Q1.脊髄梗塞とはどんな病気ですか。
脊髄(せきずい)は、背骨の中に入っている中指程度の太さの神経です。梗塞というのは、脊髄の血管(主に動脈)がつまって、その部分の組織が壊死(えし:障害されて破壊されること)する病態です。「脳梗塞」という病気はよくきかれると思います。
「脳梗塞」は脳の血管がつまって組織が壊死する病気で
「脊髄梗塞」は脊髄の血管がつまって組織が壊死する病気、です。
脳梗塞と同じように、症状は急に起こり、急性期を過ぎると回復傾向となりますが
障害の範囲の広さに応じた後遺症を残します。
多くの人では発症時にその部位の背部痛を伴います。
脳梗塞はよく再発しますが、脊髄梗塞はほとんど再発しません。また、急性期を過ぎて症状が悪化することは通常はありません。
戻る
Q2.脊髄梗塞の患者さんはどのぐらいいるでしょうか?起こりやすい年齢は?
脊髄梗塞の患者さんがどのくらいいるかは、はっきりわかりません。脊髄梗塞ははっきり診断をすることが困難な場合があり、正確なデータがとりにくいのです。脳梗塞の患者さんと比較すると数百分の1程度しか患者さんがいないと思います。
脳梗塞は動脈硬化の進行する60歳以上の年齢に起こりやすいのですが、脊髄梗塞は小児や若い人にも、高齢者にも同じように発症するようです。このことから、脊髄梗塞は動脈硬化以外の原因で起こる場合が多いと推測できます。
戻る
Q3.脊髄梗塞はどうやって診断するのですか?
脊髄梗塞は、脊髄障害が突然発症した場合に、可能性のある病気の一つなのですが、急性の脊髄障害を起こす病気は他にもありますので、他の病気を除外していって初めて脊髄梗塞という診断にたどりつくという手順を踏みます。
脊髄MRIにて、脊髄の圧迫する脊髄腫瘍や、脊髄出血、脊髄血管奇形などを鑑別診断していきます。場合によっては髄液検査や脳MRIをして、脊髄炎や多発性硬化症という病気を鑑別診断する必要があります。脊髄梗塞は脊髄MRIで脊髄がはれていたり、脊髄内に信号異常を認める場合もありますが、全く異常所見がない場合もあります。
また解離性大動脈瘤がないかどうかも重要な点で、それをみきわめるためには、胸部腹部の造影CTをする場合があります。
戻る
Q4.前脊髄動脈症候群、ブラウンセカール症候群とはなんですか?
脊髄梗塞は、脊髄の前の方に起こることが多いので
その場合には、前脊髄動脈症候群という特徴のある症状を呈します。
(急性発症の両下肢または四肢麻痺、発症早期からの排尿障害、
解離性感覚障害:痛覚が鈍麻するが触覚は保たれている)
脊髄の半側のみが障害されればブラウンセカール症候群を呈します。
片側の麻痺が強くて、反対側の温度覚と痛覚の障害が強いという症状になります。
また脊髄の後側が障害されれば、触覚や深部感覚の障害が起きます。
戻る
Q5.脊髄梗塞の急性期の治療法は?
脊髄梗塞の急性期には、はっきりと根拠が確立した治療法はありません。多くの場合は、経験的に脊髄のむくみをとるために抗浮腫剤やステロイドの点滴治療をしています。
戻る
Q6.脊髄梗塞の症状はよくなるでしょうか?
脊髄梗塞の程度・広がりによって、症状も異なり、また回復の程度も異なります。最も多い前脊髄動脈症候群の場合には、過半数の人がまた歩行可能になっています。特に半側のみのブラウンセカールタイプの人は歩行の回復がいいようです。
排尿障害は、歩行がよくなっても、残っている人がいるようです。
脊髄の後側が障害された場合には、しびれ痛みなどの異常感覚が残る場合があります。
戻る
Q7.排尿困難にはどのように対応したらいいでしょうか?
