脊髄梗塞第一章

(脊髄梗塞「前脊髄動脈症候群、後脊髄動脈症候群」)
 

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 2001/05/15から 人目のお客様です。        

*それは平成五年五月二日に始まった。

 

その日は店の定休日でした。私達夫婦は店の二階で息子夫婦は近くのマンションに住んでいました。仕事は息子と一緒にやっています。
11時頃遅い朝食を済ませてテレビを見ていました。何か背中の方がかゆいようなきがして体の向きを変えようと思い足を前に出そうと思うのですがなんだか様子が変なのです。あらら!
足に力が入らない!なんだこれは・・・・・・とにかくベッドまで行かなければと思いよたよたと這って行き、店のほうでかたずけものをしている家内を呼び、おい俺足立へんわ?救急車呼んで! 。
すぐに救急隊の方が来てくれまして、「どうされました」{なんか解りまへんけど足腰たちまへんのですけど}「どこかで打つとかこけたとかしてませんか?」{いいえ何にもしてません}[Y第一Y第三K病院どこにします」{Yは仕事の取引があるのでKにお願いします}K病院につくと救急隊の方はすぐに帰られました。ストレッチャの上で天井を見ながらしばらく待っていると、先生と看護婦さんが来てくれました。先生がひざの下に手を入れ持ち上げてこれ立ちませんか?はいぜんぜんだめです。右も左も?はい。それならこれ解る?といいながらあちらこちらをひねっています。解りません!だめだよその病院に行ってください。

といわれても知った病院も無し、ゴ−ルデンウイ−クでもあるし、何とか受け入れてくれる病院を探してくださいと先生にお願いしました。暫くして難波にある、T脳神経外科の救急車が迎えに来てくれました。
20分ぐらいで着きすぐにレントゲン、CTなどを撮りストレッチャの上で待っているとレントゲンの先生たちが何やら話しているのが聞こえました。何で祭日なのにうちの車で迎えに行かんとあかんの?聞いている私は何か複雑な気持ちです 。しかしこの時点では点滴でもしてもらえば今日のうちにも帰えられると思っていた。
処置室で暫く待っていると、色の黒い、頭ぼさぼさの先生がこられて、入院してください。

え〜なんで!(>_<)・・・・・・・・・

 

そこに息子夫婦が顔色お変えてやってきて、119にどこの病院に運んだのか、問合わせてもなかなか教えてくれなくて遅くなった、息子であることを説明してやっと教えてくれた。家族が入院手続きをしている間に、6階の6人病室に移され、本日からよろしくお願いしますと入院中の皆さんに挨拶をしていると家族も病室に入って来ました。
先生どない言うてはんの?私が尋ねると、まだまだ検査をしないと解らないといっている、祭日明けになるとの事、それを聞いて私は、4日も5日もここで寝とくの?と思っていると、看護婦さんが急いできて、岡田さん、オシッコいつしました?私・・朝10時ごろです。看護婦さん慌ててカ-テンを引き、大変だはやくはやくといいながら私の前をあけ、私のおちんちんに何かを差し込んでいる様子、痛くないですか?痛いです、少し我慢してね、看護婦さん、うわ〜出る出る〜凄いわ、あ〜とまった、950も出たよ!1リットルが限界です。(夜の8時)点滴が始まった、大きなビン2本もある、家族は明日また来るからといって帰っていった。

今日は朝から患者さんの家族とかお見舞いのお客さんが沢山来ている。そうか祭日なんだ!暫くすると私ともう一人の患者を残し誰もいなくなった。外室?岡田さ〜んといって看護婦さんが入ってきた。岡田さんバル−ンを着けましょう 。何ですかそれ、あ"そうか病院に見舞いなど行ったとき見たことがあるあのカッコ悪いやつか! 前に袋をぶら下げて私のオシッコです(*_*)。

私は今まで病気とは縁が無かったもので自分の体の内部がどうなっているのか考えたことが無かったので驚きました。クダを膀胱まで差し込んで寝ている間に看護婦さんが、ベットの横にぶら下げた袋からオシッコをとってくれるという仕掛、これはいい ね! 毎回岡田さんパジャマ下ろして前だして下さい、といわれて誇れるものなら”はい”どうぞと出せるのですが、こいつが情けない、病気に恐れをなしたのかちじみ振るえ我が物とは思えない形態をしているではないか!(@_@)これを毎回看護婦さんに見せるには忍びない、このバル−ンとやらは地獄で仏というにふさわしい。

明くる日の朝目が覚めてすぐ前をあけて見ると、大変だ〜抜けないようにお臍の下あたりに補強してあったテ−プが剥れているではないか!!すぐ看護婦さんをよばなあかんと思うのですが、病院の朝は看護婦さんの一番忙しいときです 。点滴が始まれば看護婦さんが来るのでそれまでと思い押さず引かずで、ずっと押さえていた。九時の点滴の時間になってやっと看護婦さんが現れたので、すみませんこれ剥れてしまったのですけどお願いします 。はいはい、点滴が終わったらきます〜だと。朝からずっと押さえている身になってよ?内心腹立たしくなりました。右手に点滴左手はおちんちんの上で抜けないように、両足が動かないのに両手まで、もやもやしているうちに点滴が終わり、別の看護婦さんが点滴の針を抜きにやってきて 、お疲れさんといいながら処置をしてくれたので、看護婦さんこっちの方もお願いします。何ですか?これ朝から抜けない様にず−と押さえているのですけど! 看護婦さん笑いながら、笑ったりしてごめん岡田さん知らなかったの!これ膀胱の中で風船が膨らんでいるので抜けないのよ! 手を離しても大丈夫笑いながら去っていった自分の無知とバル−ンの意味をやっと理解した次第です。

