小侍従 こじじゅう 生没年未詳(1121頃-1201以後) 通称:待宵(まつよいの)小侍従・八幡小侍従

紀氏。石清水八幡別当大僧都光清の娘。母は花園左大臣家小大進。藤原伊実の妻。法橋実賢・大宮左衛門佐の母。菅原在良は母方の祖父、殷富門院大輔は母方の従妹。
四十歳頃に夫と死別し、二条天皇の下に出仕する。永万元年(1165)の天皇崩後、太皇太后多子に仕え、さらに高倉天皇に出仕した。
歌人としての活躍は宮仕え以後にみられ、永万二年(1166)の中宮亮重家歌合をはじめ、太皇太后宮亮経盛歌合、住吉社歌合、広田社歌合、右大臣兼実歌合などに参加。『無名抄』には殷富門院大輔と共に「近く女歌よみの上手」と賞されている。ことに「待つ宵の…」の歌は評判となり、「待宵の小侍従」の異名で呼ばれた。後徳大寺実定俊成平忠盛西行ら多くの歌人と交遊した。歌の贈答からすると平経盛・源雅定源頼政藤原隆信とは特に親密だったようである。
治承三年(1179)、六十歳頃に出家。その後も後鳥羽院歌壇で活躍を続け、正治二年(1200)の院初度百首、建仁元年(1201)頃の院三度百首(千五百番歌合)などに出詠する。また三百六十番歌合にも選ばれた。家集『小侍従集』がある。千載集初出。勅撰入集は五十五首。『歌仙落書』歌仙。女房三十六歌仙

小侍従ははなやかに、目驚く所よみ据うることの優れたりしなり。中にも歌の返しをする事、誰にも優れたりとぞ(鴨長明『無名抄』)。

例えば、ほぼ同時代の女房歌人である宜秋門院丹後の作が穏和で靜謐な中世的情趣を顕著に示しているのに対し、小侍従の歌は平安朝的な色香をなお濃厚に漂わせているところに特色があろう。それは歌人としての古めかしさとも言えるのだが、発想は機知に富み、個性的である。平安後宮文芸の掉尾を飾る、艶やかな花とも呼ぶべき歌人であった。
関連サイト:『歌人伝・太皇太后宮小侍従』(辛酉夜話)

  2首  3首  2首  2首  8首  4首 計21首

〔題欠〕

いづかたの梅の立ち枝に風ふれて思はぬ袖に香をとどむらん(正治初度百首)

【通釈】袖に梅の花の香がする。どこかの高く伸びた梅の枝に風が触れて、その風が知らないうちに私の袖に香を残していったのだろう。思いもしなかった、いったいどこの梅の花なのか。

【補記】正治二年(1200)の後鳥羽院主催の百首歌。艶な歌いぶりに作者の本領が出ている。

折る袖に()まざりけりな梅の花思ふ心の深さばかりは(小侍従集)

【通釈】梅の枝を折る私の袖に、香りはほのかに移るばかりで、花を思う心の深さほどには、染み付いてくれなかったのだなあ。

【補記】制作年などは不明。

(あふひ)をよめる

いかなればそのかみ山の葵草年はふれども二葉なるらむ(新古183)

【通釈】どういうわけだろう、その昔という名の神山の葵草は、賀茂の大神が降臨された時から、多くの年を経るのに、いま生えたばかりのように双葉のままなのは。

フタバアオイ
葵草(フタバアオイ)

【語釈】◇葵 賀茂祭の日、社前などを飾るのに用いた。葉を二枚対生するので、二葉葵とも言う。◇そのかみ山 神山は賀茂神社の背後の山。「その昔」を意味する「そのかみ」を掛ける。

【補記】葵祭の飾りに用いられた葵草に寄せて、賀茂の祭が毎年華やかに繰り返されることを讃美する心を籠めている。壮麗な賀茂祭は京の人々が待ちかねた夏の一大イベントであり、それを楽しむ弾むような心がよく出ている。

