な派生歌】
うづらなく野ぢのたま川けふみれば萩こす波に秋風ぞふく(藤原家隆)
今ぞみる野ぢの玉川尋ねきて色なる浪の秋の夕ぐれ(宗尊親王)
紫の色なる波もくくるらし萩ちる頃ののぢの玉がは(宗良親王)
鷺あさる野ぢの玉川きてみればつばさ色なる萩が花ずり(木下長嘯子)
萩が枝の末はさざれに流れあひて波も花なる野路の玉川(上田秋成)

翫明月

吹く風にあたりの空をはらはせてひとりもあゆむ秋の月かな(散木奇歌集)

【通釈】吹く風に周囲の空を掃わせて、ひとり夜空を歩む秋の月よ。

【補記】夫木和歌抄は第二句「あたりの雲を」とする。第四句を「ひとりもあゆぶ」とする本もある。

【主な派生歌】
鹿の音はなほ遠き野に吹きすててひとり空行く秋の夕かぜ(藤原家隆)
あしびきの山のあらしに雲きえてひとり空ゆく秋の夜の月(九条教実[新勅撰])

八月十五夜明月の心をよめる

すみのぼる心や空をはらふらむ雲のちりゐぬ秋の夜の月(金葉188)

【通釈】澄んでのぼってゆく心が空を掃除するのだろうか。光を遮る塵ほどの雲もない、秋の夜の月よ。

【語釈】◇すみのぼる心 月を眺めるうちに、その光のように澄んで空へのぼってゆく心。◇雲のちりゐぬ 月光を遮る塵ほどの雲もない。「はらふ」「塵」は縁語。

【補記】家集では題詞「九月十三夜於前武衛泉亭詠閑見月副隔一夜恋和歌 并小序」とし、序文がつく。

堀河院御時、百首歌たてまつりける時、よめる

木枯しの雲ふきはらふ高嶺(たかね)よりさえても月のすみのぼるかな(千載276)

【通釈】木枯しが雲を吹き払う――そうして現れた高嶺から、冴え冴えと澄んで月が昇ることよ。

【補記】堀河百首、題は「月」。

【他出】堀河百首、金葉集三奏本、散木奇歌集、後葉集、中古六歌仙、定家八代抄

【主な派生歌】
ひさかたの雲ゐをはらふ木枯しにうたてもすめる夜はの月かな(藤原定家)

堀河院御時、百首歌たてまつりける時、擣衣のこころをよみ侍りける

松風の音だに秋はさびしきに衣うつなり玉川の里(千載340)

【通釈】松風の音だけでも秋は寂しいのに、そのうえ衣を擣つ響きも聞こえる。玉川の里よ。

【語釈】◇玉川 同名の地名は多いが、『歌枕名寄』は陸奥国の歌枕とする。

【他出】堀河百首、散木奇歌集、続詞花集、中古六歌仙、定家八代抄、西行上人談抄、歌枕名寄

【主な派生歌】
松風にたぐへてさびし玉川の里のをとめが衣うつ音(田安宗武)

堀河院御時、百首歌たてまつりける時よめる

秋の田に紅葉ちりける山里をこともおろかに思ひけるかな(千載378)

【通釈】秋、稲が実った田に紅葉が散っていた――あの山里のありさまを、なおざりに思っていたことよ。もっとよく眺めるべきだった。

【補記】「紅葉ちりける」の「ける」はいわゆる過去回想。田荘に滞在していた間、日頃目にしていた風景を、都に戻って思い出し、おのれの疎略を悔やんでいるのである。堀河百首、題は「田家」。

【他出】堀河百首、散木奇歌集、後葉集、中古六歌仙、定家八代抄、題林愚抄

障子の絵に、あれたる宿に紅葉ちりたる所をよめる

故郷はちる紅葉ばにうづもれて軒のしのぶに秋風ぞ吹く(新古533)

【通釈】荒れた田舎家は散る紅葉に埋もれて、軒端のしのぶに秋風が吹く。

ノキシノブ
軒のしのぶ(ノキシノブ)

