後記 2011-06-21          


 

 2011年3月11日、全ての価値観を吹き飛ばし襲い来る黒い波頭。
 東北の地に連なる悲しみは重く、深く、虚しさのうねりとなって私たちを覆い、やりどころのない怒りや疲労を突きつけて、「はじまり」に還ることへの決断を迫ってくるようです。望まない方へ望まない方へと導かれ命を終わろうとする人々、茫然と立ちつくす予想もしない極限の世界と果てしもなく残された終わりのない傷口。遡り、帰りこぬ風を見おくって杜はゆうけむりの中、喪き人の脳裏に重なった美しいものだけをものがなしく包み隠すように、今日も細雨は降りつづいています。

 
 このところ頻繁に訪れている根津権現社、本郷台地からゆるやかに下ってくる裏門坂に面した鳥居をくぐって、いつものように石畳の径をゆっくりと踏み歩んでいきます。角を曲がると精気を失い始めた透塀が長々と現れて、江戸以来の震災、戦災を免れた荘厳な社殿、唐門、楼門へと導いてくれるのです。時折は読書の場にしている丸みを帯びた座り石、近くに住んだ漱石や鴎外が逍遙途上で憩い休息したというその石は雨滴に濡れ、季節には賑わうつつじ山も今は花さえなく緑の濃淡に姿を調えています。聞くともなしに聞く雨音、すぎゆくものは風葉にふるえ、絡み合い織りなす命の匂い、心奥に響いてくる不安と孤独の小波、恐れや怒りを静め、あやうい居場所はようように、色彩の薄れた一日が終わろうとしています・・・・・・。

 
 西脇順三郎の168章からなる長詩「旅人かへらず」は好きな詩のひとつ。
 西脇の生地は新潟県小千谷、2004年10月23日に新潟県中越地方をおそった中越地震の中心地です。

  旅人は待てよ
  このかすかな泉に
  舌を濡らす前に
  考えよ人生の旅人
  汝もまた岩間からしみ出た
  水霊にすぎない
  この考える水も永劫には流れない
  永劫の或時にひからびる
  ああかけすが鳴いてやかましい
  時々この水の中から
  花をかざした幻影の人が出る
  永遠の生命を求めるは夢
  流れ去る生命のせせらぎに
  思いを捨て遂に
  永劫の断崖より落ちて
  消え失せんと望むはうつつ
  そう言うはこの幻影の河童
  村や町へ水から出て遊びに来る
  浮雲の形に水草ののびる頃

  (中略)

  永劫の根に触れ
  心の鶉の鳴く
  野ばらの乱れ咲く野末
  砧の音する村
  樵路の横ぎる里
  白壁のくずるる町を過ぎ
  路傍の寺に立寄り
  曼荼羅の織物を拝み
  枯れ枝の山のくずれを越え
  水茎の長く映る渡しをわたり
  草の実のさがる藪を通り
  幻影の人は去る
  永劫の旅人は帰らず


 苔と落葉の中にふるえる山々の静けさ、捨てられた楽園に残るかけた皿、炎天に花咲くさるすべり、渡し場にしゃがむ女、むくの実が坂に降る頃、山のあざみに映るとき色の幻影、あかのまんまの咲いているどろ路、恋人の暮色の中に飛ぶ蝙蝠、心の割れ目につもる土のまどろみ、詩人の捉えた自然への目覚め、追憶、淋しさの存在、瞬間に来てまた去っていく永劫の旅人。

 薄闇の流れる一日のおわりに。
 ふるえる指の差すところ、輝きを取り戻したまっすぐな石碑は立っているはずなのに、「はじまり」は何処に帰結するのかと途方に暮れるばかりです。目をつぶって想う漂泊の後先、風が立てば風の間に間に、散る花は汀に漂い、沈みゆく陽のさゆらぎ、耳を澄ますと蟋蟀の声、庭を満たす月明かりは水のうえ、背負ってきた昔の夢、すこしづつ描き、すこしづつ眠ろう。信じられない天変地異を目の当たりにして、命の裏表をそろそろと写し取りながら往ったり来たり、何だか世迷い言のようです。
 未練かもしれません。







 

 

 

 

 

 

 

 

 

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