【他出】続詞花集、小侍従集、玄玉集、三百六十番歌合、歌枕名寄

【主な派生歌】
たのみこしそのかみ山の葵草思へばかけぬ年のなきかな(二条院讃岐)
生ひかはる今日のあふひや神山に千代かけて見る二葉なるらむ(霊元院)
神山のみあれののちのあふひ草いつを待つとて二葉なるらむ(香川景樹)

〔題欠〕

おり立ちてつむべきなぎの葉もみえず田中の井戸に五月雨のころ(正治初度百首)

【通釈】そろそろ田に降り立って、水葵を摘む季節なのだけれど、葉も見えない。この頃は梅雨の雨が降りしきり、田中の井戸を溢れさせて。

【語釈】◇なぎ 水葱。ミズアオイ。若葉や若芽を吸物の具などにした。参考サイト:石川の植物「ミズアオイ」

【本歌】催馬楽「田中井戸」
田中の井戸に 光れる田水葱(たなぎ) 摘め摘め吾子女(あこめ) 田中の小吾子女(こあこめ) たらり らり 田中の子吾子女

【類想歌】源有房「有房集」
さみだれは田中の井戸の水越えてこなぎ摘むべき方もしられず

正治二年百首歌に

咲きにけり(をち)かた人にこととひて名を知りそめし夕顔の花(続古今273)

【通釈】咲いたなあ、夕顔の花が。遠くを行く人に「これは何の花ですか」と訊いて、初めて名を知った、その花が。

【語釈】◇遠かた人 遠方を通りかかった人。【本歌】を踏まえた語。◇夕顔  ウリ科の蔓性一年草。夏の夜、白い花が咲く。

【他出】三百六十番歌合、秋風集、雲葉集、六華集

【本歌】よみ人しらず「古今集」旋頭歌
うちわたすをち方人に物申す我 そのそこに白く咲けるは何の花ぞも
【本説】「源氏物語 夕顔」
「をちかた人にもの申す」と、ひとりごちたまふを、御随身ついゐて、「かの白く咲けるをなむ、夕顔と申しはべる。花の名は人めきて、かうあやしき垣根になむ咲きはべりける」と、申す。

七夕によみ侍りける

まれに逢ふ秋の七日(なぬか)のくれはとりあやなくやがて明けぬこの夜は(玉葉477)

【通釈】一年に一度だけ、稀にしか逢えない秋七月七日がやって来て、わけもわからないうちに、じき明けてしまった、この夜は。

【語釈】◇くれはとり 呉織。揚子江下流の呉の地から伝わった綾織物。「来れ」を掛ける。また「あや」の枕詞になる。◇あやなく アヤナシは、筋道が通らない、意味がわからない、むなしい、などの意。

【参考歌】よみ人しらず「後撰集」
彦星のまれに逢ふ夜のとこ夏は打ちはらへども露けかりけり
  作者不詳「古今和歌六帖」
恋ひ恋ひてまれに逢ふ夜のあかつきは鳥の音つらきものにざりける

後京極摂政百首歌よませ侍りけるに

いくめぐりすぎゆく秋に逢ひぬらむ変はらぬ月の影をながめて(新勅撰294)

【通釈】過ぎ行く秋に、幾度めぐりあっただろう。月だけは昔と変わらずに輝く、その光を眺めて。

【補記】「後京極摂政」は藤原良経。「百首歌」は建久元年(1190)の「花月百首」または翌年の「十題百首」であろう。

【他出】三十六人歌合(元暦)、時代不同歌合

【参考】「白氏文集・上陽白髪人」(→資料編
唯向深宮望明月 東西四五百迴円

【主な派生歌】
昔だになほ古里の秋の月しらず光のいくめぐりとも(藤原定家[続後撰])
見しこともかはらぬ月の面かげやただめのまへの昔なるらむ(藤原忠資[続千載])
すみとげむ我が世ぞしらぬ秋ごとにかはらぬ月のかげをみるにも(伏見院)

