玉葉和歌集 秀歌選

【勅宣】伏見院

【成立】応長元年(1311)五月三日、奉勅。正和元年(1312)三月二十八日、完成奏覧。

【撰者】京極為兼

【書名】「玉葉」は「美しい言の葉」、すなわち秀歌にほぼ同義。三代集に追随する従来の命名法から脱するとともに、万葉集を意識して名付けたものであろう。

【主な歌人】伏見院(93首)・藤原定家(69首)・西園寺実兼(62首)・藤原為子(60首)・藤原俊成(59首)・西行(57首)・藤原為家(51首)・永福門院(49首)・藤原為兼(36首)・和泉式部(34首)・西園寺実氏(31首)・源親子(30首)・慈円(28首)・紀貫之(26首)・人麿(24首)

【構成】全二〇巻二八〇〇首(1春上・2春下・3夏・4秋上・5秋下・6冬・7賀・8旅・9恋一・10恋二・11恋三・12恋四・13恋五・14雑一・15雑二・16雑三・17雑四・18雑五・19釈教・20神祇)

【特徴】(一)構成 歌数二千八百首は、二十一代集最大の規模を誇る。離別・哀傷の部立をなくした簡素な構成は新勅撰集に近いが、巻末に釈教・神祇を置くのは千載・新古今に立ち戻っている。「羇旅歌」を「旅歌」と改めたことなどに、形式的な伝統に拘泥しない撰者の姿勢が窺われる。
(二)取材 万葉集から当代にまで及ぶ。主な選歌資料としては、万葉集・夫木和歌抄などの私撰集、各歌人の私家集、嘉元百首・千五百番歌合・宝治百首などの百首歌、金玉歌合(伏見院と為兼による撰歌合)・仙洞五十番歌合・伏見院三十首歌合などの歌合が挙げられる。
(三)歌人 伏見院・実兼・為子・永福門院・為兼ら京極派歌人、定家・俊成・為家ら過去の御子左家嫡流歌人、人麿・貫之・和泉式部・西行ら歴代の大歌人――が三本柱をなす。保元平治の乱や平家没落の悲劇に因んだ歌が多いのも一特色で、建礼門院右京大夫の十首入集はことに注目される。
(四)歌風 いわゆる「京極派」の歌風が主体をなす。縁語掛詞・本歌取りといった旧来の技巧や詠法にとらわれず、「心のままに詞のにほひゆく」さま(為兼卿和歌抄)を理想とする。特に光・風・雲・雨など自然の動態を観照し、鮮明かつ迫真的に描き出す叙景歌に特色があるが、恋愛の感情・心理を内省的あるいは分析的に表現する恋歌にも独自の世界を創出した。表現の正確性を重んじるため字余りの多いことが外面的な特徴である。詳細な描写に走るあまり、流麗にして張りのある和歌的韻律が失われる傾向のあったことは否めない(その代り、対句・擬態語・同音反復などを用いて音楽性を得ようと試みている)。京極派の歌風は風雅集に引き継がれるが、その後は二条派が歌壇を制覇したため、永く異端視され続けることとなった。



       釈教 神祇 


 上

春たつ日よめる                 紀貫之

今日にあけて昨日に似ぬはみな人の心に春の立ちにけらしな(1)


むつきのはじめつかた雨ふる日よませ給うける   御製

のどかにもやがてなりゆくけしきかな昨日の日影けふの春雨(18)


春の歌の中に                従三位親子

朝あけの窓ふく風はさむけれど春にはあれや梅の香ぞする(61)


春雨をよませ給うける              御製

山の端もきえていくへの夕霞かすめるはては雨になりぬる(97)


庭春雨といふことを            九条左大臣女

つくづくと春日のどけきにはたづみ雨の数みる暮ぞさびしき(99)


花の歌のなかに                永福門院

木々の心花ちかからし昨日今日世はうすぐもり春雨のふる(132)


 下

春の歌の中に               前大納言為兼

思ひそめき(よつ)の時には花の春はるのうちにも明ぼのの空(174)


曙花を                    永福門院

山もとの鳥の声より明けそめて花もむらむら色ぞみえゆく(196)


曙花を                   従三位為子

あはれしばしこの時過ぎでながめばや花の軒ばの匂ふあけぼの(197)


花の歌の中に              入道前太政大臣

咲きみてる花のかをりの夕づく日かすみてしづむ春の遠山(204)


建保五年四月庚申に、春夜         前中納言定家

山の端の月まつ空のにほふより花にそむくる春のともし火(211)