脊髄梗塞は、早期から排尿障害が出現しやすく、また歩行障害が回復してきても、排尿障害は残ることがあります。
脊髄障害の排尿障害は大まかに以下の2種類に分けられます。
1)膀胱に尿を貯めることができないタイプ
2)膀胱の尿を排出できないタイプ。
確実に診断するためには、少なくとも残尿(自分で排尿した後に膀胱に
どれぐらい尿が残っているか)を調べる必要があります。残尿が多いようならば、それを出すためには、尿道カテーテルを留置するか、間欠自己導尿が必要です。
泌尿器の専門家の診察を受けるのがベストですが、もし不可能ならば主治医の先生に残尿があるかどうかを調べてもらってください。
1)
の場合は、膀胱の蓄尿能を高めるために
ポラキスまたは、バップフォーという薬を使います。
2)
の場合は、膀胱の収縮力を高めるウブレチド、
または尿道括約筋の圧を低下させるエブランチルなどを使用します。
戻る
Q8.救急病院からリハビリ病院への転院を勧められました。どうしたらいいでしょうか?
現在は、どこの病院でも救急病院、リハビリ病院、療養型施設という役割分担を明確にしています。リハビリに関しては、大きな救急病院よりも充実しているリハビリ病院も多いと思います。急性期治療は救急病院で、その後の一定期間のリハビリはリハビリ病院で、そして在宅復帰をめざすという流れを理解していただいた上で、どのようなリハビリ病院か、また脊髄の病気に詳しい医師がいるかどうかをよくきいて決められるのがよいと思います。
戻る
Q9.セカンドオピニオンとは何ですか?
診断や治療について、疑問な点があったら複数の医師の意見を聞いた方がいい場合があります。その場合に、今かかっている主治医に今までの病状経過を書いてもらって、検査所見、MRI画像などを借りて別の専門家に受診して意見を聞くことを、セカンドオピニオンといいます。疑問な点があったら、主治医にセカンドオピニオンをお願いしたいと遠慮せずに申し出ましょう。
戻る
Q10.腹部や下肢の痛みはどう対応したらよいですか?
痛みしびれなどの感覚障害は回復過程でむしろ悪化してくることがあります。
その場合は、通常の痛み止めは効かないことが多いのです。
薬との相性がありますが
テグレトール(100)2錠分2
または
トフラニール(10)3錠分3
または
ルボックス(25)3錠分3
によって少し痛みしびれが軽くなることがあります。
テグレトールは痙攣を止める薬でトフラニールとルボックスは
うつ病の薬です。
薬には相性がありますので、主治医に相談して、試してみるとよいかもしれません。
戻る
Q11.寝る前に下肢がピクッと動いて困ります。どうしたらいいでしょうか?
この動きは、医学用語でいうと「ミオクローヌス」という不随意運動と似ていますが
実際は痙性麻痺のために脊髄の自動性運動が出現している「三重屈曲反応」が
何かの刺激(足に何かが触れたとか)で出現しているものです。
特に夜間はこの現象が刺激されやすくなり、寝る前などに下肢がぴくっと
屈曲してしまうことで、寝つきにくいことがあります。
Nocturnal myoclonus of lower
legs という名前で呼ばれる場合があります。この不随意運動には、diazepam(セルシン)という薬がとてもよく効きます。寝る前にセルシン2mgまたは5mgを飲むことでよくコントロールできる場合が多いようです。
昼にも出現する人は、セルシンを朝や昼に飲んでもいいと思います。
(眠気が出現する可能性がありますが)
この不随意運動がミオクローヌスの動きと似ていることからはミオクローヌスの特効薬でるclonazepam(リボトリール)という薬を使うお医者さんもありますが、リボトリールよりもセルシンの方がよく効くようです。
戻る
Q12.なかなか歩けるようになりません。リハビリはどうしていったらよいでしょうか?
リハビリの一番の目標は、楽しく有意義な生活を送ることにあります。そのためには動かない足が動くようになって、できるだけ自由に歩けるようになるのが一番です。
しかし、それがすぐには無理で、かなり時間がかかりそうな場合は、足の筋力トレ
ーニングや立位歩行練習も続けながら、とりあえず上半身などの残っている機能を
上手に使って、楽しく生活をする工夫をするのです。
残っている機能を鍛えることは、実は障害のある部位にもいい影響を与えるのです。
短期的目標:車椅子などを利用して楽しく生活できるよに工夫する。
長期的目標:下肢の機能を鍛えて歩けるようにする。
の両面作戦を平行して進めるのがよいと思います
また、ある程度リハビリ病院でリハビリしたら、ある時点で在宅リハビリに切り替えていくのも、状況によっては一つの考え方です。自動車の運転に例えると、自動車教習場の中のコースはリハビリ室、自宅や社会に復帰するのは一般の路上です。仮免許をとったら、早めに社会復帰して、その中で継続的にリハビリを進めていくのがよいかと思います。
戻る
Q13.脊髄梗塞は何科の医者が診療するのでしょうか?