【語釈】◇しのぶ ノキシノブなどシノブ科の羊歯植物。古家の軒端に生える。恋を堪え忍ぶ意を掛け、荒れた田舎家で恋人を待つ女の風情を匂わせる。

【補記】藤原定家は『近代秀歌』にこの歌を引用し、「これは幽玄に面影かすかにさびしきさま也」と評している。

【他出】散木奇歌集、続詞花集、中古六歌仙、定家八代抄、近代秀歌、愚見抄、桐火桶、三百六十首和歌、井蛙抄、六華集、題林愚抄

【主な派生歌】
いにしへを花橘にまかすれば軒のしのぶに風かよふなり(*式子内親王)

雲居寺結縁経の後宴に歌合し侍りけるに、九月尽のこころをよみ侍りける

明けぬともなほ秋風はおとづれて野べのけしきよ面がはりすな(千載384)

【通釈】夜が明けて暦の上では冬になってしまったとしても、なお秋風はおとずれて、野辺のありさまよ、変わらずにいてくれ。

【語釈】◇おとづれて 「音を立てる」「訪れる」両義。

秋の暮にきりぎりすのなくを聞きてよめる

なきかへせ秋におくるるきりぎりす暮れなば声のよわるのみかは(散木奇歌集)

【通釈】もう一度啼いてくれ。秋に置き去りにされる蟋蟀よ。今日の日が暮れて、秋が去ったなら、おまえの声が弱るだけですむだろうか。

【語釈】◇きりぎりす コオロギの古称。今言うキリギリスは昔は機織(はたおり)と呼ばれた。

【補記】命の終りが近づいた蟋蟀に呼びかける。永久四年(1116)の永久百首。

【主な派生歌】
虫の音のよわるのみかは過ぐる秋を惜しむ我が身ぞまづ消えぬべき(*近衛天皇[玉葉])

堀河院御時、百首歌たてまつりける時、初冬の心をよみ侍りける

いかばかり秋の名残をながめまし今朝は木の葉に嵐ふかずは(千載388)

【通釈】どれほど秋の名残を惜しみつつ眺めたことだろうか。今朝は、梢に残っていた木の葉に嵐が吹き付けなければ。

【語釈】◇ながめまし 「まし」は現実に反する仮定のもとで想像する心をあらわす助動詞。実際には嵐が吹いたので、秋の名残を堪能できなかったのである。

【補記】堀河百首。同百首・家集では第四・五句「けさは木の葉の時雨ふらずは」。

堀河院御時、百首歌たてまつりける時、時雨をよめる

木の葉のみ散るかと思ひし時雨には涙もたへぬものにぞありける(千載412)

【通釈】木の葉ばかりが散るかと思っていた時雨であるが、涙も堪えきれずにこぼれるものだったのだ。

【補記】「散るかと」などは当時の口語調を取り入れているか。堀河百首。

田上(たなかみ)のむかひの山つねよりも紅葉おもしろかりける夕ぐれによめる

しぐるれば夕くれなゐの花ころも誰がそめかけし(をち)のたかねぞ(散木奇歌集)

【通釈】時雨が降ったので、夕焼け色の美しい衣を誰が染めて掛けたのかと思う、遠くの高嶺であるよ。

【語釈】◇田上 近江国の歌枕。現大津市田上町。瀬田川東岸の山谷。俊頼の山荘があった。◇夕くれなゐ 「夕暮」「紅」を掛けて言う。夕方の赤く染まった空の色。

【参考歌】素性法師「古今集」
ぬししらぬ香こそにほへれ秋の野にたがぬぎかけし藤袴ぞも
  源道済「金葉集三奏本」「詞花集」
ふるさとの御垣の柳はるばるとたがそめかけし浅緑ぞも

深山落葉といへる心を

日暮るれば逢ふ人もなしまさきちる峰の嵐の音ばかりして(新古557)

