読書録

シリアル番号 710

書名

複雑な世界、単純な法則

著者

マーク・ブキャナン

出版社

草思社

ジャンル

サイエンス

発行日

2005/3/3第1刷
2005/3/18第2刷

購入日

2005/8/25

評価

NEXUS: Small Worlds and the Groundbreaking Science of Networks by Mark Buchanan

新聞の書評で読んでみたいとは思ったが購入を見送っていたところ椿氏から面白かったと推薦された。そこで鎌倉図書館に取り寄せてもらった。

六次の隔たりグラフ理論べき乗則の通俗解説書。数学を持ち 出さないのでかえって理解しにくくなっている。

グラフ理論に強いまえじまさんと以下の感想を交換した。以下 のまえじまさんの意見の参考に下図をそえる。

ネットワー ク各種

一通り読んでみました。感想をちょっと書きます。

0)グラフ理論
この本では、「ネットワ−ク科学」の数学的背景としてグラフ理論に基づいているように書かれていますが、それぞれの例がグラフ(Graph、無向グラフ) なのか、有向グラフ(Digraph)なのかが、はっきりと書かれていません。挿入図も矢印があったり(Digraph)、なかったり(Graph)して います。とりあえず私は、自分が多少とも触れたことのある有向グラフとして理解に務めました。

1)24人の知り合いで世界は一つ、6次の隔たり
「人と人の絆のうち、強い絆は隔たり次数に関しては重要ではない、重要なのは掛け橋となる弱い絆だある」、と著者は云います。そして傍証として就職のツテ の話まで出して来るのですが、では61頁図5に示される強い絆はどうなるのでしょうか?向グラフの理論では、図5の三角形で示されるル−プは「強連結成 分」と称し、一つの新しい節(Node)に縮退させて考えます。強い絆を全て強連結成分として節に縮退させたとすると、人と人のつながりは巨大ですが単純 な木(Tree)構造となります。まず1本の幹がありそこから24本の枝が出ています。そのそれぞれの枝はさらにその先に24本の枝を、その先にもさらに 24本の枝を、という風に6回枝分かれをし、最後に葉を付けたとすると、葉の数=24の6乗=約1億9千枚、となります。ミルグラムの実験は、米国内で行 われていますから、人口2億強の米国では、1人当たり24人の知り合いで6次の隔たりで良いわけです。ところが世界全体60億人とすると、7次の隔たりと しても、1億9千 x 24=45.6億で60億になりません。でも米国内で得られた実験結果と、人口が24倍以上違う世界全他でも6次だとする著者の議論は、理論物理出身にし ては随分と荒っぽいですね。 日本人は1億人ですから

2)ホタルの同時発光
多分81頁図6のどの節も4ヶの弧(StringまたはArc)を持つ「規則的ネットワ−ク」とこれに非規則的な弧を4本ほど張った「進化したネットワ− ク」の事だろうと思いました。例え、昆虫と云えどもそこそこ個体差があって、殆どのホタルは隣の隣位までしか見えないのに、中にはとんでもなく遠くまで見 えるホタル(非規則的な弧を張ったホタル)が居る可能性は、十分考えられます。そのようなス−パ−・ホタルは全くランダム・偶然に現われるのか、あるいは 蜂や蟻の社会の女王のように種として育てるのか興味深いものがあります。

2)河川のべき乗則
159頁図14にシュミレ−ション結果としての河川のネットワ−ク図が出ていますが、せっかく非ユ−クリッド幾何学からのグラフ理論〜ネットワ−ク科学と 話が進んで来たのに、長さや面積の必要なユ−クリッド幾何学に引き戻されて少しばかり違和感を憶えました。無理してこのような形でフラクタル理論とネット ワ−ク科学を結びつける必要性も感じません。かって千代田に勤められていたRT21の皆様には、木構造の配管ネットワ−クの方が馴染みがあるのではないで しょうか?

今、水が2[T/h]流れる1インチの配管を4本まとめて2インチの配管につなぎます。2インチの配管には8[T/h]流れることになります。次に2イン チの配管を4本まとめ4インチ、4インチを4本まとめて8インチ・・・16インチ・・・Dmaxインチとすると、(配管サイズは離散系になりますが)、D インチの配管1本に流れる水の量は、W=2*D2、ネットワ−ク中のDインチ配管の数は、N=(Dmax/D)2 2つの式を整理すると、N=2*Dmax2/W、簡単なべき乗則の式が得られます。

4)サイバ−スペ−スのべき乗則
河川のべき乗則より前に出てきているのですが、これは感心しました。純粋にグラフ〜ネットワ−クの事だし、実際に数えたと云うのは説得力があります。

