九条良経 くじょうよしつね 嘉応元〜建永元(1169-1206)

法性寺摂政太政大臣忠通の孫。後法性寺関白兼実の二男。母は従三位中宮亮藤原季行の娘。慈円は叔父。妹任子は後鳥羽院后宜秋門院。兄に良通(内大臣)、弟に良輔(左大臣)・良平(太政大臣)がいる。一条能保(源頼朝の妹婿)の息女、松殿基房(兼実の兄)の息女などを妻とした。子には藤原道家(摂政)・教家(大納言)・基家(内大臣)・東一条院立子(順徳院后)ほかがいる。
治承三年(1179)四月、十一歳で元服し、従五位上に叙される。八月、禁色昇殿。十月、侍従。同四年、正五位下。養和元年(1181)十二月、右少将。寿永元年(1182)十一月、左中将。同二年、従四位下。同年八月、従四位上。元暦元年(1184)十二月、正四位下。同二年、十七歳の時、従三位に叙され公卿に列す。兼播磨権守。文治二年(1186)、正三位。同三年、従二位。同四年、正二位。この年、兄良通が死去し、九条家の跡取りとなる。同五年七月、権大納言。十二月、兼左大将。同六年七月、兼中宮大夫。建久六年(1195)十一月、二十七歳にして内大臣(兼左大将)。同七年、父兼実は土御門通親の策謀により関白を辞し、良経も籠居。同九年正月、左大将罷免。しかし同十年六月には左大臣に昇進し、建仁二年(1202)以後は後鳥羽院の信任を得て、同年十二月、摂政に任ぜられる。同四年、従一位摂政太政大臣。元久二年(1205)四月、大臣を辞す。同三年三月、中御門京極の自邸で久しく絶えていた曲水の宴を再興する計画を立て、準備を進めていた最中の同月七日、急死した。三十八歳。
幼少期から学才をあらわし、漢詩文にすぐれたが、和歌の創作も早熟で、千載集には十代の作が七首収められた。藤原俊成を師とし、従者の定家からも大きな影響を受ける。叔父慈円の後援のもと、建久初年頃から歌壇を統率、建久元年(1190)の『花月百首』、同二年の『十題百首』、同四年の『六百番歌合』などを主催した。やがて歌壇の中心は後鳥羽院に移るが、良経はそこでも御子左家の歌人らと共に中核的な位置を占めた。建仁元年(1201)七月、和歌所設置に際しては寄人筆頭となり、『新古今和歌集』撰進に深く関与、仮名序を執筆するなどした。建仁元年の『老若五十首』、同二年の『水無瀬殿恋十五首歌合』、元久元年の『春日社歌合』『北野宮歌合』など院主催の和歌行事に参加し、『千五百番歌合』では判者もつとめた。
後京極摂政・中御門殿と称され、式部史生・秋篠月清・南海漁夫・西洞隠士などと号した。自撰の家集『式部史生秋篠月清集』『後京極摂政御自歌合』がある。千載集初出。新古今集では西行・慈円に次ぎ第三位の収録歌数七十九首。漢文の日記『殿記』は若干の遺文が存する。書も能くし、後世後京極様の名で伝わる。

「故摂政は、たけをむねとして、諸方を兼ねたりき。いかにぞや見ゆる詞のなさ、哥ごとに由あるさま、不可思議なりき。百首などのあまりに地哥もなく見えしこそ、かへりては難ともいひつべかりしか。秀歌のあまり多くて、両三首などは書きのせがたし」(『後鳥羽院御口伝』)。
「後京極摂政の歌、毎首みな錦繍、句々悉々く金玉、意情を陳ぶれば、ただちに感慨を生じ、景色をいへば、まのあたりに見るが如し。風姿優艷にして、飽くまで力あり、語路(ごろ)逶迱(いだ)として、いささかも閑あらず、実に詞花言葉の精粋なるものなり」(荷田在満『国歌八論』)。語路逶迱は言葉の続き具合に滞りがないこと。