【通釈】日が暮れてしまうと、山道ですれ違う人もいない。まさきが散る峰の嵐の音ばかりがして。

【語釈】◇まさき まさきのかずら。蔓性の植物。テイカカズラの古名かと言う。テイカカズラは常緑樹であるが、冬になると葉が赤みを帯びる。

【補記】「音ばかりして」なども当時の口語調か。三代集には見えない言い方である。家集、第四句「峰は嵐の」。

【他出】散木和歌集、和歌一字抄、定家十体(有心様)、詠歌一体、三五記、愚秘抄、愚見抄、桐火桶、六華集、落書露顕、東野州聞書、題林愚抄

【主な派生歌】
日暮るればあふ人もなしうつの山現もつらし夢はみえぬに(後鳥羽院)
日くれねどあふ人もなし山桜あたりは滝の音ばかりして(松永貞徳)

堀河院御時、百首歌たてまつりける時、鷹狩の心をよめる

夕まぐれ山かたつきて立つ鳥の羽音に鷹をあはせつるかな(千載423)

【通釈】夕暮、山の方に寄って飛び立つ鳥の羽音――その音のする方向にあわせて鷹を放ったのだ。

【補記】臨場感あふれる鷹狩詠。堀河百首異伝歌。内大臣藤原忠通が元永元年(1118)十月十三日、自邸で催した「内大臣家歌合」に後宴の歌として載る。

【参考歌】作者未詳「万葉集」
雪をおきて梅をなこひそあしひきの山かたづきて家居せる君
  藤原長家「後拾遺集」
とやかへる白斑の鷹のこゐをなみ雪げの空にあはせつるかな

京極前太政大臣の高陽院の家の歌合に、雪の歌とてよみ侍りける

雪ふれば谷のかけはしうづもれて梢ぞ冬の山路なりける(千載454)

【通釈】雪が積もったので、谷の桟(かけはし)が埋もれてしまい、冬の山道は梢の上を通ってゆくのだった。

【語釈】◇かけはし 急斜面に板などを渡して作った橋。

【補記】寛治八年(1094)八月十九日、藤原師実が自邸高陽院において主催した歌合。歌合本文は初句「ふる雪に」とする。

【他出】高陽院七番歌合、後葉集、続詞花集、夫木和歌抄、六華集、題林愚抄

京極の前太政大臣の高陽院の家の歌合に、祝ひの心をよみ侍りける

おちたぎつ八十(やそ)うぢ川のはやき瀬に岩こす波は千代の数かも(千載615)

【通釈】滾り落ちる宇治川の早瀬で、岩を越えてゆく波は次々と数知れず――それこそはあなたの千年の齢の数でありますよ。

【補記】寛治八年(1094)八月十九日、前関白藤原師実が自邸高陽院において催した晴儀歌合、「高陽院七番歌合」七番右持。定家は『近代秀歌』にこの歌を引用し、「これは秀哥の本躰と申すべきにや」と賞賛している。

【他出】高陽院七番歌合、散木奇歌集、定家八代抄、近代秀歌、歌枕名寄、井蛙抄

【参考歌】紀惟岳「古今集」
亀の尾の山の岩根をとめて落つる滝の白玉千世のかずかも

前斎宮、伊勢におはしましけるころ、石な取合せせさせ給ひけるに、祝の心をよめる

くもりなく豊さかのぼる朝日には君ぞつかへむ万代(よろづよ)までに(金葉333)

【通釈】曇りなく美しく輝きながら昇る朝日に、あなたはお仕えするでしょう、万代にわたって。

【語釈】◇前斎宮 白河天皇皇女、姰子。在任天仁元年(1108)〜保安四年(1123)。◇石な取合せ 小石を使った遊戯。◇豊さかのぼる 美しく輝きながら昇る。◇朝日には君ぞつかへむ 斎宮が天照大神に仕えることをいう。

【補記】家集では詞書「伊勢斎宮に侍りしころ、石な取りの石合せといふ事せさせ給ひけるに、ちいさき草子の石な取りの石のおほきなるをつくりて、十の石にひとつづつかき侍りける」。

別離

堀河院御時、百首歌たてまつりける時、別れの心をよみ侍りける

わするなよかへる山路にあとたえて日かずは雪のふりつもるとも(千載481)