ゴ−ルデンウイ−クも終わり病院も平常パタ−ンに戻ったのか、お見舞いの方も減りました。しかし私の下半身がびくともしません。これは大変な事かもしれないと内心穏やかならぬものが有りました。店のほうも心配になってきたし、毎日見に来てくれてる家内に店のほうは大丈夫なのと尋ねると、うん”しんどいけど雅隆も嫁も頑張っているので大丈夫、お父さんも頑張って早く病気なおして下さい。といわれても先生も看護婦さんも何も言ってくれません。看護婦さんに私の病気は一体なんですか?と尋ねても、もう少し検査をしないと解らないという返事、こんな所で点滴だけして寝ていて良いのかな?岡田さ〜んと看護婦さんの呼ぶ声、”は〜い”うんこでました〜”でませ〜ん”この病室はナ−スコ−ルは天井の真中に有るスピ−カから聞こえます 。だからスピ−カに向かって話します。看護婦さんがやってきて浣腸しま〜す、横向きになってお尻をこちらに向けてください。といわれても上半身は動くけど足は動きません。看護婦さん、ヨ〜イショと掛け声かけて動かしてくれました。入れるわよ少し気持ちが悪いと思うけど我慢してね、・・・

あらら岡田さん、力を入れて我慢してよ”そうじゃないとみんな出てしまうよ ! どこに力を入れるのですか?お尻よ尻!どうしたらお尻に力が入ります?岡田さんお尻にも力が入らないんだ浣腸はだめね、と言うので、看護婦さん私のお尻の穴は開きっぱなしなのと聞くと、バ〜カそんなはず無いでしょといいながら私のおでこをこつんとしながら出ていった。そんな態度に憎からず思つたが一体自分の体はどうなってしまったのか?お尻の穴を触ってみた 。 成るほどしまっている、力を入れようと思うのですが入らない、少し指を中に入れてみたそして力を、・・・解ったお尻の穴をちじめることが出来ないんだ。健常者であれば反射的に出来ると思います。(今になって考えればそのように思います)

今日は珍しく家内と息子が揃ってやってきた。どうしたのと尋ねると、家内が皆少し疲かれたので今日は店を休むという、そうだな皆が倒れたら元も子もなくなるから、ボツボツやってや!家内と話していると息子が病室を出ていった 。(息子の態度が何かおかしい)雅隆今日は何をそわそわしているの、何処かに用事が出来たの?たばこを吸いに行ったんでしょといいながら家内も下を向いて私と目を合わさない 。やっぱり皆疲れているんだ、わるいな、早く帰らなければ、と内心思った。お父さん田舎とか兄弟皆に知らせようと思うけどいいでしょ?(私の兄弟九人家内の兄弟六人)手術でもすれば早く帰れるんじゃないの ?大変だよ皆出てくるのは。悪くなった時ぐらい来てもらってもいいんじゃないですか。うん”お前に任せるわ。今日は早く寝て明日早めに来ます。

 

その時息子と女房

点滴をしながら何となく昨日の息子と家内のことが気になっていた。兄が来た。「どうしたもう大分良くなったか?」私の近くで風呂屋を経営している兄が来てくれた。「うん”MRI、CTは終わったけど、まだ先生何にも言うてくれへんわ。」「まあまあ少しからだ休める思ってゆっくりやったらええがな」「そやけど店も有るし・・・・」「雅隆頑張っておるから心配せんでもえよ。」 家内もやってきた。「兄さんすみません来てくれたんですか」 兄は本町に下着を仕入れに行くといって出ていった。家内はベットの下の箱に洗濯物を入れながら無言である。

「お前らなんか様子がおかしいな!昨日雅隆が俺に帰る挨拶もせずに帰るとはよほどの事や !!何があったん」 家内の顔がひきっていた。いつまでも隠しておかれへんから話します。 「昨日雅隆と二人で先生に呼ばれたの、雅隆は親父の顔はよう見られへんというて帰ってしまったのよ」  「それで先生なんというているの!」泣きながらの説明なのでうまく聞き取れない、「お父さん100パ-セントじゃないのよ」98パ-セント車椅子と排便排尿は垂流しに成るので、その覚悟をするように言われた!交通事故とか高い所から落ちたと言うなら解りますが、岡田さんのような患者は診たことが無い! この病院では始めてだといって先生が話してくれたとの事、病名は脊髄閉鎖症とか言っていた。その時はそんなにショックは無かった 。何が何だかわからないという状態であったと思います。

 

 (1)その時家族は

昨日家内から聞いた時、今自分がどのような状態下に置かれているのか?理解できない。これで一生歩く事が出来ないというのか?医学的になすべき手立てが有るのか無いのか?朝の点滴が始まり看護婦さんが来てくれたので、担当の先生に詳しく説明が聞きたいので会いたいと申し出ました。暫くして看護婦さんが先生は今日手術があるので午後の4時過ぎになるとの返事、お願いします。その頃息子が皆を集めて家族会議を開いていたようです。先生からどのような説明をお聞きしたのか私には解らないのですが、息子は息子成りにショックを受けたと思います。  店と家を売て、もっと大きな病院に移そう!長女は(2人姉弟)おとうちゃんが帰った時店が無かったら可哀想と言う意見、色々話し合っている。と家内が昼過ぎに来て話してくれた。4時過ぎに先生が来てくれるというてはるので、雅隆と英子と一緒に来るように電話してくれへんか?ほんな店休むの?休んで〜や。5時ごろ雅隆英子夫婦がやってきた。先生来てくれた?まだや手術長引いてるのと違う、家内が窓の方を見ながら憂鬱そうに答えた。


おかはんしっかりしてや!あんたまで倒れたら、俺達どないすんねん、嫁もうなずいていた。5時半を少し回った頃先生が写真を持って来てくれました。昨日お話したとおりです現時点で私たちスタッフが会議を持って得た結論です。この写真を見てもらえば解りますが、脊髄のここが詰まっています、それがどうしてこのようになったか解りません 。 心臓エコ−も撮ってみました。 心臓にもそのような疾患はありません。  そしたら手術は出来ないのですか?手術をして下さい。うん”脊髄だからと言って出来ないことは無いですが、それは最後の最後でしょう。どうしても寝たきりは嫌だから、植物人間も覚悟するからと言われればやれない事も無いですけどね・・・・・