題しらず

かきくもりあまぎる雪のふる里をつもらぬさきに訪ふ人もがな(新古678)

【通釈】空一面曇らせて雪の降る、古びた里にいる私を、この雪が積もらないうちに、誰か訪ねて来てほしいものだ。

【語釈】◇あまぎる 天霧る。空がよく見えない状態になる。◇ふる里 「(雪が)降る」を掛ける。「ふるさと」は、古い由緒のある里、あるいは寂しく荒れた里。古歌では特に奈良旧京や吉野などを言う場合が多い。

千五百番歌合に

跡つけしその昔こそ恋しけれのどかにつもる雪を見るにも(新後拾遺558)

【通釈】子供の頃、雪を珍しがって踏んだ跡をつけたものだ。のどかに降り積もる雪を見るにつけ、あの頃が懐かしい。

【補記】純真だった幼い日々の回想。千五百番歌合は建仁元年(1201)の詠進で、同じ時の作に「思ひやれ八十路(やそぢ)の年の暮なればいかばかりかは物は悲しき」という歌があり、作者は当時八十歳を過ぎていたらしい。

恋の歌とてよめる

恋ひそめし心の色のなになれば思ひかへすにかへらざるらむ(千載892)

【通釈】恋をし始めてから、心の色はすっかり恋に染まってしまった。いったい何の色だというのか、もうやめようと思い返しても、色はもとには戻らない。

【語釈】◇恋ひそめし 恋し始めた。「そめ」は「染め」を掛け、「色」の縁語になる。◇思ひかへす 心をひるがえす。◇かへらざるらむ 「かへる」は「色」の縁語で、「色が褪せる」「色がもとに戻る」意。

題しらず

待つ宵のふけゆく鐘の声きけばあかぬ別れの鳥はものかは(新古1191)

【通釈】恋人を待つ宵の更けゆくことを知らせる鐘の音を聞けば、嫌々別れなければならない朝を告げる鳥の声も物の数に入るだろうか。この鐘の音の辛さに比べれば。

【語釈】◇あかぬ別れ あく(飽く)は「満足する」意。不満な別れ。この場合、後朝(きぬぎぬ)の別れ。

【補記】朝の別れの時を告げる鳥の声を悲しいものとするのは古来の恋歌の常識であるが、待つ女の身で聞く夜更けの鐘の音の方が遥かに辛いものだとした。この歌は発表当時から評判が高く、作者は「待宵の小侍従」と通称されるようになった。初句「まつ宵に」とする本もある。

【他出】続詞花集、歌仙落書、小侍従集、竹園抄、和歌口伝、平家物語(延慶本・覚一本)、源平盛衰記、女房三十六人歌合

【参考歌】よみ人しらず「後撰集」
うとまるる心しなくは時鳥あかぬ別れに今朝はなかまし

【主な派生歌】
こぬ人を待つとはなくて待つ宵の更けゆく空の月もうらめし(藤原有家[新古今])
いつはりと思ひながらも待つ宵の更くるはつらき山の端の月(大江頼重[続後拾遺])
待つよひの更行くかねのうさまでは恨みもあへぬほととぎすかな(花山院師兼)

夢中契恋といへる心をよめる

見し夢のさめぬやがてのうつつにて今日とたのめし暮を待たばや(千載835)

【通釈】ゆうべ、あなたと思いを遂げる夢をみた――その夢が醒めずにそのまま現実となって、あてにしていた今日の夕暮になってほしいものだ。

【語釈】◇今日とたのめし暮 シは所謂過去(記憶)の助動詞。今日はきっと逢えると期待した夕暮。◇暮を待たばや 夕暮を待って、夢が現実化するのを見届けたい、という心。

依雨増恋といふ事をよみ侍りける

たのめしを待つ夜の雨の明方にをやむしもこそつらく聞こゆれ(玉葉1414)

【通釈】あなたが来るのをあてにして待つ夜の、雨が降り続けていた明け方に、雨がしばしやんだのこそ、辛く聞えるよ。今まで雨を口実に、あなたが来ないのも仕方ないと自分を納得させていたのに。