【通釈】私のことを忘れるなよ。帰る山の山道が途絶えて、帰れない日数が雪の積もるように積もったとしても。

【語釈】◇かへる山路 越前国の歌枕「帰る山」に「帰る山路」の意を掛ける。

【補記】堀河百首。

【参考歌】藤原朝光「朝光集」「続後撰集」
ともすれば跡たえぬべき帰る山こしぢの雪はいさやつもるらむ

伊勢にくだりて侍りけるころ、顕季卿のもとにいひつかはしける

とへかしな玉串の葉にみがくれて(もず)の草ぐき目路(めぢ)ならずとも(続古今1759)

【通釈】春になると百舌は草にもぐり込んでしまうというが、そのように榊の葉に隠れて、私の姿があなたの目に見えなくなっても、私のことを忘れず、安否を尋ねてください。

【語釈】◇玉串(たまぐし)の葉 榊の葉。伊勢神宮の縁で、伊勢に下ることを「玉串の葉に身隠れて」と言った。◇鵙の草ぐき 「くき」は潜り込む意。百舌は春になると人里を離れ山の中へ入ってしまうが、古人は草叢の中に身を潜めていると考えたものらしい。但し藤原清輔著『奥義抄』には、男に家を問われた女が目印として「もずのゐたる草茎」を指したとの説話を伝えている。「或説には木の葉しげくなりて、しるしの草見えずといふ義もあれば、是はその心によめるにや」。

【他出】六条修理大夫集、散木奇歌集、奥義抄、袖中抄、近代秀歌、色葉和難集、沙石集、夫木和歌抄、六華集、歌林良材

【本歌】作者不詳「万葉集」
春されば百舌のくさぐき見えずとも我はみやらむ君があたりをば

悲歎

帥大納言、筑紫にてかくれ給ひにければ、夢などの心地してあさましさに、かかることは世のつねの事ぞかしなど思ひ慰むれど、それは旅の空にて、物おそろしさもそひ、人の心もかはりたるやうにて、われが身もたひらかにとつかんことも、ありがたかりぬべきやうにおぼえて、ほけすぐる程に、おのづから涙のひまにおぼえける事をわざとにはあらねど書きおきたる中に、きぬの色などかへける次によめる

墨染の衣を袖にかさぬれば目も共にきるものにぞありける(散木奇歌集)

【通釈】墨染の喪服を袖に重ねると、目も一緒になって霞むものなのであった。

【語釈】◇帥大納言 作者の父、経信。◇目もともにきる 喪服を着ると、目がそれと共に涙でかすむ。「きる」は「(喪服を)着る」「(涙で視界が)霧る」の掛詞。

【補記】父の経信が永長二年(1097)閏正月六日、筑紫の大宰府で死去した時、俊頼は四十三歳であったが、父に従って筑紫にいたらしい。茫然自失する俊頼であったが、「涙のひまに」書き置いた歌は六十余首。日記風の記述も見え、『散木奇歌集』に異彩を放つ歌群である。掲出歌はその冒頭、喪服に着替えた際の作。

はしりけるに、風夕はりして、帆柱折れなどして、騒ぎけるを見てよめる

今日もまた世をうみわたる帆柱の折れぬる舟の身をいかにせむ(散木奇歌集)

【通釈】今日もまた、この世を厭いつつ海を渡ってゆく、帆柱が折れてしまった舟――その舟のような我が身をどうすればよいのか。

【補記】父の亡くなった筑紫から、京へ帰る船中での詠。「夕はり」は不詳であるが、「風など夕方強くなる意か」とする説がある(岩波古典大系補注)。

【本歌】小野小町「後撰集」
海人のすむ浦こぐ舟のかぢをなみ世をうみわたる我ぞ悲しき

例ならぬ人の、舟にあるが苦しかると聞きて、そひ船にのせて移すを聞き

いとほしやまた憂きことをそひ舟にうつし心もなくなりにけり(散木奇歌集)

【通釈】見るに耐えないよ。また辛いことが加わって、病人を添い船に移すにつけ、みな正気も失くしてしまっている。

【語釈】◇例ならぬ人 病人。◇そひ船 親船に付き添う小船。◇憂き 「舟」の縁語である「浮き」の意が響く。◇うつし 移し・現しの掛詞。「うつし心」は「正気」「平常心」などの意。

