後記 2012-01-01           


 

  一人の少女をおぼえていた

  おかっぱあたま
  うす色のカーディガン
  白いズックと
  赤いランドセル
  うしろをふりむく仕草や
  何とはないあいさつ
  たんじょう会の笑顔

  瞼のうらにやどる
  うすねずみ色の輪郭
  幼い日のぬり絵のように

 遠に両親は亡く、長兄夫妻だけの住処となったその家に7年ぶりの帰郷を果たしたのは東北大震災直後のことでした。私が避難したのではなく、東京で結婚し岩手に越した娘やその幼子たちの一時避難場所として私の郷里を当てにしたのです。避難した娘たちに会うためと長兄夫妻に挨拶するために訪れた郷里はただ一心、老いた眼に老いた風景を映し、閑かに眠っておりました。ひろがるそば畑のかなた、丘の上に建てられた新しい校舎はかすみ、陽炎のように揺れのぼる古びれた木造校舎、暮れなずむ里山や田畑、古小道、落ちゆく陽の残したもの、枯草を踏む哀しい跫音、記憶の子供らは遠くへ行ってしまったかのようでした。よく晴れた次の朝、のどかな光に照らされた集落の数少ない家々の軒影を訪ね、この道を曲がったなら、どこにつながっていたのだろうかなどと朧気な位置を確かめながら歩いていたのです。数年前に小学校の同窓会案内を受けながら果たせず、帰郷の際は何はさておき必ず訪ねると約束した幼なじみの家へつづく小さな坂道の小さな辻、空いっぱいのそよ風、花を摘む幼子にふいと向きやると、かつて畑であったはずの場所に建った二階家の門先に一人の女性がたたずんでおりました。想像していた再会とはちょっと違ったのですけれど。 「覚えていますか……」

  故郷を去って40余年
  少年は老い
  少女は少女
  かけるあいさつも遠く
  その光の中に
  その音の中に私は迷い込む

  年月は閉じ
  誰彼と過ぎ去ったながい夢
  いきかう言葉は山ひだに木霊して
  消息はいつもやさしい

  来し方にそっと近よって
  そのような時もと
  あちこちに埋めてはみたものの
  寂しくもまぶしい村のいくときか

  ぽつねんとした風景のなかに漂う水のにおい
  ようやく芽吹きはじめた立木のこずえ
  まぶしいほど蒼い空に
  ひんやりとした春のひと日

  雀が鳴いている
  ああ きょうはいい天気だ
  誰にともなく声かけて
  
  ではまたいつか
  
  ぽっかり浮かぶ一朶の雲
  蒼色に透き通って
  終わってしまうひとすじのものがたり

  さてもまた
  いつのころからか
  別れにかわす握手のならい
  
  野っぱらの風に逆らって
  あらわれ
  たちまち消えた少年よ
  昔の時をぶらさげて
  さあ どこに帰ろう

  
  一人の少女
  
  たしかに
  一人の少女をおぼえていた

 師走のある日、一葉の葉書がそっと舞い込んできました。
「新年のご挨拶にかえて 父が病気療養の末 帰らぬ人となりました」と、長男の名に添えて妻の名に少女の面影が重なっておりました。
 ふたつ年下の連れ合いとや。
 今日は今日、明日は明日、はかなきは命の別れ。

 桜並木のなか、枯れ落ち葉のにおいをかぎながら、昨秋から毎夜歩いている谷中霊園の参り道。一基の墓となってある命の限り、視野の中には墓石以外何もない墓原のとある一角に俳優・森繁久彌の眠る「森繁家」の墓があります。この墓の横を通るたびに彼が愛誦した大木惇夫の「戦友別盃の歌」の一節を思い出すのです。

  言うなかれ、君よ、別れを 
  世の常を、また生き死にを 
  海ばらのはるけき果てに 
  今や、はた何をか言わん







 

 

 

 

 

 

 

 

 

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