題しらず                   永福門院

入相(いりあひ)の声する山の陰暮れて花の()のまに月出でにけり(213)


春夜の心を                九条左大臣女

風にさぞちるらん花の面影のみぬ色をしき春の夜のやみ(256)


弥生の末つかた梢あをみわたりて雨ふりけるを御覧じて
                        御製

春とてや山郭公(ほととぎす)なかざらん青葉の木々のむらさめの宿(276)




月前時鳥と云ふことを             永福門院

ほととぎす空に声して卯の花の垣ねもしろく月ぞ出でぬる(319)


夏暁といふことを             前大納言為兼

月残るねざめの空の郭公(ほととぎす)さらにおき出でてなごりをぞきく(340)


百首歌の中に              中務卿宗尊親王

五月雨(さみだれ)は晴れぬとみゆる雲間より山の色こき夕ぐれの空(354)


千五百番歌合に             後鳥羽院宮内卿

軒白き月の光に山かげのやみをしたひてゆく蛍かな(403)


題しらず                 前中納言定家

夕立の雲間の日影はれそめて山のこなたをわたる白鷺(しらさぎ)(416)


夏の歌の中に               前大納言為兼

枝にもる朝日の影のすくなさにすずしさふかき竹のおくかな(419)



 上

五十番歌合に秋露をよませ給うける        御製

我もかなし草木も心いたむらし秋風ふれて露くだるころ(463)


風後草花といふ事をよませ給うける       永福門院

しをりつる風はまがきにしづまりて小萩がうへに雨そそくなり(509)


露をよみ侍りし              前大納言為兼

いづくより置くともしらぬ白露の暮るれば草のうへにみゆらん(517)


秋の御歌の中に                永福門院

うす霧のはるる朝けの庭みれば草にあまれる秋の白露(536)


秋廿首歌めされし時            前大納言為兼

露の色ましばの風の夕げしき明日もやここにたへてながめん(544)


いなづまを                   御製

よひのまの村雲づたひ影見えて山の端めぐる秋のいなづま(628)


 下

題しらず                 天智天皇御製

わたつ海のとよはた雲に入日さしこよひの月夜すみあかくこそ(629)


月三十首御歌の中に              永福門院

空きよく月さしのぼる山の端にとまりて消ゆる雲の一むら(643)


百首歌の中に                従二位家隆

海のはて空のかぎりも秋の夜の月の光のうちにぞありける(686)


暁月                      御製

明けぬるかわけつる跡に露しろし月のかへさの野べの道しば(713)


万葉集の歌の一句を題にて人々歌つかうまつりけるに、かくれぬ程に
                      従三位為子

花の色はかくれぬほどにほのかなる霧の夕べの野べのをちかた(746)




持明院殿にて五十番歌合侍りし時、冬雲を  入道前太政大臣

夕日さす嶺の時雨の一むらにみぎりをすぐる雲の影かな(865)


題しらず                   永福門院

河千鳥月夜をさむみいねずあれや寝覚(ねざ)むるごとに声の聞ゆる(924)


冬の歌の中に              中務卿宗尊親王

今朝みれば遠山しろし都まで風のおくらぬ夜半(よは)の初雪(950)


百首歌の中に               前中納言定家

かきくらす軒端の空にかずみえてながめもあへずおつるしら雪(979)


冬の比、後夜の鐘のおと聞こえければ、峰の坊へのぼるに、月雲より出でて道を送る。峰にいたりて禅室にいらんとする時、月又雲をおひて、むかひの嶺にかくれなんとするよそほひ、人しれず月のわれにともなふかとみえければ
                       高弁上人

雲を出でて我にともなふ冬の月風や身にしむ雪やつめたき(996)


冬の御歌の中に                永福門院

月影は森のこずゑにかたぶきてうす雪しろし有明の庭(997)


冬の歌の中に               前大納言為兼

(ねや)のうへはつもれる雪に音もせでよこぎる(あられ)窓たたくなり(1010)


里に侍りけるが、しはすのつごもりにうちに参りて、御物いみなりければつぼねにうちふしたるに、人のいそがしげに行きかふおとを聞きて、思ひつづけける
                        紫式部

年くれて我が世ふけゆく風のおとに心のうちのすさまじきかな(1036)




後京極摂政家詩歌合、羇中眺望       前中納言定家

秋の日のうすき衣に風たちて行く人またぬをちの白雲(1162)