【補記】これも筑紫から京へ向かう船中での詠。以下の二首も同じ。

むろには日ごろとどまりて、たまたま出てこぎゆく程に、なごろなほたかしとて、こぎもどるを見て

なごろには漕ぎもどりけりあはれ我が別れの道にこちもふかなむ(散木奇歌集)

【通釈】余波の中を漕ぎ戻るのだった。ああ、父との死別の道に、東風が吹いて押し返してほしい。

【語釈】◇むろ 室津。兵庫県揖保郡御津町。◇なごろ ナゴリの転。風が静まった後、そのなごりのように、なお立つ波。◇こちもふかなむ 「こち」は東風。いっそ筑紫の方まで舟を吹き戻してほしい、といった意味。

明石をすぎて、生田の森をすぐとて

死なばやと思ひあかしの浦を出ていく田の森をよそにこそみれ(散木奇歌集)

【通釈】いっそ死にたいと思いながら夜を明かし、明石の浦を出て、「生く」という生田の森をよそごとのように見て過ぎてゆくのだ。

【語釈】◇思ひあかし 地名「明石」に動詞「明かし」を掛ける。◇いく田 地名に「生く」意を掛ける。生田の森は生田神社。神戸市中央区三宮。

年こえにければよめる

あらぬ世にふる心ちして悲しきにまた年をさへへだてつるかな(散木奇歌集)

【通釈】この世に生きている心地もしないで悲しいところへ、さらに年を隔て、亡き人からいっそう遠ざかってしまったのだな。

【語釈】◇また年をさへ 死者との間にこの世とあの世を隔てているだけでなく、年をさえ隔ててしまった、ということ。

【補記】父の亡くなった年が明けて。玉葉集巻十七(雑歌四)に入集。詞書は「大納言経信みまかりてのち、としのくれに読み侍りける」。

神祇

一品宮、天王寺にまゐらせ給ひて、日ごろ御念仏せさせ給ひけるに、御ともの人々、住吉にまゐりて歌よみけるによめる

いくかへり花咲きぬらむ住吉の松も神代のものとこそきけ(金葉530)

【通釈】稀に咲く松の花が何度咲いたのだろう。住吉の松も神代から続くものと聞いている。

住吉大社
住吉大社境内

【補記】「一品宮」すなわち後三条天皇の皇女聡子内親王が天王寺に参籠していた時、供の人々が住吉神社に参って歌を詠んだ。その時の一首。

【ゆかりの地】住吉大社 大阪市住吉区。住吉三神と神功皇后を祀る。海に近く、かつては松の名所であった。古松はおおかた江戸時代に枯死してしまったというが、今も境内には多くの松が見られる。

堀河院御時、百首歌たてまつりける時、はじめの恋の心をよめる

難波江の藻にうづもるる玉がしはあらはれてだに人を恋ひばや(千載641)

【通釈】難波江の藻に埋もれている石が水面にあらわれるように、せめて思いをあらわして人を恋いたいものだ。

【語釈】◇玉がしは 玉堅磐。海中の岩。「玉かしはといふに二義あり。難波江のもにうづもれる石をいふ。又かしはの葉の丸(まろ)にて玉に似たるをいふ也。又玉かしはとはほむる詞なり」(『和歌色葉』)。

【補記】堀河百首、題は「初恋」。千載集巻十一恋歌一の巻頭を飾る。

【他出】散木奇歌集、古来風躰抄、定家八代抄、詠歌大概、近代秀歌、西行上人談抄、八代集秀逸、色葉和難集、歌枕名寄

【主な派生歌】
霜がれの蘆間にみゆるさざれ水あらはれてだに猶氷りつつ(藤原家隆)
玉がしはうづもれはつる難波江のもにあらはるる秋の夜の月(宮内卿)

堀河院御時、百首歌たてまつりける時、恋の心をよめる

麻手(あさで)ほす東乙女(あづまをとめ)萱筵(かやむしろ)しきしのびても過ぐす頃かな(千載789)

