読書録

シリアル番号 1022

書名

ブラック・スワン

著者

ナシーム・ニコラス・タレブ

出版社

ダイヤモンド社

ジャンル

数学

発行日

2009/6/18第1刷
2009/7/14第3刷

購入日

2009/8/10

評価

原題:The Black Swan by Nassim Nicholas Taleb 2007

北海道 登山に 出かけたとき、購入した日経の読書欄で紹介されたのをみて帰宅後近くの書店で買い求める。この本の原著が米国で出版されたのが2008年のリーマンショッ ク前だったことが意味深。すなわちウォール・ストリートはバブルがはじけることを知っていたということだ。知っていて何もしないことは罪のはずだが 規制法がないので罪には問われないためバブルは再発する。原発事故も再発する。戦争も再発する。

この本はブノワ・マンデルブロに捧げられている。

米国はなぜいまだに技術革新の中心であるのか、その米国でなぜ金融危機が発生したのかを明快に解き明かす。米国でのリーマン・ショックに端を発する金融危 機に先立ってこれを予言したとの評判で2007年に米国で出版されたときベストセラーになった本である。 話題はテール・リスクについてである。

帯に歴史、哲学、心理学、経済学、数学の世界を駆け巡り、人間の頭脳と思考の限界と、その根本的な欠陥を解き明かす超話題作とある。

かって米モービル社から派遣されてきたヴィーツ氏からモービル本社のトップがレバノン(レバントLevant)生まれであると教えてもらったときから、外 国生まれの人間を企業のトップに据えるアメリカという国のすごさとともに、なぜレバノン生まれの人は優秀なのだろうという疑問ももった。この著者もレバノ ンのギリシア正教徒の子として生まれている。 なお「レパントの 戦い」で有名なLepantoはエーゲ海の入口にある。

タレブはブラック・スワンとは「まずありえない事象のこと」で@予測できない、A非常に強い衝撃を与える、B一旦発生してしまえば、いかにもそれらしい説 明がでっち上げられ偶然には見えず、あらかじめ分かっていたように思えるという3つの特徴を持つものと定義している。

タレブは「私たちは起こってしまったことを心配し、起こるかもしれないが起らなかったことは心配しない。だからこそ私たちは『プラトン化』する。知ってい る図式やよく整理された知識を好む。そうやって現実を見るのに不自由になる。だからこそ私たちは 『帰納の問題』に陥り、『追認の誤り』を犯す。だからこそ。よく『お勉強』して学校の成績がよかった連中ほど、『お遊びの誤り』のカモになる。

プラトン的とは、天下りで、型にはまっていて、凝り固まっていてご都合主義で、陳腐化した考え方だ。非プラトン的とは、たたき上げで開かれていて、懐疑的 で実証的な考え方だ。 われわれが『プラトン化』しがちなのは『コルモゴロフ複雑性』の次元を抑制したいからなのだ。

自分自身が間違いを犯すことがあることを認め、それを掲げても、権威を認めてもらえたりはしない。人はただ、知識で目をふさがれないと気がすまないのだ。 私たちは、人を惹きつけるリーダーの後を追うようにできている。集団の中にいることのメリットが、一人でいることのデメリットに追い討ちをかけるからだ。 みんなと一緒に間違った方向に進むほうが、たった一人で正しいほうへ向かうよりも得るものは大きい」という。

ここで私は「こうして時々ス タンピード現象に陥るのだ」とつぶやく。

タレブは「私はアメリカに入ると、すぐにとてもくつろげる。それはまさしく、アメリカの文化が失敗に至る過程でとても後押ししてくれるからだ。ヨーロッパ やアジアの文化はそうではない。失敗すると烙印を押されて辱めを受ける。残りの世界に代わって小さなリスクをとるのがアメリカの役目だ。だからこそ発明が 行われる場所はアメリカにとても偏っている。

人は損をすると恥ずかしく思うことが多い。だからボラティリティがとても小さく、でも大きな損失がでるリスクのある戦略をとる。機関車の前で小銭を集める ようなやり方だ。日本の文化はランダム性に間違った対応をしていて、運が悪かっただけでひどい成績が出ることもあるのがなかなかわからない。だから損をす ると評判にひどい傷がついたりする。あそこの人たちはボラティリティをきらい、代わりに吹き飛ぶリスクをとっている。だからこそ大きな損を出した人が自殺 したりする」と指摘する。