 

重々しい雰囲気の中、岡田さん何とか手術をしなくて車椅子でも生活できる方向で頑張りましょうよ。皆さん車椅子でも一生懸命生活してます、岡田さん頑張ろう!と言って看護婦さんが諭してくれました。廊下で岡田さ〜んと言う声もう晩御飯の時間です。俺達も外で済ませてくると言って3人で外に出ていった。食事も早々に済ませ、何となく天井を見上げていると、悲しいはずの自分が、頭の中が空っぽで、走馬灯のようになにかがぐるぐる回っている。何か話し有るの?息子の声に我に返った。うん”家を売るとか行ってるらしいけど、そんな必要は無いよ、私はこの病院に決めた、あの家と店はな!私はもう55歳なんだよ、雅隆、英子、良く聞いてや、こんな事に使ってほしくないんだ、やがてお前達夫婦にも子供が出来ると思う、五体満足に生まれてくるばそれで良し、万が一、子供に何かが有った時、そのために使ってほしい、私の言いたいことはそれだけだ。

昨日、家族にあのように言ったのですが、一体自分の体がどの様になるのか?依然として、下半身は動こうとしない。この頃は足首から下に痛みが出てきた。 だからバスタオルを巻くようにしている 。 風に当たるとなお痛みが増すような気がする。 排便がうまくできない。 錠剤の下剤は毎日飲んではいるが、便意を催さない。 家内が来てくれるのを待って、来たらとにかく車椅子に乗せてもらい、トイレに行きます 。 この病院は、洋式トイレは、男女一つづつしか有りません。 後は和式でパイプもなんにも付いていない。これには大変苦労した。私は体重が当時76キロ有りました。 家内は150センチ足らずの身長です、この体で私を抱いて便器に座らせるという作業は大変です 。 普通身体障害者のトイレは車椅子で中に入れますが! ここは入ることが出来ません。

小さなトイレに二人で入り鍵をかけ、これから作業が始まるのです。もっとうつむいて!これ以上あかんで、だってお尻が見えへんもん。 足が立てばお尻を持ち上げればすむことですが?とにかく指を入れてみようか?うん”あるよ!あるある、そこまで来ているから、力一杯いきんで。おまえそないいうけど、足たたんかったら力はいらへんで。何でもええから力入れて、よしよし出てきたよ、頑張ってお父さん。家内は夢中でかき出しています 。 そして喜んでさえいるのです。 この家内に、遠くない昔私は、女性問題を起こし、つらいつらい思いをさせました。なのに家内は、お父さんの、うんこ、なんか、何ともないよ、何でもしてあげる。こんな振る舞いをみていると、ただ申し訳なく、こんな事までさせて、悪いな”。はようせんと次の人待ってるよ、早く早く。

今日は何となく、憂鬱な日です。 今後どのような生活設計をすれば良いのか、店は改装をしてまだ一年足らず!車椅子でどんな生活が出来るのか?窓の外を見ながら、田舎に帰ろうか?しかし、加賀市の伊切町には帰りたくない 。こんな姿を、生まれ故郷の皆に見られたくない 。それなら家内の里の、お兄さんに相談しようか?(福岡県鞍手郡中山)博多で商売をしていた時も大変迷惑をかけ、心配ばかりさせたから(昭和36〜昭和47)とにかく一度来てもらって相談しようか?山の中の納屋でも借りて、家内と二人で自給自足、野菜でも作りながら生活しようかな?

誰かが窓にパンを置いたのだろう、鳩が来て無心に食べている。 あんな狭いところで良く落ちないものだと思って!何となく足を見ると、左の足首から先がないではないか!顔色ひとつ変えるでなく、お前達は、甘えてるんじゃないのと、いいたげに、黙々とパンを食べている。 生きる!これが生きると言うことなんだと思う。ごめんごめんお昼ご飯に間に合う様来るつもりが、店の仕入れが多かったもので、と言う家内に、両手があるからご飯ぐらい一人で食べられるわ!と言う自分の醜さ、腹が立つ、私の腹の中を見透かしたような顔をして、雅隆が明日頃テレビを持ってくると言うてたよ、テレビ見てたら気分もまぎれるでしょ。うん”頼むわ、と言えばいいのに、テレビは見る気にならん、とにかく素直じゃない。この間も、お見舞いに来てくれた方が、心配して、バル-ンは長くなると体に良くないですよ。帰られてから、それならバル−ンに変わる物を教えてよ、無いからこれ付けてるのに、日本政府の野党のような事を言うな! と言って家内に当り散らすのです、情けないですね。

昨夜はなにを考えるでもなく、寝つかれなかった。 窓越しに見える赤と黄色の点滅信号、その下にあるはずの青が見えない。 今の自分を物語っている様で悲しいものがある。先日も石川の田舎から3人、京都から2人5人の兄弟が見舞いに来てくれたベットの周りを5人で取り囲み寝ている私を上から除きこむ様に見られたのは初めての体験である、有難うとは言う物の、内心こんな無様な格好を見られたくないと!それなら自分で始末をしようか!そんな事が頭の中を行ったり来たりしていると、突然あの連隊がやってきた !病院があるからなおやるのか?けたたましい騒音である。朝方の4時を回った頃何事も無かった様に去っていった。