テキストは新編国歌大観所収の『秋篠月清集』(底本は藤原定家等筆の天理図書館蔵本)に拠る。但し、仮名には適宜漢字をあてた。〔〕内は採録された勅撰集名である。

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 18 11 19 11 21 20 計100首

みよしのは山もかすみて白雪のふりにし里に春は来にけり〔新古〕

空はなほかすみもやらず風さえて雪げにくもる春の夜の月〔新古〕

見ぬ世まで思ひのこさぬながめより昔にかすむ春のあけぼの〔風雅〕

わするなよたのむの沢をたつ雁もいなばの風の秋の夕暮〔新古〕

かへる雁いまはの心ありあけに月と花との名こそをしけれ〔新古〕

ながむればかすめる空のうき雲とひとつになりぬかへる雁がね〔千載〕

吉野山このめもはるの雪きえてまたふるたびは桜なりけり

昔誰かかる桜の花をうゑて吉野を春の山となしけむ〔新勅撰〕

かすみゆくやどの梢ぞあはれなるまだ見ぬ山の花のかよひぢ

桜さく比良の山風ふくままに花になりゆく志賀のうら浪〔千載〕

またも来む花にくらせるふるさとの木のまの月に風かをるなり

鈴鹿川波と花との道すがら八十瀬をわけし春はわすれず

雲のなみ煙のなみやちる花のかすみにしづむ(にほ)のみづうみ

ちる花も世をうきくもとなりにけりむなしき空をうつす池水

なほちらじみ山がくれの遅桜またあくがれむ春のくれがた

よしの山花のふるさと跡たえてむなしき枝に春風ぞふく〔新古〕

あすよりは志賀の花園まれにだに誰かはとはん春のふるさと〔新古〕

ちる花をけふのまとゐの光にて浪間にめぐる春のさかづき

うちしめりあやめぞかをる郭公なくや五月の雨の夕暮〔新古〕

小山田にひくしめなはのうちはへて朽ちやしぬらん五月雨の比〔新古〕

さつき山雨にあめそふ夕風に雲よりしたをすぐる白雲

いさり火のむかしの光ほの見えてあしやの里にとぶ蛍かな〔新古〕

窓わたる宵のほたるもかげきえぬ軒ばにしろき月のはじめに

かさねてもすずしかりけり夏衣うすき袂にうつる月かげ〔新古〕

すずみにとわけいる道は夏ふかし裾野につづくもりの下草

おく山に夏をばとほくはなれきて秋の水すむ谷のこゑかな

手にならす夏のあふぎとおもへどもただ秋風のすみかなりけり

かげふかきそとものならの夕すずみひと木がもとに秋風ぞふく〔玉葉〕

おしなべて思ひしことの数々になほ色まさる秋のゆふぐれ〔新古〕

もの思はでかかる露やは袖におくながめてけりな秋のゆふぐれ〔新古〕

秋をあきと思ひ入りてぞながめつる雲のはたてのゆふぐれの空

水あをき麓の入江霧はれて山ぢ秋なる雲のかけはし〔風雅〕

山とほき門田のすゑは霧はれてほなみにしづむ有明の月〔続拾遺〕

うすぎりの麓にしづむ山のはにひとりはなれてのぼる月かげ

三日月の秋ほのめかすゆふぐれは心にをぎの風ぞこたふる

故郷のもとあらの小萩さきしより夜な夜な庭の月ぞうつろふ〔新古〕

庭ふかきまがきの野べのむしのねを月と風とのしたにきくかな

雲はみなはらひはてたる秋かぜを松にのこして月をみるかな〔新古〕

ゆくすゑは空もひとつの武蔵野に草の原よりいづる月かげ〔新古〕

とこよにていづれの秋か月は見し都わすれぬ初雁のこゑ

さびしさやおもひよわると月見れば心のそらぞ秋ふかくなる

いとふ身ものちのこよひと待たれけりまたこむ秋は月もながめじ

うつの山こえしむかしの跡ふりてつたのかれ葉に秋風ぞふく〔新続古今〕

時しもあれふるさと人はおともせでみ山の月に秋かぜぞふく〔新古〕

たぐへくる松の嵐やたゆむらん峯のへにかへるさを鹿の声〔新古〕

きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかも寝む〔新古〕

ことし見るわがもとゆひの初霜にみそぢあまりの秋のふけぬる〔新後拾遺〕

はるかなる峰の雲間のこずゑまでさびしきいろの冬は来にけり〔新後撰〕

みし秋をなににのこさむ草の原ひとつにかはる野辺のけしきに

ささの葉はみ山もさやにうちそよぎこほれる霜をふく嵐かな〔新古〕

あらしふき空にみだるる雪もよにこほりぞむすぶ夢はむすばず