タレブは現在はMITの教授だがクオンツとしてトレーダーだったころ採用した戦略はリスクは予測できないと悟り、可能な限り超保守的かつ超積極的な投資を 行って成功したという。彼は「具体的には85-90%を米短期債に投資し10-15%をあらん限りのレバレッジのかかった投機的なかけに投じた。平均する と中ぐらいのリスクとなる。これを 『凸結合』という。一見宝くじを買うのと同じようにみえるが、宝くじのペイオフは拡張可能ではない。あらかじめ上限が決まっている。ここに『お遊びの誤 り』があるのだ。上限のきまっている宝くじなんかには見向きもせす、セレンディピティの周りでウロウロしてエキスポージャーを高めるのだ。インターネット の時代といって田舎に引き込んでいてトンネル化してもだめ。カクテルパーティーにいそいそと出かけて議論に加わり、会話の中に突破口を見つけるのだ。

セレンディピティとは『ふとした偶然のたまものでいい目にあえる能力』という意味だ。作家のヒュー・ウォルポールがおとぎ話の『セレンディップの三人の王 子 』からとって作った言葉だ」

このようなタレブの見方は大勢に流されずに考え抜いてテクノロジーの冒険をし、セレンディピティの恩恵を受け た自分の流儀を是とし、かっての仕事仲間達をどう思っているかを吐露した「千代田化工OB会」というエッセイを書いていた とき、頭の中を流れた思いと一致する。このタレブの見方に完全に同意するものである。日本という社会は現在のままでは良い黒い白鳥をつかみそこね、悪い黒 い白鳥と心中する路線を走っているように見える。自業自得とはいえ残酷なものだ。2004年に書いた「イノベーションの生じる環境」というエッセイは不調の原因を 中央集権体制に原因を求めているが、この本を読むと日本の文化がランダム性に間違った対応をしているという指摘は、まえからうすうす感じていたことだが、 より確信させるものであった。

さてタレブは「未来を予測する確率を論ずるツールとしてガウス分布(左右対称のベルカーブを描く正規分布)を前提としたモダン・ポートフォリオ理論でノー ベル経済学賞を受賞した文系のおばかさんに惑わされるな」という。

19世紀ではさながら「正規分布万能主義」といったものがまかり通っていたが、20世紀以降そういった考え方に修正が見られた。今日においては社会現象、 生物集団の現象等々、種別から言えば、正規分布に従うものはむしろ少数派であることが確認されている。例えば、フラクタルな性質を持つ物はガウスの正規分 布よりも、マンデルブロが提唱したフラクタル分布になることが多い。人間は自然界の事象とはちがって自分の意思をもっているため、決して正規分布にはなら ない。何らかの事象について法則性を捜したり理論を構築しようとしたりする際、その確率分布がまだ分かっていない場合にはそれが正規分布であると仮定して 推論することは珍しくないが、誤った結論にたどりついてしまう可能性がある。

タレブは「このことはすでに1998年に発生したロングタームキャピタルマネジメントの倒産劇で学ぶべきものであった。人間社会は『マンデルブロ的ランダ ム性』=拡張可能=スケールフリー(ス ケール不変)=スケール則=ベキ乗則(power law)=パレートの法則ジップの法則ユール分布=安定パレート分布(stable pareto distribution)=レヴィ過程(レヴィ分布Levy distribution)=フラクタル分布にしたがう。 したがってガウス分布を前提にするブラック・ショールズ式などは全く 信用できない代物でロングタームが倒産したのも2008年の金融危機も当然おこるべくして、おこったのだ。ノーベル経済学賞はノーベル財団の正規な賞で はないが、ガウス分布を前提にするようなインチキ理論は百害あって一利なし。学会の腐敗を物語る以外のなにものでもない」という。

タレブはこのように自伝的に随筆風に書いていて理論的な説明を省いているので分かりにくい。グリーンウッド氏が苦労して理解したものは下記の通り。

平均値=0のガウス分布の右半分を両対数目盛りにプロットすると下図の点線のようになる。一方べき乗分布は下図の右下さがりの直線のようになる。この場合 のべき数a=1.5である。 べき乗分布はブラック・スワンのような巨大なインパクト(X)の発生頻度(P)が高い。しかしガウス分布は裾野の確率は非常に小さい。この裾野の部分はロ ングテールとも言われる。このようにまれに生じる現象(ブラック・スワン)の発生確率はガウス分布では無視してよいものとなるが、べき乗則分布ではそうと もいえない。