若いエネルギ−をもてあましているのだろうか?終戦直後、日本の子供が、進駐軍の兵隊さんに、パパ、ママ、ピカドンデハングリ、と言って物乞いをしている姿と、現在の東南アジアの子供たちが、生きるためにゴミの山から、ビニ−ル袋などを拾っている、このアンバランスはどの様に理解すれば良いものやら、そんなこんなで夜が明けて、歯を磨き、(ベットの上で看護婦さんが持ってきてくれた洗面器で磨く)朝食を済ませ、うとうとしていると、岡田さん点滴よ!看護婦さんの声、ごめん夢見てた!どんな夢なの?窓から飛び降りようとしてた。駄目よ!ここは駄目、よその病院に行ってからやってよ〜!と冗談ぽく笑わせてくれた。誰かがどうしてもここでやりたいの!といって病室一度大爆笑でした。

今日は先日から言われてた検査の日です。腿の付け根の動脈からカテ−テルを差し込み頭の血管像影の検査の様です。この検査は大変きついと、病室の皆が口をそろえて脅します。岡田さん目玉が飛び出しまっせ!24時間動かれへんで!動いたら動脈から血が天井まで噴出しまっせ!などなどであります。車椅子に乗せられ検査室に行く途中看護婦さんに、本当にそんなにきついのですかと尋ねると、看護婦さん笑いながら、岡田さん、大きな体して気が小さいのね!病室の皆は順番に皆を脅すのよ!!面白いから。検査室に入って麻酔をされたのか、朦朧としていると、先生の、始めますと言う声が聞こえ、目の前に二つの画面が見えます、その瞬間頭蓋骨をくもの巣で包むように血管が映し出されます、これだ!目に圧迫感があり熱いものを感じました。病室に帰り、皆に目玉が飛び出し頭が割れたと言うと、手をたたいて皆が喜びました。それぞれが病気と言う魔物を持っており、自分のこれから、たとえ仕事に復帰できたとして、どのような位置に置かれるのか、などなど、考えたくないので、大きな声で大きな動作で振舞うのだと思う。

看護婦さんが2人やってきて、鉄の板を脚の下に当て、包帯でぐるぐる巻きにして、腿の付け根のところに3キログラムぐらいの砂袋を乗せ、明日の朝9時まで動かせたら駄目ですよ ! しかし私の両足は動かしたくても動かない、だから平気だと思っていたが、最近足首からさきが大変痛むのに輪おかけて重石を載せられおなじい位置に何時間も置くのは大変な苦痛を伴います。夜明け頃になって、親しくして頂いている向かいのベットの、中谷さんが、大丈夫?と言って覗いてくれました。すみません、足の場所を少し変えて、かがとの下にタオルを敷いてください、有難う、これで楽になりました。

今日は、朝早くから、石川県加賀市、から幼友達が見舞いに来てくれた、進男と哲郎です、彼らは、本当の友達と言うのか、物心がついた時からずっと一緒でした。特に進男は私の従兄弟でもあり高校まで一緒でした。会うまでは知った人にはこんな姿は見せたくないと思っていました、でも会った瞬間涙が出るほど嬉しかった!幼い頃の友達そのものなんだな!嬉しくて嬉しくて!あの頃は、哲郎には、今風に言えば、いじめであったと思います、通学の時に皆のかばんを持たせていました、お使いもさせたと思います、それを遊びの中でうまく消化していたのでしょうか?誰一人仲間から外れるでなく田舎の悪がきそのものでした。私達は死ぬまで仲間だと痛感しました。彼らが帰った後私は決心しました、必ず立って歩けるようにどんな努力でもしよう!そのために体を鍛えてきたんだ!出来ることからやろ!まずバル−ンをクラップしてオシッコの感覚を感じ取る訓練から始め様と思った 。

垂れ流しは嫌だ!何かあるはず、何かを感じたらクラップをはずしてオシッコの量を測り、ノ−トに付ける様にしよう !オシッコは1回にどれだけ出るのか?1日に何回出でるのか?息子に聞いてみた、お前どんな時にオシッコに行くの?オシッコしたいから。”あほ”もっと具体的に言わんかいな!膀胱がちくちくするとか、オチンチンがずきずきするとか、何か無いのんかいな?そんな事考えてオシッコしたこと無いわ。自分も健康な時はそんな事考えないで毎日の生活が成り立っていたんだろうと思う、とにかく自分で何かを感じ取らなければ始まらない!何かちくりとしたような気がしたのでクラップをはずしてみた、ベットの横につるした袋にオシッコがたまる、メモリは150ぐらいのところだ、これは少ない、今の感じはオシッコに関係無かったのか?何回も繰り返して何かを感じ取らなければ・・・・・・・。

今日は手術があるせいか、早めの回診です。岡田さん、便のほうはうまく行っていますか?駄目ですわ”相変わらず家内の手を借りてほじり出しています。困ったね!それも含めて紹介状を書きますので、来週から近くの、O病院の泌尿器科に週に一回通院して下さい、心配事、今後の事、専門医に相談しなさい。はい解りました、看護婦さん、O病院て何処ですか?どうして行くのですか?廊下の窓から見えるでしょ、そんなに遠く無いから車椅子で行けますよ、はっきり決まり次第こちらから詳しいことはお知らせします。お願いします。この間からバル−ンをクラップしてオシッコの感覚を探ろうと思うのですがなかなかうまくいきません、しかし1日に何回オシッコが出るのか?何となく解ってきたのです、だいたい6回から7回です、そして1回に出る量は350から400ぐらいだと思います、座っていると解らないのですが!上を向いて寝ていると、膀胱の出口なのか”オチンチンの付け根なのか解らないのですが、350ぐらい溜まると、ちくちくなのか!づきづきなのか?そんなきがします。

この間看護婦さんに叱られました、夜寝るときは必ずクラップをはずして下さい!寝ている間に満タンになったら危険です、気をつけて下さい。どうもすみません、看護婦さんからみればいやな患者だと思います、自分勝手にやっているのですから!しかし何かをしなければ不安なのです、全然動こうともしない両方の足をみているのが!ヘルパさんが岡田さん、シ−ツかえるから、車椅子に乗って、だっこしてあげるからと言って両手を出してきた。大丈夫です、自分で移れます、ベットの手すりと車椅子の手すりを持って、ひょいと移って見せた。この患者さん両足動かないのにすごいことするわ!携帯のベルが鳴って、息子が今からテレビを持っていくという電話、気分も少しは落ち着いたので、今日じゃなくても今度の店の休みの時でいいよと言って電話を切った。

