読書録

シリアル番号 1010

書名

世界大不況からの脱出

著者

ポール・クルーグマン

出版社

早川書房

ジャンル

経済学

発行日

2009/3/25発行

購入日

2009/04/23

評価

原題:The Return of Depression Economics and the Crisis of 2008 by Paul Krugman

友人のNさんの息子がNHKのディレクターで米国の経済危機を生み出した投資銀行の幹部への取材番組を正月からニューヨークに詰めて取材したので見てくれと言ってきた。当事者の生の声を聞いて、丁度柏原社長時代の千代田社内の異様な雰囲気と一脈通じるものがあるなという感想を持った。

友人のTさんから中谷巌が書いた懺悔の書「資本主義はなぜ自壊したのかー日本再生への提言」とか読めといわれたが、宣伝文句に「新自由主義経済学」は悪魔の思想だ!!広がる格差、止めどない環境破壊、迫り来る資源不足。すべての元凶は資本主義そのものにあった!「新自由主義」の旗手と言われていた著者が、いま悔恨を込めて書く懺悔の書などとある。

私はまた軽薄な提言をしているのではないかという疑惑があって買ってまで読む気はおこらなかった次第。中谷巌のように車の一部の部品が故障したからといって車が全てがダメだなんて軽薄に言えるのだろうか。チャーチルが民主主義に関してDemocracy is the worst form of Government, except for all the othersと言ったようにこれにまさる代案を考案した人は残念ながらまだ居ない。となればせいぜい部品がこわれないか見張っていなければいけないというだけのことだ。たまたまブッシュ政権がなまけて頭を使ってどこを見張らなければいけないか気がつかなかっただけのこと。

代わりに10年前に読んだクルーグマンが流動性の罠にかかったと指摘した「世界大不況への警告」の改訂版である本著「世界大不況からの脱出」を買って読んだ。丁度、山木会出席のために東京に出かけた折、丸善の店頭で衝動買いしたものである。横にあるノーベル文学賞のガルシア・マルケスの「100年の孤独」を手にとって、ほとんど買おうと決意した直後に目に留まり取り替えたのである。

過去10年間、クルーグマンが「世界大不況への警告」でした予言通りにはならないな。しかし資源はさておき株やなど恐ろしくて買えないなと思っていたのだが、結局かれの予言通りに恐慌はやってきた。

とはいえクルーグマンは資本主義が問題とは考えていない。壊れたのは誰も見張っていなかった陰の金融機関(ノンバンク)が行っていたCDO:Collateralized Debt Obligation(債務担保証券)が取り付け騒ぎのような、自己実現的通貨投機、システマティックリスクに対し脆弱性を持っていたことにあるとする。すでに1998年に発生したロングタームキャピタルマネジメントの倒産劇で学ぶべきものであった。しかしブッシュ政権は規制を嫌ってなにもしなかった。

よく大恐慌時代に制定されたグラススティーガル法が規制緩和され、商業銀行が投資銀行業務を担当できるようになったからとされるが、著者は規制緩和された金融機関(商業銀行)が新たなるリスクをとったために今回の金融危機がおこったのではなく、当初から規制されたことがない金融機関(ノンバンク、投資銀行)がとったリスクによって引き起こされたとする。

本書では金融危機で救済される金融機関は規制されるべきで、長期的な国際資本移動も規制されるべきだと指摘している。一旦恐慌が発生した以上、サプライサイド・エコノミクスは使えないので、デマンドサイドに立って思考することの重要性を説いている。そしてケインズの名言で締めくくっている。

学者にも2種類あって、流行に軽薄に乗って、都合がわるくなると説が180度変わる人とそうでない人がいるようだ。変わる人はまあ、かわいそうだがおバカさんでしたと告白しているようなもの。だれも耳を傾けなくなるだろう。 正しくて変わらないのは立派、間違っていても変わらないのは救いようがない。

Rev. May 17, 2009


トップ ページヘ