藤原家隆 ふじわらのいえたか(かりゅう) 保元三〜嘉禎三(1158-1237) 号:壬生二品(みぶのにほん)・壬生二位

―このテキストについて―
多くは新編国歌大観に拠るが、他本により語句を差し替えた箇所もある。表記は改めた部分がある。勅撰集入集歌にのみ、新編国歌大観番号を付した。詞書はおよそ省略した。

※注釈付きテキストはこちら

藤原家隆の墓 大阪市天王寺区夕陽ケ丘 勝蔓院(愛染院)の北にある。

  15首  7首  22首  6首  17首  21首 計88首

春風に下ゆく波のかずみえてのこるともなきうす氷かな(風雅35)

谷川のうちいづる波も声たてつ鶯さそへ春の山風(新古17)

花をのみまつらん人に山ざとの雪まの草のはるをみせばや(壬二集)

霞たつ末の松山ほのぼのと波にはなるる横雲の空(新古37)

いく里か月の光もにほふらん梅さく山のみねの春風(新勅撰40)

すむ人もうつればかはる古郷の昔ににほふ窓の梅かな(自歌合)

梅がかにむかしを問へば春の月こたへぬかげぞ袖にうつれる(新古45)

思ふどちそこともいはず行きくれぬ花の宿かせ野べの鶯(新古82)

桜花さきぬるときはかづらきの山のすがたにかかる白雲(続古今90)

あふ坂や明ぼのしるき花の色におのれ夜ぶかき関の杉むら(壬二集)

なぞもかく思ひそめけむ桜花山とし高くなりはつるまで(遠島御歌合)

鐘のおとも明けゆく空に匂ふなりけふもやありて花をみるべき(壬二集)

桜花夢かうつつか白雲のたえてつれなき嶺の春風(新古139)

よしの川岸の山ぶきさきにけり嶺の桜は散りはてぬらん(新古158)

あし鴨の跡もさわがぬ水の江になほすみがたく春やゆくらん(壬二集)

夏 

いかにせん来ぬ夜あまたのほととぎす待たじと思へばむら雨の空(新古214)

ちかき音もほのかにきくぞ哀れなる我が世ふけゆく山郭公(壬二集)

むら雨の風にぞなびくあふひ草向ふ日かげはうすぐもりつつ(壬二集)

むば玉の闇のうつつの鵜飼舟月のさかりや夢もみるべき(壬二集)

山ざとは門田のいなば見わたせば一ほ出でたる夏のあさ露(壬二集)

せみのはのうすき衣のひとへ山青葉涼しき風の色かな(壬二集)

風そよぐならの小川の夕ぐれはみそぎぞ夏のしるしなりける(新勅撰192)

昨日だにとはむと思ひし津の国の生田の森に秋は来にけり(新古289)

明けぬるか衣手さむしすが原やふしみの里の秋のはつ風(新古292)

花も葉ももろく散り行く萩が枝にむら雨かかるあきのゆふぐれ(壬二集)

軒ちかき山の下荻こゑたてて夕日がくれに秋風ぞふく(壬二集)

露や花はなや露なる秋くれば野原にさきて風にちるらん(壬二集)

暮れぬまに山の端とほくなりにけり空よりいづる秋の夜の月(壬二集)

をとめごが玉ものすそに満つしほのひかりをよする浦の月かげ(自歌合)

はつせ山ふる川のべも霧はれて月にぞたてる二もとの杉(千五百番歌合)

にほの海や月の光のうつろへば浪の花にも秋はみえけり(新古389)

海のはて空のかぎりも秋の夜の月の光のうちにぞありける(玉葉686)

しるべせよおくる心の帰るさも月のみちふく秋の山風(壬二集)

かりがねの聞こゆる空や明けぬらん枕にうすき窓の月かげ(壬二集)

松の戸をおしあけがたの山かぜに雲もかからぬ月を見るかな(新勅撰267)

ながめつつ思ふもさびし久かたの月の都の明けがたの空(新古392)

玉島やおちくるあゆの河柳下葉うちちり秋かぜぞふく(風雅513)

下紅葉かつ散る山の夕時雨ぬれてやひとり鹿の鳴くらん(新古437)

天の川秋の一夜のちぎりだに交野に鹿のねをや鳴くらん(遠島御歌合)

さを鹿の夜半の草ぶし明けぬれどかへる山なき武蔵野の原(新拾遺469)

鹿のねはなほ遠き野に吹きすててひとり空行く秋の夕かぜ(壬二集)

むしのねもながき夜あかぬ故郷になほ思ひそふ秋風ぞ吹く(新古473)

朝日さす高根のみ雪空晴れて立ちもおよばぬふじの川霧(続後撰316)