起床という看護婦さんの声で目が覚めた、今日も一日点滴で始まって、家内が来たらトイレにつれていってもらって、オシッコの感覚が有りとか無しとか、ノ−トに付けて、私が抜けたばかりに家族につらい思いをさせて、こんな私に、毎週顔を見に来てくれる人が二人います、風呂屋を営んでいる兄、寝間着のやすいのが本町に行ったらあったのでとか、目覚ましが要るだろうとか、何かの理由を付けては来てくれる、もう一人は、家内の縁続きの娘さんです、私の酒たばこをやらないことを知っていて、今日ケイキ屋さんの前を通って美味しそうだったので!今日は偶然パン屋さんの前を通ったので!この人達と、私の家族、そして田舎からわざわざ来てくれた人達に、受けたご恩は返さなくてはならない!それは一日も早く、自分の足で立ち上がり、入院中はお世話になりました、皆様のおかげでこんなに元気に成りましたと何時になったら言えるだろう、(@_@)火傷をしたように痛い足、内臓が肛門からはみ出すのではないかと思うほどの圧迫感、(便意とは違うもの)情けないこの足、と思いながら自分の足を眺めていた 。

”あら”何か動いたぞ!と思い自分の左の足をみながら力を入れてみた、わずかですが確かに動いた!看護婦さ〜んお願いします〜、天井のスピ−カに向かって叫びました。岡田さん何ですか〜。足が動きました。看護婦さんがすぐ来てくれて、本当に?動かしてみて。ほら少しですけど動くでしょ!。ほんとほんと先生呼んできます。といってリハビリの先生を呼んできてくれました。先生足を触りながらつねるやら持ち上げるなどして、岡田さんがんばり次第で、税金を払う方に回れるかもよ!と言って笑顔を見せてくれました。それが嬉しかった。来週からリハビリの先生をつけますからと言って先生は出ていった。

お父さん早く見せてあげて、家内はお見舞いに来てくださった方に、お礼も言わずに、早く足を動かせて見せろと言う、ほんのわずか足首が動いただけなのに、久しぶりにみる家内の嬉しそうな顔、よ−し!やるぞ〜。今までも仕事の合間に、ボデイビルジムにも通ってきたし、マラソンのトレイニングもやってきたので、どんなに辛いリハビリにも耐えられると思う。先生に基本的なことさえ教えていただけば、後は自分でできると思う、早くリハビリがやりたい。隣の病室からは、痛い〜、痛い〜、という女性の金切り声、まるでせっかんでもしているようである。この病院は病室でリハビリをするのです。先週O病院の泌尿器科に始めていきました、また検査です、大きな機械横のベットに寝かされ、尿道からカテ−テルを膀胱まで差し込み、ガス圧をかけ何かを感じたら合図をしなさいと言うのです 。

次は、そのまま圧をかけるので、オシッコがしたくなったら合図をするように、今になって考えれば、あの時は感じたい気持ちが先で、本当に感じたのか疑問です。先生は今日の検査の結果、これでしたら、オシッコは出るようになると思います。そんなことを調べる検査だったのか?自分は毎日、バル−ンのホ−スをクラップして何かを感じて解放する訓練をしているので、そのぐらいの感じしかなかったのに、何か複雑な気持ち?家内は先生が出ると言うのだから出るようになると言う、しかし、機械が検査したのだが、合図をしたのは自分です、もやもやしながら、雨降りの道を、車椅子に乗って傘を差すのですが、自分の頭に持ってくれば、後ろで押している家内は濡れる、20分ぐらいの道中ですが色んな事があります 。先方の方から若い3人ずれの女性何やら楽しそうに喋りながらやってくる、それぞれに傘を差している、歩道の左側には自転車がたくさん止めてある、よけて待つのは車椅子の方です。自分も病気をするまでは、今通り過ぎた女性と同じく通り過ぎていたのだと思います。息子が病院に来るたびに言います 。この頃は、車椅子に乗った人とか、杖をついている人がやけに目に付くようになってしょうがない。勝手なものです。自分とか、身内が成らないと解らないのです。

 

よ〜し、俺は必ず歩いて帰るぞ〜!!

この間先生が、頑張り次第で税金を払う方に回れるかもよ!その言葉が嬉しかった。今日までどんな事があっても、(家族には当たり散らさない、出きることは自分でする、占いや、宗教には惑わされないようにする)当たり前ではあるが、これで良かったのだと思う。後は自分次第です。岡田さん、今日からリハビリを担当する森田です、よろしく!。はい”こちらこそよろしくお願いします。いよいよ今日からリハビリなんだ。うれし〜うれし〜。(リハビリの内容については下のリハビリコ−ナにジャンプして参照して下さい)森田先生も優しい方でした、大きな体ですが、優しい声で、ほら頑張れ、少し休むか?。いいえ続けます。わずか15分くらいの時間ですが、今までに味わった事のない、辛さ、痛さ、情けなさ !しかし僅かですが、足に力が入ったのか、先生、よし〜その調子だ、頑張れ!うっぷせになり、膝を曲げて、お尻のところまで持ってこいというのです。新幹線でも足につないであるのか!ビクともしないのです。