雑歌の中に               中務卿宗尊親王

旅人のともし捨てたる松の火の(けぶり)さびしき野路(のぢ)の明ぼの(1175)


野夕雨と云ふ事を              従三位為子

雨の脚もよこさまになる夕風に(みの)ふかせゆく野べの旅人(1202)



 一

題しらず                   小野小町

春雨の沢にふるごと音もなく人にしられでぬるる袖かな(1268)


忍恋の心を                前大納言為兼

さらにまたつつみまさると聞くからにうき恋しさもいはずなる(ころ)(1281)


恋の御歌の中に                遊義門院

夕暮はかならず人を恋ひなれて日もかたぶけばすでに悲しき(1342)


天智天皇より「いもがあたりたえずも見んとやまとなるおほしまみねにいへゐせましや」と侍りければ
                        鏡王女

秋山の()の下がくれゆく水のわれこそまされ思ふ心は(1361)


 二

題しらず                   大津皇子

足曳(あしびき)の山のしづくにいもまつとわれ立ちぬれぬ山のしづくに(1377)


待恋の心を                  永福門院

音せぬがうれしきをりもありけるよ頼みさだめて(のち)の夕暮(1382)


待恋                      御製

こよひとへや後の幾夜はいくたびもよし偽りにならばなるとも(1390)


百首歌の中に                 和泉式部

つれづれと空ぞ見らるる思ふ人あまくだりこん物ならなくに(1467)


 三

寄船恋                     御製

浦がくれ入江にすつるわれ舟のわれぞくだけて人は恋しき(1493)


寄書恋をよませ給うける            永福門院

玉章(たまづさ)にただひと筆とむかへども思ふ心をとどめかねぬる(1534)


恋の歌とて                 従三位為子

物思へばはかなき筆のすさびにも心に似たることぞ書かるる(1535)


恋の歌の中に              入道前太政大臣

恋しさはながめの末にかたちして涙にうかぶ遠山の松(1577)


寄夢恋                     御製

あくがるる(たま)の行くへよ恋しとも思はぬ夢に入りやかぬらん(1596)


 四

題をぐくりて三百首歌人々つかうまつりけるに、秋恋
                        御製

いづくにも秋のね覚の夜さむならば恋しき人もたれか恋しき(1641)


題しらず                   和泉式部

身のうさも人のつらさも知りぬるをこはたがたれを恋ふるなるらん(1679)


題しらず                 永福門院内侍

聞きみるもさすがに近きおなじ世にかよふ心のなどかはるけき(1685)


恋の歌の中に                 永福門院

よわりはつる今はの(きは)の思ひには憂さもあはれになるにぞありける(1715)


恋の命といふ事を人々によませ給うけるついでに  御製

いくたびの命にむかふなげきしてうきはてしらぬ世をつくすらん(1716)


 五

題しらず                  従三位為子

せめてさらば今一たびの契りありていはばやつもる恋もうらみも(1749)


いとうらめしき人につかはしける       従三位頼政

ききもせず我もきかれじ今はただひとりびとりが世になくもがな(1756)


絶恋の心を                   御製

こぼれおちし人の涙をかきやりて我もしほりし夜半ぞ忘れぬ(1761)


百首歌よみ侍りけるに、恋とて     章義門院小兵衛督

よそにのみ人をつらしと何か思ふ心よ我をうき物としれ(1804)


恋の御歌の中に                遊義門院

逢ふたびにこれや限りとおぼえしをげにありはてぬ中となりぬる(1816)


                       新院御製

今更にそのよもよほす雲の色よ忘れてただにすぎし夕べを(1817)



 一

夏熊野へ参りけるに、いはたといふ所にてすずみて、下向しける人につけて、京なる同行のもとにつかはしける
                       西行法師

松が根のいはたの岸の夕すずみ君があれなとおもほゆるかな(1939)


題しらず                   永福門院

物ごとにうれへにもるる色もなしすべてうき世をあきの夕暮(1952)


正治百首歌奉けるに          皇太后宮大夫俊成

風さやぐさ夜のねざめのさびしきははだれ霜ふり鶴さはになく(2037)


歳暮述懐といふ心を              西行法師

年くれしそのいとなみは忘られてあらぬさまなるいそぎをぞする(2060)


 二

近江のあれたる都をすぐとてよみ侍りける      人麿

ささ波の志賀のおほわだよどむとも昔の人にまたあはめやも(2079)


海辺眺望を                前大納言為兼

浪のうへにうつる夕日の影はあれど遠つ小島は色くれにけり(2095)