露しぐれもる山かげの下紅葉ぬるとも折らん秋の形見に(新古537)

冬 

あはぢ島はるかにみつるうき雲も須磨の関屋にしぐれきにけり(玉葉855)

ながめつついくたび袖にくもるらむ時雨にふくる有明の月(新古595)

ふるさとの庭の日かげもさえくれて桐のおち葉にあられふるなり(新勅撰393)

志賀の浦や遠ざかりゆく浪間より氷りて出づる有明の月(新古639)

かささぎのわたすやいづこ夕霜の雲井にしろき峰のかけ橋(新勅撰375)

あけわたる雲まの星のひかりまで山の端さむし峰の白雪(新勅撰424)

恋 

ほのみてし君にはしかじ春霞たなびく山の桜なりとも(千五百番歌合)

ふじのねの煙もなほぞ立ちのぼるうへなき物は思ひなりけり(新古1132)

入るまでに月はながめつ稲妻のひかりの間にも物思ふ身の(千五百番歌合)

おもひ河身をはやながら水の泡のきえてもあはむ浪のまもがな(新勅撰707)

とこはあれぬいたくな吹きそ秋風の目にみぬ人を夢にだにみん(壬二集)

夢かとぞなほたどらるるさ夜衣うらみなれたる袖をかさねて(三百六十番歌合)

くもれけふ入相の鐘も程とほしたのめてかへる春の明ぼの(続古今1165)

わするなよ今は心のかはるともなれしその夜の有明の月(新古1279)

おのづからたのむ夢路はむなしくていつかうつつの恋はさむべき(壬二集)

おもひいでよ誰がかねごとの末ならん昨日の雲のあとの山風(新古1294)

さてもなほとはれぬ秋のゆふは山雲吹く風も峰にみゆらん(新古1316)

恨みても心づからのおもひかなうつろふ花に春のゆふぐれ(壬二集)

思ひ入る身は深草の秋の露たのめし末や木枯しの風(新古1337)

しの原やしらぬ野中のかり枕まつもひとりの秋風の声(壬二集)

おもへども人の心のあさぢふにおきまよふ霜のあへずけぬべし(千五百番歌合)

あふとみてことぞともなく明けぬなりはかなの夢の忘れがたみや(新古1387)

時すぎて小野のあさぢにたつ煙しりぬや今もおもひありとは(自歌合)

六首

野辺の露浦わの浪をかこちてもゆくへもしらぬ袖の月かげ(新古935)

をりしかんひまこそなけれ沖つかぜ夕たつ波のあらき浜荻(新拾遺843)

かへすとも雲の衣はうらもあらじ一夜夢かせ岑の木がらし(雲葉集)

明けばまた越ゆべき山の嶺なれや空行く月の末の白雲(新古939)

故郷にききし嵐のこゑも似ず忘れね人をさやの中山(新古954)

ちぎらねど一夜はすぎぬ清見がた波にわかるるあかつきの雲(新古969)

あふくま川

君が代にあふくま川のむもれ木も氷のしたに春をまちけり(新古1579)

鳥羽

君すみてとはにみるべき宿なれば田のもはるかに松風ぞふく(壬二集)

題しらず

いにしへのいく世の花に春暮れてならの都のうつろひにけむ(日吉社撰歌合)

山家 (三首)

いつかわれ苔の袂に露おきてしらぬ山ぢの月をみるべき(新古1664)

いとひてもなほ故郷を思ふかなまきのを山の夕ぎりの空(壬二集)

滝の音松の嵐も馴れぬればうちぬるほどの夢はみせけり(新古1624)

仏前祝

神垣やもとの光を尋ねきてみねにも君をなほいのるかな(壬二集)

舎利講

つたへきて残る光ぞあはれなる春のけぶりにきえし夜の月(玉葉2725)

述懐

春日山おどろのみちも中たえぬ身をうぢばしの秋の夕暮(壬二集)

大かたの秋の寝覚の長き夜も君をぞいのる身を思ふとて(新古1760)

和歌の浦や沖つ潮合にうかび出づるあはれ我が身のよるべ知らせよ(新古1761)

その山とちぎらぬ月も秋風もすすむる袖に露こぼれつつ(新古1762)

ね覚してきかぬを聞きてかなしきは荒礒浪の暁のこゑ(壬二集)

さびしさはまだ見ぬ島の山里を思ひやるにもすむ心ちして(遠島御歌合)

壬生の二位家隆卿、八十にて天王寺にてをはり給ひける時、七首の歌を詠みてぞ回向せられける。臨終正念にて、その志むなしからざりけり。かの七首の内に

契りあれば難波の里にやどりきて浪のいり日ををがみけるかな(古今著聞集)


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成15年03月21日