汗は3人前ぐらい出ます。今度は足を変えて、と言って右の足を先生が90度ぐらいまでもって行き手を離すからそこで止めろと言うのですが、足はぱたりと伸びてしまいます。意識を膝に集中しながら力を入れなさい。先生の言われることは理解できるのですが!自分で自分の体をコントロ−ル出来ないもどかしさ!下半身に力が入らない分上半身の肩あたりに力が入りすぎて汗が流れるばかりです。今日はここまでと言って先生は帰っていった。汗を拭いて着替えをしていると、家内が来てくれた。どうしたの赤い顔して?今リハビリが終わったと言うと、それならもう一度やろうという!先ほど先生に教わったことを何回か繰り返しているのですがそ−う早く動くものではないと解っていながら、腹立たし、家内も期待はずれだったのか、これからよ!とは言ってくれたが家内の表情は暗かった。この先どうなるのだろう、店は続けていけるのか?家に残った家族は1日3〜4時間の睡眠でいつまで続けられるのか、そんな家内の胸の内を思うと私も辛かった。しかし私はやると決めたんだ!必ず歩いて帰る、だからみんなも頑張ってほしいと手を併せて祈るしかなかった。、

“うちがなんぼはよ、おきても、おとうちゃんはもう、くつとんとんたたいては-る”(岡林さんのフォ−クソングですが)差別と言う理由から、発売中止になったけど私は好きでした。この歌の主人公の女の子が、母を思う気持ち、お父さんを、ねぎらう、子供心、、この子の事を思えば、自分はもっともっと頑張らねばと思う、歌は不思議な力を持っていると思います。”かええっておいでよ、このまちに・・・・・・”(松山千春)夜寝付けない時に、布団の中で口ずさむと、涙があふれて止まらないけど、よ〜し、明日もリハビリがんばるぞ!と思い、寝付く事が出来るのです。夜が明ければ、繰り返しの一日がやってくる、少し違うのは、下半身に力とは言えないまでも、小さな力とでも言おうか、何かを感じるのです。隣のベットの患者さんは、歩く練習をしている、羨ましい。息子夫婦が来てくれた。おかあちゃんが、左の指が少し動くようになったと喜んでいたけど?ほんの少しだけと言って動かせて見せた。息子夫婦“動いてる動いてる、”凄い凄いと喜んで励ましてくれる。有難う!俺は頑張る、お前達も早く帰って、体を休めて、睡眠もよくとって、体を壊さない様にしてや、ここで又誰かが倒れたら、取り返しがつかないよ!。(店の営業時間、夕方5時〜朝4時まで)お前達に任すから、営業時間をもっと短くする事も考えなあかんし、従業員も辞めてもらわなあかんで。とにかく食べて行けたらええで、おかあんと3人でよく相談してうまくやってな。

リハビリの回を重ねるうちに、何か自信のようなものが出てきた、。車椅子で家に帰ってどうする!1階は店、二階が住まいなんだ!改装したばかりなんだ!歩いて帰ってこそ、一家の主なんだよ!動けなければ邪魔者なんだ!いつも自分に言い聞かせていた。息子も嫁も家内も皆私のために頑張ってくれているんだ!今自分のするべき仕事はリハビリなんだ。痛さ、辛さ、汗をかくぐらいは当たり前です、頑張って頑張って、少しでも動くようになれば、家族に見てもらいたいのです。左の足は座った状態で、ぐっと引き寄せて、膝立が出来るようになった。右の足はまだ足首がわずかに動く程度です。でも動く様に成るまでやる、動くまでリハビリは止めない。突然、看護婦さんの大きな声、“貴方あれだけ動いたら、あかん、と言ったのに“動いてませんよ!と患者さんの声、だって見てごらん、腿の所からお尻まで真っ青じゃない !ちょっと先生呼んできます。

先生がやってきて、あらあら、大変だこりゃ、一週間ぐらい様子を見ましょう。先生そりゃ無いですよ!三日間の検査入院と言うことで、会社に届を出しているのに!先生”でもこれでは帰れませんよ”。同室の患者さん一同。だから動いたら天井まで噴出すと言ったでしょ・・・・笑い。まだ若い四十前の青年です、会社の健康診断で、引っかかり検査入院された方です。検査で入院される方もかなりいます。この間検査された方は、五十歳ぐらいの会社員でした。例により皆さんが、きついですよ、動いたら血が噴出しますよ!皆さんが脅すもので、奥さんが、私の所に来て、小さな声で、岡田さん、主人は寝相が悪いので、絶対動くと思うので、検査の日はここに泊めてもらうことなんか出来るのですか?と尋ねてきた。奥さん大丈夫ですよ、皆あんなこと言うけど、全員検査して何とも無かったんですよ!悪いところが見つかれば別ですけど、検査そのものはそんなにきつくないですよ、看護婦さんも沢山いるし大丈夫大丈夫。奥さん、そうでしょうかと言ってご主人をきずかいながら帰って行かれました。検査の有った夜中、ご主人かなり気分が悪かった様子ゲイゲイ吐いていました。三日目の退院の日、も〜う病院は嫌だと言って笑いながら帰られました。

リハビリも少しずつ進み、病院の方から、明日装具を作る業者さんが来ます。岡田さん、両方だから、少し時間がかかりますが、そのつもりでとのことでした。いよいよ装具を付けてリハビリが出来る!頑張るぞ!と喜んでいたのですが、先ほど看護婦さんに、トイレに連れてってもらって、どうにか一人で時間がかかったが、排便を済ませて、ベツトに戻ったばかりです。がしかし、ベットに座っているいると、お尻のあたりが変な感じなんです、そのうちに臭いもしてきた、しまった、漏らしてしまった!。ナ−スコ−ルのボタンを押して、すみません岡田です。看護婦さん、天井のスピ−カから、”どうしました”。天井のスピ−カに向かって、ちょっとお願いします。なんぼ私でも、大きな声で、”うんこ”漏らしたので頼みますとは言えなかったです。どうしたの岡田さん?と言いながら、事の起こりを察知したのか、なにも言わずに、四方のカ−テンをぐるりと締めて、お尻をこちらにして寝て下さい。と言って病室を出て、すぐに引き返してきた。

