静岡新聞 コラム「窓辺」
47歳の時(1992年)に掲載された13編より

大人からメッセージ   6月18日

小さな命の守神“ニッセ”を冠した「ニッセの郷ネットワーク10」の構想には、日常の暮しの中で自然に接する子供たちが、元気で逞(たくま)しく育ち、かけがえのない自然を次の世代に伝えて欲しいという、磐田郡豊田町の大人たちのメッセージが込められている。
住民の代表十五人からなる委員は全員で町を歩き、一人一人、自然が残っている場所、子どもの好きな場所、埋もれた史跡、子供時代の思い出の場所を写真に撮りながら、残された自然資源を再発見する協同作業を繰り返した。
昔は草原が多く虫がたくさんいた。指を噛(か)まれたりする経験が無くなってしまった。草原を作ろう」「滑ってはズボンを破いてよく叱(しか)られた滑り山をもう一度」「照葉樹林の所は風が下から吹き上がるので風が来ない。広場はあそこに」「しろべえ池には湧(ゆう)水が」「魚捕りにはこの方法を」と、回を重ねるうちに10カ所の自然資源が選ばれ、それぞれの遊び場の素描が描かれた。
年代別遊びの調査も実施した。昔遊んだ草花、虫、魚や鳥。さまざまな遊びや冒険ごっこが溢(あふ)れんばかりに描かれ、記憶を辿(たど)りながら、自然再生の方法や、公園構想を提案した住民は何人にものぼった。
一方で実施された専門家による生態調査に基づく公園構想と、住民の自然復元の提案がほぼ一致したときは本当に嬉しかった。身近な環境に精通する住民は、地域計画の専門家の一員だと思うからだ。
好奇心に満ちた、野性味に溢れる子供たち、小さな命を慈しむ子供たちこそ、二十一世紀の困難な問題を解決できるのではないか。今、大人に課せられた課題は、みずみずしい魂を持った子どもたちが育つ環境を、地域につくってあげることだと思う。そうすれば女性たちも、子供の育つ環境に希望を託して母親になろうと決心できるのだ。
三十五年ぶりに高知を訪れた。幼少期を過ごした私の小宇宙は思いのほか小さかった。豊かな自然さえあれば子供は多くの冒険を重ね、未来を夢みることができるのだと、その小ささに私は勇気がわいた。

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