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井筒《いづつ》

三番目
季節  秋
作者  世阿弥元清
典拠  伊勢物語 古今集
作物  井筒
前シテ 里女《さとおんな》(面・増《ぞう》)
後シテ 紀有常《きのありつね》の娘
ワキ  旅僧

物語

旅の僧が奈良の七大寺に参った後、初瀬へ詣でる途上で在原寺へと差しかかりました。
在原寺と言えば 在原業平と紀有常の娘が夫婦となって住んだ石の上の邸のあとで 名高い歌枕です。
旅僧は在原寺で業平と有常の息女夫婦の供養をすることにします。

水桶を下げた若い女が現れ、井戸に写る月を愛でつつ水を汲み その辺りの塚へ手向けます。
美しい女性の訳ありげな風情に旅僧は思わず声をかけます。
女はこの辺りに住むもので 在原業平のことはよくは知らないけれど 物語や歌に名を残した人であるからその墓と思われるこの塚に回向するのだと答えます。
僧は、いかにも業平は名高い歌人だけれど はるか昔の人であるのに 女のあなたがこのように篤く弔われるのはわけのあることに違いないと重ねて尋ねます。
彼の業平はその当時から「昔男ありけり」と話になる程の伝説的な人物であり まして 遠い時代の人である。 自分とかかわりのあろうはずが無いと女は言いますが、古い塚や辺りの景色を懐かしむ風情です。
僧は業平と有常の息女の物語をしてくれるようにと頼みます。

昔 在原の中将は花の春 月の秋を眺めながら長くこの石の上の地に住んでいました。
ここで紀有常の娘と契りを結び 睦まじかったにも関わらず、河内の国 高安の里にも恋人が出来て忍んで通っておりました。
有常の息女は業平の裏切りを知りながら

 風吹けば 沖つ白波龍田山 夜半には君が 独り行くらん

と河内高安の女のもとへと夜山越えをする業平の安否を気づかう歌を詠みました。
これを知った業平は有常の娘の心に感じ入って河内の女のもとへ通うのをやめました。

業平と有常の娘はとなり同士で育った幼馴染みでした。門前の井戸に顔をうつして遊んだ仲です。
時は移り 成長とともに互いに恥じらって顔をあわせることはなくなりました。
その後、彼のまめ男 在原業平として成人した男は

 筒井筒 井筒にかけし まろがたけ おいにけらしな 妹見ざる間に

と恋の歌を詠み掛けました。
女も

 くらべ来し 振り分け髪も 肩過ぎぬ 君ならずして 誰かあぐべき

とこたえます。髪をあげるとは結婚を意味します。「あなた以外の誰に私の髪をゆいあげさせることがありましょうか」という恋に応える歌です。
この名高い歌によって有常の娘は「井筒の女」と呼ばれました。

語り終えた女の風情は 物語にかかわりの無い者とは思えません。
訝しがる僧に女は

「まことに自分は有常の娘とも井筒の女とも呼ばれた者である。契りを結んだのは十九の時であった」と言い残して井戸の蔭へと消えました。

夜も更けて 僧は秋の月の下 在原寺で苔をむしろに夢を見るのでした。

 「あだなりと 名をこそたてれ 櫻花 年に稀なる 人も待ちけり

この歌を作ったのも私で 「人待つ女」とも呼ばれものです。」と語りながら 今は亡き業平の直衣を身にまとった井筒の女が現れて舞います。その姿はさながら雪の降り敷く庭の花のようです。
 「月やあらぬ 春や昔(の春ならぬ 我が身ひとつはもとの身にして)と業平が詠ったのはいつの事であったろうか。」
井筒の水面にうつるおのが姿に業平の面影を見て 我ながら懐かしや と覗き込む女の幽霊は しぼんだ花が色褪せても匂っているような風情で 夜明けの鐘とともに消えてしまいます。

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