手にはゴミの袋と蒸したおしぼりが三本。”ご免なさい、さっきトイレにいったばっかりなので、油断してました申し訳ないです”。いいのよ、岡田さんそんな風に考えないの、病気なんだもん。健常者の方なら、便意を催したときこらえられますけど、今の岡田さんはそれが出来ないと思うよ。だから、最初はある程度便が堅いので、お腹に力を入れないと出ないけど、二回目は便が軟らかいのですぐに出てしまうのよ、だから最初に排便したら、半日ぐらいは、紙おむつを当てていた方がいいと思うよとお話ししながら、手際よく、後始末をしてくれました。本当に申し訳なく、こんな時家内がいてくれたらな!(家内にも申し訳ないが)こんな恥ずかしさと惨めさは、大人になって初めてです。穴があったら入りたいとはこのことかと思っていると、カ−テンをあけながら看護婦さん。岡田さん、四人部屋に移りますか?ここは回復された方の病室だから、皆さんに迷惑をかけるし、下の階の、四人部屋だったら、おしめを必要とする患者さんですので!。向かえのベットでその会話を聞いていた中谷さんが。岡田さんは最初からここにいてたんやから、一回や二回、そんなことぐらい有ったかってええのんとちがう、みんなど−う思う!同室のみんなが、それが病気や、お互いさんや、ここにおったらええ。有り難うみんな!。岡田さんよかったね、みんないい人で。と言って看護婦さんも喜んで下さって、一件落着となりました。

 

今日は、待ちに待った、装具が出来てきた。これでリハビリが出来ると内心嬉しく思ってそれを見つめていた。なんと、金具はつくわ、ストッパ−が付いている、革のベルトまで、これでは、SMショウ−の道具のようです。これどうして付けるのかな?履くの?・・・岡田さん車椅子に乗って下さい、と言う看護婦さんの声。どこえ行くの?今からリハビリの先生が、装具を付けてみるそうです。と言って別の部屋につれてってくれました。その部屋には、マグロをさばくときの大きなまな板のような台があります。その上に寝かされ、お腹のあたりにベルトで動かれないように縛られました。看護婦さんと先生が、装具を片方ずつ付けてくれているようです。

よっしゃこれで良しそっちわと先生の声。はいいですと看護婦さんの声。そしたら看護婦さん静かに起こして下さい。岡田さんそのままですよ。するとどうです、私は装具を付けて、背中にまな板を背負ってはいるが、足が床について立ったような姿勢になっているのです。岡田さん立てたよ!先生の声。何がなんだか解らずただ涙が出て止まらないのです!自分の足で立ったんだよ、また先生の声。ただ私は首を前に振るのが精一杯でした。この後どうして自分の病室に帰ったかなど全然思い出せないのです。(入院して二十五日目ぐらいと思います)これから私の本当のリハビリが始まったのです。

今日からは、装具を付けてのリハビリです。しかし装具を付けるのは大変です。ベットの上に新聞紙をしき、動きの悪い足に付ける時はかなり苦労を伴います。やっと付けて、両方の手でお尻を浮かせながら少しずつ足を引きずってベットの下に降ります。なるヘルパさんの手は借りないようにと思い。自分で出来ることまず腰に帯を巻きます。昨日家内に買ってきてもらったプラスチック製のS型のこものを帯にかけそこにバル−ンをつり下げてベットの手摺りを持ち立つ練習です。膝の後ろにはストッパ−が付いていて、膝の前には革製の膝当てが付いています。だから体重がかかっても膝が曲がらないようにしっかりと固定してあります。立つには立ったのですが、この間のように、涙もでないし感激もない。

床に足はついているけど感触がない。有るのは、足首から先の痛みと、内蔵が肛門から今にも飛び出しそうな圧迫感と言うのか痛みと言うのか、先生に聞いても何も教えて下さらない、うん〜と言ってうなずくだけです。でも今立っているのは事実です。だから少しでも動こうと思う、手摺りを持って上体を右に倒せば、左の足が少し浮きます、その足を5センチでも6センチでも、左に開こうと思うのですがなかなか力が入らない。あせるな”今立ったばかりだろう!自分に言い聞かせるのです。もし伝い歩きでも出来るようになったら?毎朝歯磨きにいける、トイレに行ける、毎日看護婦さんがバル−ンのオシッコを取ってくれている、それが自分でトイレに捨てにいける、考えただけでも嬉しくなります。最初車椅子で垂れ流しと言われたときはショックでしたが今は少し光が見えたような気がします。

リハビリの先生が、直接指導して下さるのは、15〜20分です。後は自分で工夫しながらやるしかないのです。今まで教えていただいたことを繰り返しながら、こんな事も効果があるのではないか?色々考えました。午前中は点滴とか検温が有るので、昼食を済ませしばらくしてから病室を抜け出し、患者も、見舞客もあまり利用しない方の階段に行き、家内が来てくれるまで一人で、家内には病室にいないときは、ここにいるからと言ってあるので、家内が来れば二人で、この方が効果があるとか、もっと足を上に上げてと言う家内のリクエストに応えながら、昨日店でお客さんがお父さんのこと話していた、とか色んな報告を受けながら、リハビリをするのが日課となりました。

今日も家内が来るまでにと思って階段の踊り場で一人でリハビリをしていますと、滅多にこの階段は看護婦さんがこないのに、今日はタオルの干し物かなんかを取りに来たのです。岡田さん病室にいないと思ったらこんな所にいたのあんまり無理はだめですよ!あらあら、こんな所に誰が水をこぼしたの、岡田さん足きいつけなあかんよ、滑りでもしたら大変よ。はいすみません。これは私の汗ですとは言えませんでした。(看護婦さんの目の届かないところではハ−ドな事をするのは禁じられています) しかし私は少し動けることが嬉しくてじっとしていられないのです。人目を避けてやっているのですが、付き添いに来ている家族の方たちがやはり見ているのです。家内がエレベ−タで上がってくるときに乗り合わせた方から、お宅のお父さん一人で頑張ってますよ、早く行ってあげて。全然知らない人から言われたよ。家内も夜店を開けて、昼は病院に来て大変だと思います、私が少し動けるようになってのが嬉しいのか!本当に明るくなりました。夫婦それは狐と狸の化かし合いと言いますが、私の方が一方的に化かしてきましたのに、ここまで面倒を見てくれるのには、頭が下がります。有り難う。