タレブは「ガウス分布をするものは身長、体重、毎日のカロリー摂取、パン屋・レストラン・売春婦・歯科矯正医の所得、同じ金額を賭けるギャンブルでの稼 ぎ、自動車事故、死亡率、IQなどでそんなに多くはない。

べき乗分布するものは高額所得者の収入の金額とそれを得る人数の関係、著者一人当たりの本の売り上げ、著者一人当たりの著作に対する言及数、「セレブ」と しての名前の認知度、インターネット上のあるサイトに繋げられたリンクの数とノード数の関係、グーグルでのヒット数、都市の人口などウィナー・テーク・ オールの世界、知っている単語それぞれの使用回数、言語毎のしゃべれる人間の数、地震のマグニチュード(被害の大きさ)と起きる頻度の関係、戦争での死亡 者数、テロ事件での死亡者数、惑星の大きさ、企業規模、株式の保有数、種族毎の体長、金融市場(運用担当者はガウス分布と思い込んでいる)、商品価格、イ ンフレ率、経済データ」だと数え上げる。

2008年の米国の金融危機の原因となった商業銀行がとったテール・リスク(裾野リスク)の確率がべき乗分布である。したがってインパクトは予想されるよ りもより大きかった。金融業ではガウス分布に収まりきれないまれに発生する現象は異常値としてカットされて分析されるからだ。このようなことが無意識的に 平気で行われるのは人間はガウス分布的なきれいなものにするというプラトン化性向が遺伝子に組み込まれているからだ。したがって最も安全な投資だと言われ ているものは皆アブナイ」という。

梅田望夫の「ウェブ進化論」によればムーアの法 則の成果にたってITが普及した結果、オープンソース、マス・コラボレーション、ウィキペディア、Web 2.0、ブログ、グーグル、ソーシャル・ブックマークが普及した。そしてアマゾンが従来の本の流通機構が対照にしたベストセラー本という恐竜の首部分では なく、大多数の負け犬というロングテール部分がビジネス対象になりうるということを証明した。アマゾンのマイナー本の総売上高は全書籍販売の総売上の半分 ないし1/3になったのだ。これってマーケットがスケールフリーな「べき乗則」で説明できる構造になっていることだろう。世界の大部分はフラクタルな構造 なのだ。

タレブは言及しないが。原発の放射能大量放出事故はべき乗分布に従うのではないかとの危惧が頭の中で閃く。 そこで早速過去の事故統計をひっくり返して、べき乗分布であることを確認した。ここでべき数α=0.31である。詳しくは過 去の事例に基づく規模放出事故確率を参照。



原発の大規模放出故の確率密度分布図

がそれある。正規分布はいくら標準偏差を大きくしても,たとえば80にしてもべき分布にはならない。ガウス分布ではロングテールは表現できないのだ。

世界の原発関係者が政府も巻き込んでガウス分布を前提に議論し、その発生確率は106炉年に1回の事象だというのは全く自らの脳の処理能力の欠損を告白しているような行為なのだ。

べき乗則が説明する経済リスクは悪いほうの黒い白鳥だが、マイクロソフトやグーグルの一人勝ちのような現象はべき乗則が説明する良い方の黒い白鳥だ。イン ターネット・コマースは流通コストをさげてこのロングテールでよいブラック・スワンを見つけている。世界のマネーは電子化され、情報の伝達は瞬時でますま すべき乗則が支配する世界になっている。逆にこれが米国の強みとなっていることは日本が良く考えてみなかればならないことだろう。

そのそもべき乗則は自然現象を法則化するときに使われてきた方法である。破壊現象における破片の重さと破片の数の関係、石油の埋蔵量、タ ンパク質が関与する生命現象にかかわる化学反応の数の分布、侵食が生み出した河川のネットワーク(フラクタル)、相転移のクラスターのサイズ、臨界的な状 態、スケール不変性、繰り込み群、秩序と無秩序へ移行するときのべき乗則、自己組織化臨界現象、拡散律速凝集(DLA; diffusion-limited aggregation)、空港のハブ、食物連鎖、エイズの伝染、吸着電位の分布がポアソン分布をする場合に、吸着時間の分布等がべき乗則に従う。