百首の御歌の中に               永福門院

さ夜ふかき軒ばの峰に月は入りてくらきひばらに嵐をぞきく(2123)


暁の心を                  従三位親子

庭のかげはまだ夜ぶかしとみる程に月にしられて夜はしらみけり(2127)


暁の心を                   永福門院

里々の鳥の初音(はつね)は聞ゆれどまだ月たかき暁の空(2131)


三十首歌めされし時、暁雲を         従三位為子

むらむらに雲のわかるる絶えまより暁しるき星いでにけり(2138)


雑歌の中に                   御製

しら雲はゆふべの山におりみだれなかば消えゆく峰の杉むら(2154)


題しらず                 前中納言定家

そよくれぬならの木の葉に風落ちて星いづる空のうす雲のかげ(2155)


やみなる夜、星の光ことにあざやかにて、晴れたる空ははなの色なるが、こよひ見そめたる心ちして、いとおもしろく覚えければ
                   建礼門院右京大夫

月をこそながめなれしか星の夜のふかきあはれをこよひしりぬる(2159)


夜路といふ事を                 御製

更けぬるか過ぎゆく宿もしづまりて月の夜道にあふ人もなし(2163)


 三

題しらず                    市原王

ひとつ松いく世かへぬる吹く風の声のすめるは年ふかきかも(2187)


みさきと云ふ所へまかり侍りける道に、礒辺の松年ふりにたるをみてよみ侍りける
                      鎌倉右大臣

礒の松いくひささにかなりぬらんいたく木高(こだか)き風の音かな(2191)


山家嵐                  前大納言為兼

山風は垣ほの竹に吹きすてて嶺の松よりまたひびくなり(2220)


三十首歌めされし時、おなじ心を          御製

山あらしの過ぎぬと思ふ夕暮におくれてさわぐ軒の松が枝(2221)


老の後西園寺にてよみ侍りける   常盤井入道前太政大臣

いつといはん夕べの空にききはてんわが住む山の松風のおと(2225)


題をさぐりて人々歌つかうまつりしついでに、鷺を 御製

田面(たのも)より山もとさして行く鷺の近しとみればはるかにぞとぶ(2263)


 四

小式部内侍なくなりて後よみ侍りける      和泉式部

あひにあひて物思ふ春はかひもなし花も霞もめにしたたねば(2299)


御心ち例ならずおはしましける秋よませ給うける
                      近衛院御製

虫の音のよわるのみかは過ぐる秋を惜しむ我が身ぞ先づきえぬべき(2321)


 五

夢をよませ給うける               御製

夢はただぬる夜のうちのうつつにてさめぬる後の名にこそありけれ(2457)


小侍従、大納言三位の夢に見えて歌の事さまざま申して帰るとおぼしく侍りけるが、又道より文をおこせたるとて書きつけて侍りける歌

ことの葉の露に思ひをかけし人身こそはきゆれ心消えめや(2464)


鳥羽院に出家のいとま申し侍るとてよめる    西行法師

をしむとてをしまれぬべき此の世かは身をすててこそ身をもたすけめ(2467)


懐旧の心を                   御製

なさけあるむかしの人はあはれにて見ぬ我が友と思はるるかな(2615)


釈教

山鳥のなくを聞きて              行基菩薩

山鳥のほろほろとなく声きけばちちかとぞ思ふははかとぞ思ふ(2627)


釈教の心を                  永福門院

かりそめに心の宿となれる身をあるもの顔になに思ふらん(2688)


般若心経の畢竟空の心を          前大納言為兼

むなしきをきはめをはりてそのうへに世を常なりと又みつるかな(2722)


神祇

神祇歌の中に           後京極摂政前太政大臣

我が国はあまてる神のままなれば日の本としもいふにぞありける(2746)


伊勢遷宮の年よみ侍りける歌         鎌倉右大臣

神風や朝日の宮のみやうつし影のどかなる世にこそありけれ(2747)


承元々年、鴨社歌合に、社頭述懐といふ事をよませ給うける
                     後鳥羽院御製

みづかきやわが世のはじめ契りおきしその言の葉を神やうけけん(2748)


宝治二年十首歌合に          後久我前太政大臣

八幡(やはた)山さかゆく嶺はこえはてて君をぞ祈る身のうれしさに(2766)


題しらず                 前大僧正慈鎮

立ちかへる世と思はばや神風やみもすそ川のすゑのしら波(2800)



最終更新日:平成14年9月15日

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