【補記】雨に依りて増さる恋。制作年などは未詳。

【他出】月詣集、小侍従集、題林愚抄(初句を「たのむれば」として載せる本もある。)

題しらず

つらきをも恨みぬ我にならふなよ憂き身を知らぬ人もこそあれ(新古1227)

【通釈】あなたの冷淡さを恨まない私が普通だと思わない方がよい。身の上をわきまえない人も、世の中にはいるのだから。私は辛い境遇に生まれついた身だから我慢するけれど、ほかの女の人はそうはゆきませんよ。

【語釈】◇つらきをも あなたの冷淡な態度をも。◇我にならふなよ 私に慣れるなよ。私を普通の例と思うなよ。◇憂き身 辛い身の上。辛い境遇に生まれついた身の程。

【補記】正治初度百首。作者の辛辣な恋愛観が窺える一首で、その意味では名高い「待つ宵の」よりも重んずべきであろう。

【他出】和歌一字抄、三百六十番歌合、時代不同歌合、平家物語(延慶本)、女房三十六人歌合、歌林良材

【主な派生歌】
あやにくにつらき人しも恋しきや憂き身を知らぬ心なるらむ(後崇光院)

題しらず

君恋ふとうきぬる(たま)のさ夜ふけていかなる(つま)にむすばれぬらむ(千載924)

【通釈】あなたが恋しいと、私の魂は体からさまよい出てしまった。もう夜が更けたのに帰って来ない。いったいどんな人の衣の褄に結ばれてしまったのだろう。

【語釈】◇うきぬる魂 浮かれ出た魂。いわゆる遊離魂。◇褄に結ばれぬらむ 褄(つま)とは、着物の裾の左右両端の部分。褄を結ぶことによって、魂の遊離を留め得るとの俗信があった。

【他出】小侍従集、定家八代抄

後京極摂政家百首歌よみ侍りけるに (二首)

雲となり雨となりても身にそはばむなしき空を形見とや見む(新勅撰830)

【通釈】私が巫山の神女のように、朝には雲となり、暮には通り雨となって、いつもあなたの身に寄り添ったなら、あなたも楚の襄王のように、私が去った後、虚空を形見として眺めてくれるだろうか。

【語釈】◇雲となり雨となりても 『文選』所載、宋玉「高唐賦」を踏まえる。夢に逢った神女が、別れにあたり楚の王に言った文句「旦(あした)には朝雲と為り、暮には行雨と為る。朝朝暮暮、陽台の下にす」。

【補記】九条良経主催の百首歌に詠んだという歌。どの百首歌かは不明。

 

いかなりし時ぞや夢に見しことはそれさへにこそ忘られにけれ(新勅撰831)

【通釈】どんな時だったのだろう、あの人と夢で逢ったのは。それさえ今はもう、忘れてしまったのだ。現実に逢ったことも、遠い記憶になりつつあるというのに…。

【補記】『小侍従集』では題「夜増さる恋」とある。夜の寝床で、かつての夢を思い出そうにも、それさえ最早遠い記憶。新勅撰集の詞書によればこれも九条良経主催の百首歌に詠んだ歌。

【参考歌】よみ人しらず「古今集」
宵々に枕さだめむ方もなしいかに寝し夜か夢に見えけむ

住吉のやしろの歌合とて人々よみ侍りける時、旅宿時雨といへる心をよみ侍りける

草枕おなじ旅寝の袖にまた夜半(よは)のしぐれも宿は借りけり(千載528)

【通釈】草を枕に野宿していると、私の袖は濡れてしまった。夜の時雨もまた、私と同じ場所に宿を借りたのだった。

【語釈】◇草枕 旅にかかる枕詞。草を枕にして寝ることから。この「旅寝」が野宿であることをも示している。◇夜半 夜。夜更け。「は」を「半」と書くのは当て字。◇時雨 ぱらぱらと降ってはやむ、晩秋から初冬にかけての通り雨。旅の心細さに涙を流すことを暗示している。