クルーグマンは「世界大不況からの脱出」でノンバンクが行っ ていた証券化債権の取り付け騒ぎのような、自己実現的通貨投機がシステマティックリスクに対し脆弱性を持っていたことにあるとする。それはそうだ。しかし 東大先端研の藤井のCDO:Collateralized Debt Obligation(債務担保証券)のリスク特性分析に関する論文をよめばすぐ分かるようにこの分析すらガウス分布を前提にしてい る。べき乗分布など知らないかのごときだ。最高学府に在籍している文系学者がこのようなのだから困ったものだ。要するにバカの一つ覚え。学会は現実に置い てけぼりされている。これこそタレブが指摘している問題なのだ。

結論としてタレブは「ありえないことが起こる危険にさらされるのはブラック・スワンに自分を振り回すのを許してしまったときだけだ。自分は自分で守るしか ない。ただ生きているというだけですごく運がいいのだ。それ自体がとても稀な事象であり、ものすごく小さな確率でたまたま起こったことなのだ。わすれない でくれ、あなた自身が ブラック・スワンなのだ」としめくくる。

参考にタレブはべき数aを次のようだとしている。参考までに著者が推定した原発事故のべき数aも加えた。

現象 べき数 α
単語の使用頻度(ジップの法則) 1.2
ウェブサイトのヒット数 1.4
アメリカでの本の売り上げ(パレートの法則) 1.5
かかってくる電話の件数 1.22
地震のマグニチュード 2.8
月のクレーターの直径 2.14
太陽のフレアの強度 0.8
戦争の激しさ 0.8
アメリカ人の純資産(パレートの法則) 1.1
苗字毎の人の数 1
アメリカの都市の人口 1.3
市場の変動 <3
企業規模 1.5
テロ攻撃の死者数 <2
原発の大量放出事故 0.31

カオス関連の本はこの他にも、0070530540550561312993084427101062107810811082

NURIS2015で発表する予定の原発事故は「べき分布」になるという発見を総合知学会で紹介すると荒井先生から「べき分布」になるのは何か熱力学の第二法則と関係あるのかと聞かれた。

私は「べき分布」とフラクタルとかカオス現象は第二法則と同義の熱的死とは真逆の創発現象に近いと考えていたのだが、一応その場は考えたこともないが、関 係 あるかもと回答した。しかしもう一度MIT教授のナシーム・ニコラス・タレブの本著書「ブラック・スワン」の読書録をおさらいして、自然現象は「べき分 布」 になる事象の方が多数であるにも関わらず、人間の脳は怠け者でガウス分布が好きなため、「べき分布」を脳裏から駆逐して予測を間違うのだと言われれば、熱 力学とは別の次元の 人間の認識の偏りが「べき分布」を忌避する傾向があると説明したほうがよいとあらためて気がついた。そもそも原発がべき分布になるのではと気が付いたのは この本をよんだのがきっかけとなったのだ。それも福島事故の2年前に。初心わすれるべからず。そこでウィーンでの発表論文の最後に;

Nature is designed to follow power-law distribution, but our brain is designed to recognize nature only through Gaussian distribution and tends to repeat the same decision mistakes on the future of nuclear power and repeat disaster like bubble economy and war.


と付け加えた。これを日本語に翻訳すると

自然は熱力学の第二法則にしたがう。しかし我々のような生命、情報理論からいえば局部 的にエントロピーが減少したように見える部分もある、この秩序と乱雑さの境界に我々の生命は維持されている。この境界からのズッコケ確率はべき分布にな る。ところが我々の脳はそのような込み入ったこと考えるのは不経済なので、単純化した正規分布で認識する。そして経済のバブル現象や戦争がくりかえされる ように原発も止めず、結局同じ過ちを繰り返す。

となる。森永先生の東大物理学科の同期で東北大の素粒子の教授を引退した武田暁先生が趣味として脳科学を勉強して本を2冊も書 いている。先生は人間は理系、文系で分類するのではなく、指数関数が理解できるか否かで分類するのがいいとおっしゃっていた。官庁にたむろする人々や原子 力村の人々は(麻雀の世界しか知らないためか)ガウス分布(正規分布)しか理解できないといったらよいかもしれない。

なにもこれは日本だけの現象ではなく、今回の国際会議の組織委員会の教授連も同じ穴のムジナと感じた次第だが、参加者の理解の程はどうなのか参加する楽しみがました。これはウィーン観光より面白い。

Rev. April 12, 2015


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