きえかへりいはまにまよふ水のあわのしばしやどかる薄氷かな〔新古〕

かたしきの袖の氷もむすぼほれとけてねぬ夜の夢ぞみじかき〔新古〕

月ぞすむたれかはここにきのくにや吹上の千鳥ひとりなくなり〔新古〕

里わかぬ雪のうちにも菅原やふしみの暮はなほぞさびしき〔新拾遺〕

さびしきはいつもながめのものなれど雲まの峰の雪の明けぼの〔新勅撰〕

さゆる夜のまきのいたやのひとり寝に心くだけと霰ふるなり〔千載〕

いそのかみふるののをざさ霜をへてひと夜ばかりにのこる年かな〔新古〕

おほかたにながめし暮の空ながらいつよりかかる思ひそめけむ

うつせみのなくねやよそにもりの露ほしあへぬ袖を人のとふまで〔新古〕

もらすなよ雲ゐるみねのはつしぐれ木の葉はしたに色かはるとも〔新古〕

かぢをたえゆらの湊による舟のたよりもしらぬ沖つしほ風〔新古〕

なげかずよいまはたおなじなとり川せぜの埋木くちはてぬとも〔新古〕

身にそへるそのおもかげもきえななむ夢なりけりとわするばかりに〔新古〕

それはなほ夢のなごりもながめけり雨のゆふべも雲のあしたも

いく夜われなみにしをれてきぶね川袖に玉ちるもの思ふらむ〔新古〕

なにゆゑと思ひもいれぬ夕だに待ちいでしものを山のはの月〔新古〕

めぐりあはむかぎりはいつとしらねども月なへだてそよそのうき雲〔新古〕

きみがあたりわきてと思ふ時しもあれそこはかとなきゆふぐれの空

きみもまた夕やわきてながむらん忘れずはらふ荻の風かな

わが涙もとめて袖にやどれ月さりとて人のかげは見ねども〔新古〕

月やそれほのみし人のおもかげをしのびかへせば有明の空

いはざりきいまこむまでのそらの雲月日へだてて物おもへとは〔新古〕

いつもきくものとや人の思ふらむこぬゆふぐれの秋風の声〔新古〕

恋しとはたよりにつけていひやりき年はかへりぬ人はかへらず

われとこそながめなれにし山のはにそれもかたみの有明の月〔風雅〕

見し人の袖にうきにしわがたまのやがてむなしき身とやなりなむ〔新千載〕

恋ひ死なむわがよのはてににたるかなかひなくまよふゆふ暮の雲

のちもうししのぶにたへぬ身とならばそのけぶりをも雲にかすめよ

おしなべてこのめも春のあさみどり松にぞ千代の色はこもれる〔新古〕

しきしまややまとしまねも神代より君がためとやかためおきけむ〔新古〕

もろともにいでし空こそわすられね都の山のありあけの月〔新古〕

わすれじとちぎりていでしおもかげは見ゆらむものをふるさとの月〔新古〕

くにかはるさかひいくたびこえすぎておほくの民に面なれぬらむ

ふるさとは浅茅がすゑになりはてて月にのこれる人のおもかげ〔新古〕

夕なぎに浪間の小島あらはれてあまのふせ屋をてらすもしほ火

人すまぬふはの関屋の板びさしあれにしのちはただ秋の風〔新古〕

はるの田に心をつくる民もみなおりたちてのみ世をぞいとなむ

おのづからをさまれる世やきこゆらむはかなくすさむ山人のうた

わが心そのいろとしはそめねども花やもみぢをながめきにける

うきしづみこむ世はさてもいかにぞと心に問ひてこたへかねぬる〔新古〕

をはり思ふすまひかなしき山かげにたまゆらかかるあさがほの露〔新勅撰〕

あまのとをおしあけがたの雲まより神代の月のかげぞのこれる〔新古〕

神風やみもすそ河のそのかみにちぎりしことの末をたがふな〔新古〕

わが国はあまてる神のすゑなれば日のもととしもいふにぞありける〔玉葉〕

わかの浦のちぎりもふかしもしほ草しづまむ世々をすくへとぞ思ふ

たまつ島たえぬながれをくむ袖にむかしをかけよわかのうらなみ

家に百首歌よみ侍りける時、十界の心をよみ侍りけるに、縁覚の心を

おく山にひとりうき世はさとりにきつねなきいろを風にながめて〔新古〕

前内相府幽霊一辞東閤之月、永化北芒之煙、以来去文治第四之春忽入我夢以呈詩句、今建久第二之春又入人夢、開暁之詞実知娑婆之善漸積、泉壌之眠自驚者歟、爰依心棘之難、抑奉答夢草之幽思而已

みし夢の春のわかれのかなしきはながきねぶりのさむときくまで


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成20年03月02日