住民と共に幸せをデザインする

公職研発行 月刊「地方自治職員研修」

2009年6月号掲載

住民と共に幸せをデザインする

〜「変革の先端にいるのは自治体職員」

十数年にわたって地域計画の仕事をしていた私は、まちづくりは、人々が心豊かに暮らす舞台を創りだすはずのものなのに、一向にそうならないのはなぜか考えあぐねていた。そうだ。「住民がわたしたちの暮らしの理想を語り、専門家の自治体職員がその声に応えて絵を描く」自然な関係がこの国には興らないからだ。双方に、その役割を担えるという認識が無いからだと気づいたのだ。
この関係を変えようと、私は「浜松NPOネットワークセンター」を1997年に創設し「当事者を中心にした団体」の組織化を図り、彼らの声が行政施策に響く環境づくりを模索してきた。この経験を買われてか、静岡県が委託する複数の協働事業に関わることになる。
異質の文化を持つ行政とNPOが、事業を創造するプロセスはチャレンジングだが、成果は格別。同質集団の出す結果は足し算にしかならないが、異質集団は掛け算で結果を出せる。リスク覚悟で、現場から政策を立ち上げようとした自治体と職員の勇気。この人に出会わなければ、事業の成果は中途半端で、私たちの成長も無かったと思う。自治対職員の可能性ははかり知れないのだ。

● 職員の三つの力「聴く力・待つ力・共感する力」

静岡県は、河川法9条の改正を機に、洪水を起こす一級河川の整備構想を、原案段階から市民参加で策定しようとプロポーザル方式で公開コンペに踏み切った。参加したのはゼネコンのコンサルタント9社と浜松NPOネットワークセンター」。結果はNPOに軍配が上がった。
県と交わした仕様書は、専門家をパネルに配して進行する「コンセンサス会議」で構想を練るというのが条件で、あとは本当に自由だった。知事は、この後作成した市民原案を「公共事業立案のモデル」と高く評価し、担当者は表彰を受けることになるが、静岡県の河川改修モデルとなったこの方式が生まれたのは次のような経緯だった。
県はまず川の氾濫原因をレクチャーしたいと言ってきた。しかし「行政の下請けにはなるまい」と、私たちも独自の調査を実施。それでは伺いましょうと、双方が見解を披瀝したところ、内容はほとんど一致。2ヶ月もよく黙って待っていたと担当者の忍耐に感謝したが、ここから双方の対等な関係と信頼感が生まれたのだった。
川を断面図でしか画いたことが無いという若い職員は「川に入ると子どもたちは途端に魅力的になる」ことに感動して、いい川をつくりたいと目を輝かせた。
構想づくりには、農民・洪水被害者・自治会・保育園など、川辺に暮らす生活者の経験知に併せて、行政の情報が時宜を得て提供された結果、具体性に富んだ精度の高い河川整備構想を提案できた。
1年間で終わる筈のこの事業は、担当者の「構想だけでは勿体ない」という情熱と本気が予算を引き出し、その後、1年おきに5年間、合計900万円の県費が投入され、市民参加の水辺再生事業が実現した。一方、NPOは県の予算が途切れても、TOTO水基金など、総額1600万円の助成金を獲得して、流域の小学校との総合学習や雨水貯留と水循環を目指す「ためタル君」事業を住民と共に興した。8年を経た今も、地元では自主的な水辺再生活動が続いている。担当者の「住民を信頼する英断」に呼応して住民も奮起。公共事業にこの循環を作れるのは自治体職員を措いてはいない。

● 持続可能な制度に発展させた職員の感受性

商工労働部雇用推進室は、障碍を持つ人たちの就労支援者「ジョブコーチ」制度を発足させるため、福祉はまったく素人の私に声をかけ「静岡障害者就労支援ネットワーク体制づくり事業」をスタートさせた。目標は「ジョブコーチ」を30人以上養成し2年以内に、静岡県内に複数の拠点を設けるというもの。養成講座や一人50回の実習、関係機関との円卓会議、企業人の啓発など、未開の分野にこれほどの仕事を詰め込むなんてと思うほど、メーニーは盛りだくさんのメニューとなった。行政の縄張り意識に様々な抵抗を受けながら奔走。する私たちを担当の女性職員は、口も出さず手も出さず、じっと温かく見守り続けた。
2年目も、参加者50余人。もう素人という言い訳は許されないと、学会・研究会に足を運んでは「これはと思う講師」に声をかけて直接講師依頼をしていった結果、名だたる講師陣による24講座がそろった。受講生は、すばらしい事を学んだのだから実践しなくてはと、県下7か所に派遣拠点が立ち上がり、事業は終了する。地方のNPOの活躍に共感した講師陣は、今も心強い応援団である。
かしこの事業には最初から問題があった。「ジョブコーチはボランティアで」という県の意図だ。この職能の持つ専門性と将来性に早くから気づいていた私は、担当職員が「ボランティア」「ボラ・・」と口にするたびに、「ジョブコーチはボランティアではありえない」と言い続けた。担当職員は、高度な講義内容と受講生の熱意に心を動かされ、一人の障碍者を1日7000円、合計15回支援できる予算を60人分獲得することに成功。翌年から有償で活動できる道が拓かれたのだった。現在は50人を超すジョブコーチが県内各地で活躍している。実は、盛りだくさんの事業メニューに私たちは悪戦苦闘したのだが、このフルコースがなければ、短期間にジョブコーチ制度を定着させることは難しかっただろう。企画力の優れた職員であった。
「自立支援法」の就労支援の有償化に先鞭をつけたのは静岡県だ。彼女の粘り強い説得による新規予算獲得の功績は大きい。無償で働くのでは、静岡県のジョブコーチ制度はとっくに消えていただろう。当然のことだが、この事業を総括するNPOにも、予算の2割を人件費として間接経費に計上できる持続可能な制度が用意された

● 仕事は楽しい! 公務員になってよかった

二つの例が示すように、職員が自らの役割に気づき、行政の持てる力を発揮すると事業は必ず新しい場面を迎え発展していく。「あれっ。いつもとは違う」。住民は「暮らしの接点で自治体の役割と権限」を、リアルに経験し、自治体ができないことも、自分の責任をも自覚して、住民から市民へと立つ位置を変えていく。
私たちと事業を共有した職員は「仕事が楽しい」という顔を見せる。自治体職員が住民を信頼し、持てる力を発揮すればそれに呼応して、市民の知恵とエネルギーは自然に発揮される。「いい仕事をした」自信は、新たな可能性を生み出している。予算が無いと頭を抱えないで、野に出よう。簡素で実効性のある事業はこの接点から生まれるのだから。CHANGEへの勇気を!

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