【通釈】麻の葉を干す東国の乙女が萱の筵にそれを敷きのべるように、私は恋心をじっと偲んで過ごしているこの頃であるよ。

【語釈】◇麻手 麻の葉。◇かやむしろ この句までが「しき」を導く序詞。◇しきしのびても 恋心をじっと忍んで。「しきしのぶ」は、下記万葉歌の第三句「布慕」をこのように訓んだことから生まれた歌語。「布暴」とする本もあり、現在では普通ヌノサラスと訓む。

【他出】堀河百首、散木奇歌集、月詣集、無名抄、定家八代抄、六華集

【本歌】常陸娘子「万葉集」
庭に立つ麻手刈り干ししきしのぶ東をみなを忘れ給ふな

【主な派生歌】
涙をや玉にぬかましあや莚をになるまでとしきしのびても(頓阿)
待つにうき契あやなしあやむしろこぬよの床に敷忍びても(冷泉為村)

国信卿家歌合に、夜はの恋の心をよめる

よとともに玉散る床の菅枕見せばや人に夜はのけしきを(金葉387)

【通釈】夜になると、常に変わらず涙の玉が散る、寝床の菅枕――見せたいものだ、あの人に、夜のありさまを。

【語釈】◇よとともに 「よ」は「世」「夜」いずれとも取れ、前者なら「世のある限り常に」、後者なら「夜になるとともに」の意になろう。

初会恋の心を

葦の屋のしづはた帯のかたむすび心やすくもうちとくるかな(新古1164)

【通釈】葦葺きの小屋で賤(しづ)の女(め)が織る、倭文織(しづおり)の帯の固結び――そのように固く鬱結していた心も、今宵は安らかに打ち解けることよ。

【語釈】◇しづはた帯 賤(しづ)の女(め)が織る、倭文織(しづおり)の帯。「しづ」は「賤(葦の屋に住む賤女)」「倭文」の掛詞。

【補記】上三句は序詞。題「初会恋」は、初めての夜を迎える際の恋心を詠む。

【他出】堀河百首、散木奇歌集、無名抄、定家八代抄、雲玉集

【参考歌】相模「後拾遺集」
もろともにいつかとくべき逢ふことのかたむすびなる夜はの下紐

【主な派生歌】
数ならぬしづはた帯のかなしきはかたむすびにも身をぞかけにし(肖柏)

旅の恋

したひくる恋の(やつこ)の旅にても身のくせなれや夕とどろきは(千載1192)

【通釈】私を慕ってどこまでも追って来る恋という従者の、旅にあっても沁みついた習性なのだろうか、夕方になると胸が高鳴るのは。

【語釈】◇恋の奴 下記万葉歌に由来する語。常に我が身を離れない恋心を従者に喩えている。◇夕とどろき 夕方、胸が騒がしく高鳴るような気分をいう。

【参考歌】作者不明「万葉集」
ますらをの聡き心も今は無し恋の奴に吾は死ぬべし
  穂積親王「万葉集」
家にありし櫃(ひつ)に鍵さし蔵めてし恋の奴のつかみかかりて

年をへたる恋といへる心をよみ侍りける

君恋ふとなるみの浦の浜楸(はまひさぎ)しをれてのみも年をふるかな(新古1085)

【通釈】あなたを恋する身となり、鳴海の浦の浜楸ではないが、涙に濡れてしおれてばかりで何年も経つことよ。

【語釈】◇なるみ 成る身・鳴海の掛詞。「なるみの浦」は尾張の国の歌枕。今の名古屋市緑区あたりにあった入江。

【本歌】作者不明「万葉集」
波の間ゆ見ゆる小島の浜ひさぎ久しくなりぬ君にあはずして

題しらず

これを見よ六田(むつだ)の淀にさでさしてしほれし(しづ)の麻衣かは(千載955)

【通釈】この袖を見て下さい。六田の淀に小網(さで)を使って濡れそぼった海人の麻衣でしょうか。そんなものとは比べ物になりません。

【語釈】◇六田の淀 大和国の歌枕。奈良県吉野郡吉野町。吉野川が砂泥地を形成する場所。◇さで 小網。魚をすくう手網の一種。

【補記】家集では詞書「皇后宮権大夫師時の八条の家にて歌合によめる」。源師時(1077-1136)の八条の山荘で催された「山家五番歌合」。

恋歌人々よみけるによめる

あさましやこは何事のさまぞとよ恋せよとても()まれざりけり(金葉515)