今日隣のベットに新入りの患者さんが来ました。見るからに、その雰囲気があった。大きな体に黒い顔、言葉使い、付き添ってきた、奥さんらしき人、若い衆3〜4人。これはやばいと思っていると、婦長さんがやってきて、**さんの紹介で来られた方は貴方ですか?。はいわしです。何やら暫く話していました。婦長さんかえりぎわに、検査しないと解りませんけど、ここは病院だから看護婦さんの言うことよく聞かなあかんよ!と言って帰られました。その日の夜中、突然携帯のベルの音、”お”わしや、今病院に入院してんにゃ、腹減って寝られんから、すしこうてきてくれ、今どこにいとんの!何!ホテル街、あほか!お前は、何でもええからはよすし持ってきてくれ!救急車の入り口が開いてるから、そこで待ってるわ。みんな聞こえているけど、何にも言えないのです。私も寝た振りをしていました。何日かして、お隣さん!お隣さん!私のことです わ、”はい”。わし検査してもろたら、頭に、できもんが3っあるらしいわ、早う解ったんで手術すれば直るそうやから、ま〜あ、一安心ですわ。

あっそうなんですか?良かったですね。会話がとぎれがちです。しかしこの頃、若い衆が、たくさんで病室に入らず、廊下で待って、交代しているようです、ベットの周りに4人も5人も立たなくなったので助かります。それから色々ありました、点滴を早くするしないで!外出するので朝の7時に済ませてくれと言うのですが、看護婦さんがでは帰られてからします。それからが大変です。俺が途中で倒れたら、お前が責任とれるのか?。はい取ります!。お前じゃあかんから院長呼べ!・・・・・・気丈な看護婦さんでした。それから何日かして、手術の日、これから行って来るのでみんな、しっかり見といてや!(6時間ほどの予定)この病院は、一階のロビ−でテレビに映るんです。昼ご飯を食べて、みんなで、少しみとかんと、帰ったらうるさいで〜と言って見に行ったんです。テレビが真っ暗なんです!あれ〜と言って病室に引き上げてきました。しばらくして、奥さんが上がってきました。小さな声で泣きながら、頭を開いてみたら、3つどころか、奥の方にも沢山あって、取ることは難しいと先生が説明されたそうです。あれだけの五体をして、任侠の世界で、きょせいを張っていても、病魔には勝てないのです。

今日は朝早くから担当の先生がきてくれました。岡田さん、私今度、一身上の都合で病院を辞めることになりましたのでお知らせにきました。そこで、やめる前に岡田さんをリハビリ専門のよい病院に紹介しようと思います。とりあえず書類を作って、面接もあります。とってくれるとは思いますが!いってみないと解りません。リハビリでは東洋一です。また追って知らせます。内心そんなよい病院に紹介してくれるんだ!嬉しさがこみ上げてきました。そこえ家内がきてくれたので、早速、先ほどの話をしました。よかったね〜お父さん今くるとき、隣の病室の**さんが面接に通ったと喜んでいたのはそのことだったんでしょね!嬉しいねお父さん、頑張ったら歩けるようになると思う私は。家内もこの頃は笑顔が出るようになりました。疲れているはずなのに!よっしゃ〜ロボットみたいな装具をつけて頑張るぞ!!相も変わらずオシッコの袋をぶら下げて、肛門に、棒のようなものを突き刺して広げたら、内蔵がぜ−んぶ飛び出すのではないかと思うような圧迫感、これは何なんだろう?先生も首を傾げて何にも言いません。ウンチも下剤を飲んで、家内にほじりだしてもらうしかない。人間の体って、本当にどのような仕組みになっているのかな?そんなことより体を動かすことが先決だ!今日も階段で、誰のためでもなく自分のために頑張ろう。

今日は今度入院する病院に面接と下見にきました。これがうわさに聞いたリハビリの専門病院なんだ!驚きました!車椅子を片足で上手に操る人、四角い板に小さな車輪を四つ付けて、その上に腹ばいになり両方の手で操りながら、廊下を移動する子供!自分は何なんだろう!杖を突いて、両足に装具はつけているとはいえ、歩くというにはほど遠ものの、足を互い違いに出しているではないか、世の中には本当に気の毒な人がいるものです。岡田さん1番に入ってください。診察室に入って、今までの経緯をしととおりきかれて、岡田さん、リハビリをやる気はありますね!はい、と答えますと、先生が、この病院はご存知のようにリハビリ専門病院です。本人はもちろんのこと、家族もその気になって頂かないと取れないので確認します 。

この病院では原則として、昼間からベットで寝ることはできません、寝るのでしたらお家に帰って寝てください。それでいいですか?はいお願いします。それでは後日せんほうの病院からお知らせがあると思いますのでお待ちください。面接が終わり、内心入院できるかな!と不安を持ちつつ、奥のほうの道場のような学校の講堂のように大きな広場で、それぞれマンツウマンでリハビリをやっています。自分の頭の中で描いていたリハビリとは違うようです。一番奥までいって見ました。マットレスの上で、四つん這いになって、生まれたばかりと思われる、小さな赤ちゃん、を心配そうに除きこんでいる若い夫婦、先生の手のひらに乗るようなあの子が、どうしてこの病院にこなければならないのか!神様!!神様!!私の病気などどうでもいいです、神様!!この子を助けてくださいお願いします。

 

ここの病院も丸4ヶ月本当にお世話になりました。いよいよリハビリの専門病院に転院が決まりました。看護婦さん、先生方、ヘルパさん、有難う御座います。やっと立つことが出来ました。専門病院に行って頑張ります。

 

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