後記 2014-05-05                  


 

  雪の降るまちを 雪の降るまちを
  想い出だけが 通りすぎてゆく
  雪の降るまちを
  遠い国から 落ちてくる
  この想い出を この想い出を
  いつの日かつつまん
  温かき幸せのほほえみ
 
  雪の降るまちを 雪の降るまちを
  足音だけが 追いかけてゆく
  雪の降るまちを
  ひとり心に 充ちてくる
  この哀しみを この哀しみを
  いつの日かほぐさん
  緑なす春の日のそよ風
 
  雪の降るまちを 雪の降るまちを
  息吹とともに こみあげてくる
  雪の降るまちを
  誰もわからぬ わが心
  このむなしさを このむなしさを
  いつの日か祈らん
  新しき光降る鐘の音

  「雪の降るまちを」─1952年にヒットした内村直也作詞、中田喜直作曲の歌(Wikipedia)

 風わたる窓辺のむこうに、霞がかった午後の景色がまどろんでいるかのようです。
 こんなにも暖かな初夏の日に、なぜこんな歌詞を掲げたのだろうかといぶかる向きもあろうかとは思いますが、今回掲載した俳人安住敦の最後の一句が、「雪の降る町といふ唄ありし忘れたり」であったからなのです。遺句集 「柿の木坂雑唱以後」は、昭和63年1月末ころに詠まれたこの句をもって終わりとしています。敦はこの後、散歩中に転倒したり、肺炎になったりして入院生活を余儀なくされ、7月8日、心肺不全のため死去することになります。
 38歳で応召、対戦車特別攻撃隊員として敗戦の詔勅を聞いたときの述懐を詠んだ句、「てんと虫一兵われの死なざりし」の激しくも希望と生命力にあふれた句に比して、抗いようもなく老いてしまった最晩年の心情をてらいもなく吐露した、弱々しくもなんという素直な句であることでしょう。「たましひにおける詠嘆、激発、感傷、歓喜を詠ふのでなければ、俳句する喜びはない」と述べた俳人自らの背にむけて捧げた、愛惜と哀しみをこめた黙祷のようにさえ思われるのです。

 安住敦のみならず、老いてゆくことへの恐怖や諦念は誰しも逃れることのできない道程なのです。私自身、勢いよく話し込んでいた会話の途中で「夏目漱石」の名前がどうしても思い出すことができず、「あわあわ」と口ごもってしまったことがつい最近あったばかりなのですから。「何で?」と思ってはみたものの、「老い」がヒタヒタと足下から忍び寄っていたことに確と気づかされてしまったのです。「覚えずして来る」老いや死、徒然草の作者兼好法師の観念に秀る答えはないのでしょう。

 そうはいってみても、老いの自覚にさみしく吐息するのは、なにもついこの間まで駆けぬけてきた紆余曲折の道々を腕くみ、俯瞰してみたからだけではないのです。そこにはたしかに私の位置があり、いまこの時にいたる折々の煩悶を鮮明に記憶してはいるのですけれど、沈みゆく陽しぶきのように、音もなく、ゆるやかに、またひとつ、波の間の泡となって消えていったあとに、航跡は水平線を大胆に横切って、青々とした潮流にクッキリと描かれていく白々しさが、寒夜に鳴りわたるもがり笛のように私の胸に響いてくるのです。

 木々を枯らす風の輪郭、天地に遺されたものはもう僅か。
 雨は止み、急激に雲が切れて月の輝き始めた薄墨の空に、待ちに待った北の星はもう動かない。
 ぼんやりとした年月の、一人の足どり、運河のほとりに静かに生まれてきた新しい朝、もやの中に佇む老いた旅の人よ、理由のないふるえに襲われてきたら、はじめての道を聞こう。最初の答えは何処に隠れているのだろうかと。

 光の中に映っていた「概念」のようなものはその場所でしか生まれず、また夢をみないのです。

 路地の片隅にころがっている陶器の植木鉢、埃をかむった山門の仁王像、黄昏どきの赤とんぼ、陋屋の土塀ぞいに歩んでいる朦朧とした人影、そこはかと瞑想の小道に消えていく諸々の風物は、忘却という風にのって、ようやくに平安の空へと還っていくのです。

















 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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