【通釈】情けない。これは何ごとのありさまなのか。恋をせよと命じられて生まれて来たわけでもないのだ。

【補記】家集では詞書「前兵衛佐顕仲の八条の泉家にて人々十首の歌よみけるに」。

【参考歌】和泉式部「金葉集」
あさましや剣の枝のたわむまでこは何の身のなれるなるらむ

寄花恋

わが恋ふる人ににほひの庭ざくら折れば心のゆきもするかな(散木奇歌集)

【通釈】私の恋する人と同じ香のする庭桜よ。手折れば気が晴れもするのだろうか。

【語釈】◇こころのゆきもするかな 「こころゆく」は満足する・気が晴れる意。

俊忠卿家にて恋歌十首人々よみけるに、頓来不留といへることをよめる

思ひ草葉末にむすぶ白露のたまたま来ては手にもたまらず(金葉416)

【通釈】人を思うという名の思い草。その葉末には涙のような白露が結ぶと言うが、私も涙を溜めてあなたを待っていたのだ。それなのに、あなたは白露の「玉」よろしく、「たまたま」来ては、私の手に抱かれることもなく帰ってしまう。まるで、白露が手にもたまることなくこぼれ落ちてしまうように。

【語釈】◇思ひ草 花や葉が項垂れ、物思いに耽っているように見える草のことであろう。ナンバンギセル・リンドウ・露草・女郎花など諸説ある。ナンバンギセルの葉はほとんど地上に出ないので、この「思ひ草」についてはナンバンギセル説は当たらないだろう。

【補記】家集は詞書「くれども不留」。第五句「手にもかからず」とする本もある。

【他出】散木奇歌集、和歌一字抄、中古六歌仙、宝物集、無名抄、詠歌大概、近代秀歌、八代集秀逸、時代不同歌合、桐火桶、井蛙抄、題林愚抄

【主な派生歌】
すまの海士の袖にふきこす汐風のなるとはすれど手にもたまらず(藤原定家[新古今])
天の河水かけ草の露のまにたまたま来ても明けぬ此夜は(藤原道家[続後撰])
時鳥きなけとぞ思ふおもひ草葉末にむすぶ露のまなりと(松永貞徳)
故郷にたまたま来つる我を見てこぼれかかれる庭のしら露(香川景樹)

権中納言俊忠家に恋十首歌よみ侍りける時、祈れども逢はざる恋といへる心をよめる

憂かりける人を初瀬の山おろしよはげしかれとは祈らぬものを(千載708)

【通釈】つれなかった人を私の方になびかしてくれと観音様に祈ったのだが、初瀬の山颪よ、ただ激しく吹けと祈ったわけではないぞ。あの人はおまえのように、いっそう私につらくあたるばかりではないか。

【語釈】◇初瀬 奈良県桜井市初瀬。長谷寺がある。名高い十一面観音は、恋の成就にも効験があるとされた。◇はげしかれとは 恋人の態度が険しくなれとは。「山おろし」の縁で、恋人のつれなさを「はげし」と言っている。

【補記】権中納言俊忠は藤原俊成の父。その二条の家で催された歌会での作。恋の成就を祈った長谷観音のある山から吹き下ろす嵐に向かって訴えるという特異な趣向。定家は『近代秀歌』で掲出歌と「とへかしな玉串の…」の歌につき「これは心ふかく、詞心に任せて、学ぶともいひつづけがたく、まことに及ぶまじき姿也」と絶賛している。

【他出】散木奇歌集、定家十体(面白様)、定家八代抄、後鳥羽院御口伝、詠歌大概、近代秀歌、八代集秀逸、時代不同歌合、百人一首、詠歌一体、歌枕名寄、三五記、井蛙抄、六華集、題林愚抄