病院によって、神経内科、整形外科、脳外科の医師のいずれかが診療しているようです。リハビリの時期にはリハビリ科の医師が診療する場合もあります。
脊髄梗塞は少ない病気なので、あまり経験がない医師が多いかもしれません。その場合は、セカンドオピニオンをお願いしてみましょう。
Q14,
脊髄硬膜動静脈瘻(せきずいこうまくどうじょうみゃくろう)
脊髄硬膜動静脈瘻(せきずいこうまくどうじょうみゃくろう)は、脊髄が障害されて、結果として症状は脊髄梗塞(動
脊髄硬膜脈の閉塞による)と似ていますが、かなり異なる部分の多い病気です。
動静脈瘻は、動脈と静脈の間に瘻孔(ろうこう:穴ができてつながってしまうこと)ができて、動脈の高い圧力が静脈にかかってしまって、脊髄のうっ血(血液がとどこおること)が起きて、脊髄が壊死(えし)する病気です。一般の脊髄梗塞が動脈が閉塞して起きるものであるのに対して脊髄硬膜動静脈瘻は静脈に原因があって起きるので、静脈性梗塞であると表現されることもあります。
一般の脊髄梗塞が突然に発症するのに対して、脊髄硬膜動静脈瘻はゆっくりと発症しますので、だんだん両下肢のしびれや麻痺、排尿の障害が進行していくことが多い点が異なります。
また、脊髄のMRIでこの病気の可能性を見出すことはできますが、多くの場合は最終的に診断するためには脊髄血管造影が必要です。
一般の脊髄梗塞には現時点では有効な治療法はありませんが、脊髄硬膜動静脈瘻では、血管塞栓術や瘻孔を閉じる手術によって病気の進行を止めることができる場合が多いのです。
しかし手術がうまくいってもすでに起こっている脊髄の障害の一部は後遺症となることが多いです。
脊髄梗塞でも様々に痛みが残る場合があるのですが、脊髄硬膜動静脈瘻ではしびれ痛みが残ることがより多いように思います。
運動障害に対してはリハビリをすることが勧められます。しびれ痛みに対する治療は難しいのですが、若干薬が有効な場合もあります。
戻る
2007-11-01 *T−PA」について
t-PAは脳梗塞(脳の血管がつまる病気)において、発症3時間以内に限って使用が認められています。t-PAは血栓(血の固まり)を溶かす強力な薬なので、出血する危険性があるので、3時間を越えると効果よりも危険性の方が上回ると考えられているからです。
また脳梗塞に対するt-PA治療は厳密なガイドラインがあって、使ってはいけない場合が事細かに決められています。またt-PAの効果も使わない場合と比較して、症状がほとんどない人の比率を24%から39%に増加させるという程度で、必ず効果がある訳ではありません
。
平成17年10月から日本でt-PAが脳梗塞に対して正式に認可されてから、全国でどのくらいの脳梗塞に使用されたかというと、脳梗塞全体の5%以下と推測されています。3時間を越えては使えないので、発症3時間以内に正確な診断がついて使用の判断ができるのには、かなり困難があるからです。
同じ血管がつまる病気である脊髄梗塞に、t-PAを使用することはかなり困難と考えられます。その理由はたくさんあります。
1)3時間以内に脊髄梗塞を診断することは、私も含めてほとんど不可能です。脊髄梗塞は稀な病気であり、脊髄が圧迫されるような病気(脊髄腫瘍、脊椎ヘルニア)の方が圧倒的に多く、それらの病気を除外診断する必要があります。
2)脊髄梗塞は脳梗塞とは起きるメカニズムが違うと思われますので、t-PAが脊髄梗塞に有効かどうかを調べる試験をする必要があります。しかし脊髄梗塞は脳梗塞と比べて200分の1程度しか患者さんがいませんし、診断も困難なので、臨床試験は不可能と推測されます。
3)脊髄梗塞のときには大動脈解離が原疾患としてあるかどうかが問題になりますが、大動脈解離がある患者さんにt-PAを使用すると致命的になることが報告されています。
4)もし私が、偶然にも発症3時間以内で他の病気が否定されて、脊髄梗塞と確実に診断できた場合でも、私はt-PAを使おうとは思いません。死亡する可能性はほとんどない脊髄梗塞の患者さんを、tーPAの合併症で死亡させてしまう危険があるからです。
残念ながら脊髄梗塞にt-PAは使えない、使うべきではないというのが、私の現状認識です。
|