読書録

シリアル番号 1078

書名

なぜ経済予測は間違えるのか? 科学で問い直す経済学

著者

デイヴィッド・オレル

出版社

河出書房新社

ジャンル

サイエンス・経済学

発行日

2011/2/28初版

購入日

2011/5/14

評価

原題:ECONOMYTHS by David Orrel 2010

この本を購入したのは原発事故の確率予測にヒントになるのではと思ったからである。ニコラス・タレブの 「ブラック・スワン」を読んでいたことも理由だ。

前書きに2007年のリーマンブラザース破綻の1年前サブプライム問題に端を発する市場暴落のとき、業界関係者は「クォンツ達が作成したモデルで1万年に 1度の出来事が3日続けて起こった」と述べた。同じときゴールドマンサックスの最高財務責任者は「平均から25標準偏差ずれた出来事が何日か続けておきて いる」とつぶやく逸話から始まる。

経済学の教科書にはバブルという語はでてこない。ニュートン力学を真似した文系経済学では扱えないからだ。合理的行動による均衡ある市場しか扱えていな い。実際には経済的行為者(エージェント)は全世界を鳥瞰して見えることではなく、自分の手に入る情報だけを元にして意思決定していると認識すれば全く異 なる経済学が出てくる。 大学の学部学生が学び政府の政策や企業の戦略を支配しているような主流の経済学は天然資源、汚染の影響、将来世代の権利などといった本当の価値を計算にい れず、経済成長をGDPで表現するようなお粗末なものだ。 これではまずいのではないかと持続可能経済福祉指標(ISEW)とか真生進歩指標(GPI)という尺度も考案されてはいる。ちなみに米国や日本はISEW は下がりつつある という。これでは経済は人類の幸福のためにあるとはいえないだろう。どこかで道を間違えたのであろう。主流の経済学者らは彼らが仮定す る合理的経済人のようにふるまわないのは、行動心理学的には所有バイアス、損失回避、変化恐怖症で説明できる。

初期の金融工学では、原資産の価格変化率の分布が対数正規分布に従い、裁定機会が存在しないなどの仮定の上で、オプションの理論価格を導くことができた (ブラック・ショールズ方程式)。あくまで、数学的に扱いやすいから正規分布としている。ところが実際の価格変化率の分布はパレート分布(ベキ分布)に従 うため、現実的なモデルとは言ず金融恐慌を何度も引き起こしている。金融工学は、その後、価格変化率の標準偏差の時間変動を取り入れ、ベキ分布、ボラティ リティ・クラスタリングを再現する方向へと 手直ししたがなぜそうした分布に従うのかといった疑問に経済学は答えられない。なぜなら人間は合理的判断をする行動主体と仮定して、ニュートン力学のよう な還元論を準用した経済学は全く無力 だからだ。代わって創発的現象、セル・オートマトン、エージェント・ベース・モデルなどの手法を用いた複雑系の科学者が回答を出そうとしている。

統計物理学で重要な概念の一つが相転移である。相転移が起きる前後では、比熱などの物理量がベキ分布に従うことが多い。このことは、相転移の前後では典型 的なスケールが存在しないということを意味している(スケールフリー)。市場にもバブル・暴落相とフラット相(平穏な状態)の2つの相があり、その相の間 を転移することで、ベキ分布が生じるというのが、経済物理学の典型的な考え方である。あたかも磁気相転移のように、投資家の思考が一方向にそろってしまう ためにバブル・暴落相が出現するのである。このように、相転移という概念は、物理現象だけでなく、経済現象を捉えるのにも役立つと考えられている。

さらに、経済物理学では、相転移だけでなく、複雑系を理解するためのキーワードである、フラクタル・自己組織化・ネットワーク・カオスなどの概念を用い て、市場を理解しようとしている。

アイスランドの経済危機を女性投資家ハラ・トマスドッティルが自由化後のアイスランド評して「危機は人為的なものです。いつも同じ人たちです。99%同じ 学校へゆき、同じ車に乗り、同じスーツを着て、態度も同じです」という。この人々は短期的な利益ばかりを見てもっと広い影響についてはおかまいなしの「ペ ニス比べ」のような「典型的な男の行動様式」だという。 バブルは男根崇拝気質が伝染するもので女性のクールで子孫への配慮などの生物学的特性が熱を冷やすのに役に立つ。

さてこの物理経済学の成果が原発の事故の確率予測がべき乗則分布にのるという知見とどう関係があるのか。原発の事故の損害規模と発生確率はべき乗則分布に のるのは崩壊熱であろうと核分裂による熱であろうとスケールフリーであるため だ。だから原子力に魅せられる男がでてくるのだ。ドゴールにしろ中曽根にしろマチョであるところは同じだ。交通事故にしても化学プラント火災事故にせよ、 確率が正規分布で表現でき、損害が保険で処理可能である。一方原発事故の確率は正規分布で記述するにせよ100標準偏差でも不足するほど、スケールが大き い。だからべき乗則分布にのるとしかいえない現象なのだ。

では原発バブルという社会現象がなぜ生じるかだ。放射能による広域かつ長期にわたる汚染の補償は保険の対象にならないという事実は一部の人や政府は無論気 がついて 法律まで作っていたが、 大多数の人は自らの身に降りかからねば理解できない。いままで原発は安いというウソのデータを政府機関が公式に発表して推進するのを一般の人は安ければ イージャンと傍観していたのだ。そして行け行けドンドン。気候変動二酸化炭素原因説を米国の原子力関係者がデッチ上げると世界的なフィーバーで原発ルネッ サンスとなったのである。まさにバブル。電力の50%がを原発でというのが日本の国策となった。原子力は多様性を失しなってまで追求するような技術ではな い。原子力は薬缶で湯を沸かすレトロ・テクノロジーなのだ。これがまさにバブルである証である。こう案ずるうちに福島で原発のスケールフリー性が全世界の 人にあきらかになってしまった。 これから増税と電力料金の値上げでこの損失を長期間負担させられるのでネガティブキャンペーンが25年間は継続するし、日本から産業が逃避するだろう。か くして金融恐慌とおなじように社会は相変化してしばらく原発フィーバーは消えて静穏期にはいるだろう。日本では横並びだから もっと激しく原発停止ドミノが生じるかもしれない。ただ人々が忘れればバブルは再発する。これが物理経済学が教えるところだ。文系経済学にだまされるのは 愚かなことだ。

もう一つ、なぜこの危険性が原子力村の住人に認知されないのかというと、原子力でメシを食う集団、即ち原子力村が一旦形成されると、その村の経済的行為者 (エージェント)は全世界を鳥瞰して見えることではなく、自分の手に入る 、あるいは好都合のため互いにエコーし合う情報だけを元にして意思決定しているためと認識すれば理解できる。 問題はこの原子力村が政治家と官僚を飲み込むことを防止できていないことだ。日和見のマスコミに欠陥があることは明らかだ。この原子力村の形成と行動様式 をエージェント・ベース・モデルなどの手法でシミュレートする価値はありそうだ。

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Rev. November 23, 2011


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