【主な派生詩歌】
年もへぬ祈る契りははつせ山をのへの鐘のよその夕暮(*藤原定家[新古今])
けふこそは秋のはつせの山颪にすずしくひびく鐘の音かな(藤原定家)
を初瀬の太山おろしのはげしさを猶身にしめて月やみるらむ(藤原為家)
冬もきぬさこそはげしくしぐるらめ哀はつせの山おろしの風(宗尊親王)
けふといへば入相の鐘に木の葉ふり秋ぞはつせの山おろしの風(宗良親王)
初瀬路や末吹きよわる山颪はげしかりしぞ今は恋しき(正徹)
うかりける我がみの程にはつせぢのくるしかれとて祈りやはせし(堯孝)
よしやふけ月に初瀬の山おろしはげしからずは嶺のうき雲(正広)
うかりけり祈るかひなく散る花の春もはつせの山颪のかぜ(松永貞徳)
うかりける秋よりもけに淋しきは冬のはつせの山おろしの風(松平定信)
うかれける人や初瀬の山桜(芭蕉)

述懐百首歌よみ侍りけるに夢

ささがにのいとかかりける身のほどを思へば夢の心ちこそすれ(新古1816)

【通釈】蜘蛛の巣が掛かるほど古ぼけてしまった身の程を思うと、夢のような気がするよ。

【語釈】◇ささがにの 「いと」の枕詞◇いと 「蜘蛛の糸」と「いと」(非常に、の意)の掛詞。蜘蛛の巣が掛かるほど古ぼけてしまった、の意を含む。

【補記】家集では題を「夢」とする。

天王寺へまうで侍りけるに、長柄にて、ここなん橋の跡と申すを聞きて、よみ侍りける

ゆく末を思へばかなし津の国のながらの橋も名はのこりけり(千載1030)

【通釈】私の行末を思うと切ない。津の国の長柄の橋も名は残っているのだ。

【語釈】◇ながらの橋 摂津国の歌枕。淀川の河口付近に架けられていた橋らしい。たびたび壊れて架け替えられたようで、朽ち果てた様子や橋柱のみ残っている様などがよく歌に詠まれた。また「永らえ」と音が重なることもあって、古びたものの喩えとして用いられた。◇名はのこりけり 朽ち果てた長柄の橋でさえ名は残っていることよ。それに引き換え、我が名は…という気持。

【本歌】よみ人しらず「古今集」
世の中にふるぬる物は津の国のながらの橋と我となりけり

身のあやしさにあらまし事を思ひつづけてよめる

つくづくとひとり()みをもしつるかなあらましごとを思ひつづけて(散木奇歌集)

【通釈】しみじみと独り笑いをしてしまったよ。こうなったらよいなと願いごとを思い続けているうちに。

【語釈】◇あらましごと 「こうだったらいいな」という願い事。

恨躬恥運雑歌百首より二首

世の中を思ひはてなば放ち鳥とびたちぬべき心ちこそすれ(散木奇歌集)

【通釈】世の中と縁を切ろうと思うと、いっそ放たれた鳥のように飛び立ってしまいたい気持がするのだ。

【補記】「沙弥能貪上」の署名がある百首歌。晩年、出家して以後の作であろう。

【本歌】山上憶良「万葉集」
世の中を憂しと恥(やさ)しと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば
【参考歌】柿本人麻呂「万葉集」
島の宮勾(まがり)の池の放ち鳥荒びな行きそ君座さずとも

 

世の中を思ひつづけてながむれば身はくづほるる物にぞありける(散木奇歌集)

【通釈】世の中についてずっと物思いに耽っていると、我が身は挫けてしまうのであった。

百首歌中に述懐の心をよめる

世の中は憂き身にそへる影なれや思ひすつれどはなれざりけり(金葉595)

【通釈】世の中は辛いことばかり多い我が身に伴う影なのだろうか。思い捨ててもこの身から離れないのだった。

【補記】本来は堀河百首の長歌に添えた反歌。金葉集では単独で、千載集では長歌と共に撰入されている。

【他出】堀河百首、散木奇歌集、千載集、中古六歌仙、古来風躰抄、無名抄、定家八代抄、六華集、落書露顕、題林愚抄


公開日:平成12年06月04日
最終更新日:平成19年08月26日