5)ティッピング・ポイント
本もお終いにさしかかり、話は相転移を例にティッピング・ポイントに入ります。この部分がこの本の最も詐欺師的なところでしょう。「臨界現象の理論〜(中 略)〜この時物質は、二種類の組織的構造の完全な中間の状態にあって平衡を保っている。例えばこのような条件下の水は気体でも液体でもない。」(268 頁)ご存知のようにVan der Waals状態方程式は、圧縮係数zに関し3次の代数方程式として表わす事が出来、気/液平衡が成立するような領域では3ヶのzが得られます。一番大きい 値のzが気相根、一番小さい値のzが液相根、中間の値のzがここで云う気体でも液体でもない根、あるいは不安定平衡根です。いよいよ Catastropheをグラフ理論やネットワ−ク科学で説明するのかと期待して前に進むと「(ティッピング・ポイントは〜)数学を使わずに表現するのは 容易ではない。」(同じ268頁)と一言、どこにもグラフ理論やネットワ−ク科学には触れずに逃げてしまいます。その後、ティッピング・ポイントありきで 流行の話なども出てくるのですが、もうシラケて読む元気が半減しました。

Catastropheに関しては、30代半ばに読んだ野口宏「カタストロフィ−の理論」(昭和48年、講談社、292頁)が良い本だと思います。著者は 位相幾何学でありながら、縦書き、数式よりも図を多用して分かりやすく書かれています。なお、カタストロフィ−理論を体系化した数学者ルネ・トムにとって の最初のヒントの一つはVan der Waals状態方程式だったそうです。

また微分方程式の方からは、その状態図=例えばdX1/dt=f1(x1,X2,t) とdX2/dt=f2(x1,X2,t)の連立式でX1とX2の 関係図=で、初期値があるP(X1,X2)を境に、ある値に収束したり、別な値に収束したり、あるいは発散したり、局限循環 (Limit Cycle)に落ち込んだりすることが知られています。解析学ながら、位相幾何学やグラフ理論の助けが要るかも知れない面白い領域なのですが、Small Worldの著者には興味がなかったのかも知れません。

まえじま

 

まえじまさん、

乗りかかった船とばかり、9月の発表のためのパワーポイントプレゼンテーションを作成しながら時々気晴らしにこの本を読むというスタイルでようやく河を終 わって金持ちの章に入るところです。

たしかに期待を持たせるところはうまいですが核心に入って謎解きする時、肝心の説明がぼかされていて食わせ物という感じがしました。

私自身はグラフ理論など勉強したことなかったのでむしろ前島さんの説明のほうが明快でコトンと理解できました。

どうも複雑性の理論の一般解説書はどれもほのめかしで終わってしまい、いまいち分からないところが多いですね。その原因は理論の証明をコンピュータシミュ レーションでしていて、そのシミュレーションがブラックボックス化しているためではないかと疑っています。

サイバ−スペ−スの構想はポール・バランがウエブ状の網目構造でハブへの攻撃からの安全性を高めようと構想したのに実際は125pの図8のようにハブ状に なっているというのは前々からうすうす感じていたことです。実際に調べるとそうなっているという事実は面白かった。沢山のリンクを持つハブでべき乗則が機 能するのでネットワークの直径は小さくなるということらしいのですが、でもこのハブが攻撃されたらどうなるのか説明がないような気がするのですが。

グリーンウッド


更に読み進むうちにハブが狙い撃ちされたらどうしようもないということは書いてあった。ポー ル・バランの初期の構想は今のインターネットでは実現されていないのだ。

この本は数学を使わないので説明が不明瞭で閉口したが、巻末のシリコンバレーがボストンのルート128沿いのハイテク産業地域に勝ち、ミラノのアルファロ メオがトリノのフィアットに対し勝ったのは弱い絆があったため、アイディアの交換、人の交流により動きの早いハイテク業界の潜在力が発揮できたためという 巻末の指摘は面白かった。

日本のように強い絆で結ばれた集団はフランシス・フクヤマの指摘するように集団の競争力は強いが、弱い絆が生きてこなく迅速な変化にはついていけない。

カオス関連の本はこの他にも、0070530540550561312993084427101022106210781081108210971098

2011年の福島の事故を契機として原発事故がべき分布になることを証明したが、なぜそうな るかはなかなか説明できない。「沢山のリンクを持つハブがあるとべき乗則が機 能してロングテールが生じる」、「視力に差があるホタルの同時発光」とかがヒントになるか。

Rev. November 4, 2015


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