私が裁判官だったころ (10) 2001.6.19

偽証罪をめぐって

1982.10月
事件の配分のことで、ちょっとした問題が起こりました。
きっかけは2ヶ月ほど前の、私の法廷でのことです。
証人が出廷し、宣誓して証言したのです。

ところがこの度、その証人が、起訴されたのです。
罪名は、偽証罪。

先日の私の法廷で、宣誓をした後、偽りの証言をしたというのが、その内容でした。
すなわち、犯罪の場は、法廷。
私と担当書記官は、犯罪の目撃者ということになります。

その事件が、起訴され、私のところに、配分されてきたのです。
事件の配分は、受付順に、機械的になされるので、たまたまそうなったものでしょう。

仮に偽証が事実とすれば、私は、私の主宰する法廷で、偽りの証言をされた当事者たる裁判官です。
法廷の主宰者としては、侮辱された気分であり、なんとなく面白くありません。
そのような立場の私が、当該偽証罪の審理を担当するのは、妥当ではないのでは、と考えました。
そこで、事件の配分替えを、提案したのです。

上記のことは、私にとっては、当然のことに思われましたが、やはり人により考え方は違うのですね。
反対意見もあり、部屋での意見は、まとまりませんでした。
そこで、支部長の意見を聞いたうえで決めよう、ということになりました。

私が、支部長に説明したところ、支部長の意見は、「トラブルの種は、回避したほうが賢明。同僚裁判官にお願いして、交代して戴いてはどうか」というものでした。

部屋に戻り、支部長の意見を伝えたところ、
今度は、
「どのように、説明したのか」
「他の裁判官の意見も、支部長に伝えなければ、不公平だ」
との反論が出ました。

そんな経過で、支部長が、部屋に来られ、全員で、話し合いました。

私の意見は、私が担当しないほうが妥当、との前提で、M裁判官、又は、合議体で担当してほしい、と述べる。
反対意見は、
「除斥・忌避事由に該当しない」以上、配分変えは必要ない、というものでした。
反対意見が多数でした。

私は、主張を撤回せざるを得ませんでした。
但し、私が担当することに対して、当事者から、裁判官忌避申立てがなされた場合は、再協議するということを主張し、これは通していただきました。

主張を撤回したものの、私の法廷での偽証罪を、私が担当することに、疑問を持っていることは、変わりません。
できれば、私が担当しないほうが、良いと思います。
しかし、同僚裁判官の同意が得られない限り、配分替えは、極めて困難です。
支部長の基本的な姿勢は、対立を避け、円満に納めたいというところにあると思われました。
支部長の立場としては、もっともなことでしょうね。

そのような中では、私が主張を撤回したのは、やむを得ないのでしょう。
私としては、言うべきことは述べたうえでの結論なので、悔いはないと、思うことにしました。

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