【補記】嘉応二年(1170)十月九日の住吉社歌合、十九番左勝。藤原俊成の判詞は「おなじ旅寝の袖に又といひて、夜はのしぐれもやどはかりけりといへる心すがたいとをかし詠んだという歌。

【他出】歌仙落書、月詣集、小侍従集

百首歌たてまつりしに、山家の心を

しきみ摘む山路の露にぬれにけり暁おきの墨染の袖(新古1666)

【通釈】仏にお供えしようと山で樒(しきみ)の花を摘んでいると、路傍の草の露に濡れてしまった。暁に起き出て来た、私の墨染の袖が。

【語釈】◇しきみ モクレン科の常緑低木。春、黄白色の花をつける。芳香があり、仏前に供えた。◇暁おき 「おき」には「置き」の意が掛かり、露の縁語。◇墨染の袖 出家した身分であることを示す。

【補記】正治二年(1200)、後鳥羽院初度百首。下記源国信の歌の影響が顕著であるが、「しきみ摘む」が出家者の暮らしぶりを髣髴とさせ哀れ深い。

【他出】三百六十番歌合、定家十体(有心様)、三五記、女房三十六人歌合、六華集、題林愚抄

【参考歌】源国信「堀河百首」「新古今集」
山路にてそほちにけりな白露の暁おきの木々の雫に

【主な派生歌】
しきみつむ山路にかよふ心だに暁おきをえこそならはね(下冷泉持為)
わが袖をしきみつむより濡れそふや暁おきの涙なるらむ(正徹)
樒つむあかつきおきの峰の松こゑを御法にきく嵐かな(正広)
しきみつむ暁露よ世は花の匂ひにまさる墨染の袖(肖柏)

心経(しんぎやう)のこころをよめる

色にのみ染めし心のくやしきをむなしと説ける(のり)のうれしさ(新古1936)

【通釈】現世の浮わついたことにばかり心を染めていたことが後悔されるけれど、「色即是空」と説く般若心経の教えに出会えて心の迷いも消えた。ああうれしい。

【語釈】◇心経 般若心経。◇色 形相(ぎょうそう)。実際に目で見たり、手でさわったり、耳で聞いたりすることのできるもの。現象界の物質的存在。「形あるもの」を意味する梵語(サンスクリット)の漢訳である「色」の訓読語。◇染めし 色の縁語。◇くやしきを 悔やまれるけれど。この「を」はいわゆる目的格の助詞でなく、接続助詞。「くやしきは」とする本もある。◇むなしと説ける 般若心経の「色即是空」を指す。現象界の物質的存在には固定的実体がない。◇うれし 気持が晴れ晴れとする。心経の教えが迷いを取り去ってくれたことを「うれし」と言っている。

【他出】続詞花集、今撰集、小侍従集、宝物集

小侍従、大納言三位の夢に見えて、歌の事さまざま申して帰るとおぼしく侍りけるが、又道より文をおこせたるとて、書きつけて侍りける歌

ことの葉の露に思ひをかけし人身こそは消ゆれ心消えめや(玉葉2464)

【通釈】[詞書]大納言三位(藤原為子)の夢に小侍従があらわれて、歌のことを様々語って帰って行ったようでしたが、またその帰り道に手紙を寄越して来たとのことで、為子が書き付けておきました歌
[歌]葉の上に置いた露は、はかなく消えてゆきます。和歌という、いわば言の葉の露のように美しい儚いものに思いをかけた人も、命はこの世から消えてゆきますが、歌に託した心は消えることがあるでしょうか。

【補記】鎌倉末期の女房歌人、藤原為子の夢に小侍従があらわれ、残していったという歌。「思ひをかけし人」は特に小侍従自身を指すが、和歌に思いをかけてきた昔の歌人たちすべてを含めて言っていよう。それはまた為子に対する励ましの言葉でもあった。


更新日:平成17年12月25日
最終更新日:平成21年02月09日